第5話

――第5章――


足立――


 若い男と少年、そして父親が、路上に停められた車をこじ開けようとしていた。


「父ちゃん!」一番下の少年が叫ぶ。「開いた!」


「声がでかい、カイ」父親が低く叱る。「スマザー・スクワッドに聞こえるぞ。ケン! エンジン繋げ。俺は見張る」


 ケンはうなずき、運転席へ滑り込む。少しして、エンジンがかかった。


「いける、父ちゃん」


「よし。カイ、後ろに乗れ!」


 父親は助手席へ。顎で前を示す。


「出せ!」


 ケンがアクセルを踏もうとした瞬間――巨体の女が前に立ちはだかり、両手で車体を叩きつけるように止めた。


「くそ! なんだよ、あれ!」


 女は片手で車のフロントを持ち上げた。


「自動車窃盗。車から出ろ。今すぐ」


「やべぇ……スクワッドBのリーダーだ! チハル・カンザキ!」


「チハルって誰?」カイが震え声で聞く。


「カ……カイ、走れ!」


「え?」


「お前とケン、走れ! ケン、弟を連れて行け!」


「でも――」


「時間がない!」


 ケンは歯を食いしばり、カイの腕を掴んで車から飛び出した。二人が逃げていくのをチハルは見送り、鼻を鳴らす。


「……ふん。子どもだから見逃す。だが、お前は違う。車から出ろ。今すぐ」


 父親が降り、両手を上げる。


「わ、わかった。わかった」


「地面に伏せろ。自動車窃盗で死刑」


 男が伏せる。チハルの巨躯が、その上に影を落とした。


「処刑方法はスマザリング。質問がないなら、直ちに開始する」


(走れ、子どもたち……)父親は必死に思う。(走れ!)


 チハルは男の頭上に立ち、ゆっくりと腰を落とした。


「死に、安らぎを」


 そして――


 どすん。


 ぐしゃ。


 世界が真っ暗になった。


     ◆


 しばらくして、リオンがのそのそ近づいてくる。男の顔にはタープがかけられていた。チハルが伸びをする。


「確認しろ。仕事だ」


「なんで顔に被せてんの」リオンが欠伸混じりに言う。


「汚れる。首から下を先に」


「ふーん」


 リオンは肩をすくめ、タープを外すと、顔面の上に真っすぐ腰を下ろし、雑に確認を始めた。


「んー。はいはい。うん。死んでる」


 ガムを口に放り込む。


「で、次は?」


「他を集めろ。子どもが二人、逃げた。追跡する」


「はいはい」


 リオンが立ち上がる。そのとき、近くの屋上から二人を見下ろす“カメラ”があることに、彼女は気づかなかった。


「……スクワッドBは厄介だな。あの女は身長が2メートル超えてる。計画を通すなら、消えてもらわないと」


 チハルはタープを顔の上に戻しながら言った。


「私、太ったかも」


「太ったでしょ」


「……それ、どういう意味?」


「別に。何でもない。ほんとに何でもない」


     ◆


目黒――


「きゃああああ!」


 一般人が逃げ惑う。火炎放射器を持った狂った老人が街を徘徊し、そこら中に火を撒いていた。


「死ね、偽の天使ども! 死ねぇぇ!」


 兄妹らしき小さな子ども二人が車の陰に身を寄せる。しかし老人はすぐにボンネットに飛び乗った。


「ほう、兄妹か。悪魔の手先め!」


「やめて――!」


 炎が噴き出そうとした瞬間、緑髪の影が一閃し、子どもたちを抱えて離脱した。


「なっ――?」


 老人が振り向くと、そこにユウキがいた。落ち着きなく足踏みしながら、子どもたちへ笑いかける。


「へへっ! ちびっ子たち、逃げて!」


「うん、ユウキさん!」


 ユウキはカードを取り出す。


「マスター・ザンコがこれを読み上げろってさ。あなたは致死性武器による暴行で死刑! だから首絞めで処刑する! 質問するけど、答えなくていいよ」


 口元がにやりと上がった。


「地面に伏せる?」


「断る!」


 ユウキの笑みがさらに大きくなる。


「いいね。じゃあ戦おう! 名前は?」


 老人は地面に唾を吐いた。


「カイト・シンドウ。ゴースト・サグ団の一員だ!」


 ユウキは周りをうろうろ歩き回る。


「いい名前! 私の脚を首に回させるなよ! 回されたら私の勝ち!」


「やってみろ、魔女!」


 ユウキが一気に距離を詰める。しかし老人は炎を噴き、ユウキは横へ跳んでかわした。


「速いチビだな!」


「速さ見たい?」


 次の瞬間、ユウキは火炎放射器を蹴り飛ばした。老人はすぐ拳銃を抜き、狙って発砲するが、ユウキは弾をひらりと避ける。


 そして一拍、老人を観察したあと――ユウキはポケットからチョコバーを取り出し、ぼりぼり噛んだ。


「ん〜! これ好き!」


「何してんだテメェ!」


 ユウキの動きが急に落ち着きなくなり、目がギラつく。甲高く笑った。


「ラウンド2!」


 ユウキは車のボンネット越しに老人へタックルする。しかし投げ飛ばされ、地面を転がった。


「狂ってるだろ! どんな警官だ!」


 ユウキはバッジを見せる。


「スマザー・スクワッドB! 他に質問ある?」


 老人は再び銃を向けるが、ユウキは一瞬で取り上げる。背中に飛び乗り、腕を掴んで関節技に移行。二人は地面に倒れ込み、ユウキは体勢を入れ替えて脚を首に回した。


「私の勝ち! さあ、死を味わえ!」


「や、やめ――!」


 抵抗は続いたが、やがて老人の力が抜けた。ユウキが大きく息を吐く。


「あ〜。戦うの大好き!」


 ユウキは老人の胸の上へ移り、脈を確認する。


「うんうん! 完了完了!」


 ポケットから黒い紐の先が少し見えているのに気づき、ユウキは素早く引き抜いた。リコリスだ。


「もらいっ!」


 口に放り込み、車のボンネットに座って噛み続ける。


「B、プラス1!」


     ◆


板橋――


 カナとミサキは板橋の庭園を歩いていた。カナは空を見上げる。


「ねえミサキ、雲ってなに?」


 ミサキは不安げに周囲を見回し、カナの声が耳に入っていない。


「ミサキ?」


 カナが肩をつつく。


「ひゃっ! やめてよ、カナ! もしあなたが重罪人だったらどうするの!」


「私が重罪人なわけないじゃん、えへへ」


 ミサキは爪を噛み、視線を泳がせる。


「暗い、暗い、なんでこんな暗いの。なんで明日にしなかったの。死ぬ、死ぬ、私たち死ぬ――!」


 そのときミサキが、背の高いトレンチコートの男の背中にぶつかった。男が振り返る。顔には骸骨の仮面。


「ほう。小さな少女が二人。スクワッドBかな。……でかいのでも、暴力的なのでもない。残念。歯ごたえが欲しかった」


 カナが手を振る。


「こんにちは! カナです! たぶん警官! こっちは友だちで、同じく警官のミサキ!」


 ミサキがカナの腕を必死に揺さぶる。


「やめて! 喋らないで! この人に! ――見れば分かるでしょ! 友だちじゃない!」


「いやいや」男が笑った。「私は友だちだよ。もちろん」


 ミサキは男の目に、ほんの一瞬だけ“憎しみ”を見た。


「……君の、ではないがね」


 男が指を鳴らす。木々の間から骸骨マスクの男たちが現れた。


「いいか、部下ども。どれだけ持つか見せてもらおう。私自身の目で、スマザー・スクワッドの実力をな。――殺し合え」


 ミサキはカナの背中に隠れる。カナは指を顎に当てた。


「これって……処刑、始めていいタイミング?」


 骸骨マスクの男たちが銃を抜く。仮面の男は一歩下がり、楽しげに笑った。


「はは。お前たちの可愛いスクワッドを、私が潰すのは――最高だ」


 男は夜の影へ溶けるように消えた。


「今度こそ、終わらせてやる」


―――

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スマザー・スクワッド rimurugeto @JustFaNow

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