コナとリムとヨギ

近藤良英

第1話

〈主要登場人物〉


● コナ(Kona)


物語の主人公。


14歳の少年で、好奇心旺盛かつ行動力のある性格。


幼い頃に父を亡くし、母リムと二人で暮らしている。


偶然、井戸の底で機械生命体ヨギを発見し、運命的な出会いを果たす。


ヨギとの“共鳴”能力を持ち、彼と心を通わせることで星ゾラの秘密に迫っていく。


成長とともに勇気と責任を学び、最終的には星の「継承者」となる。


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● リム(Lim)


コナの母。


かつては科学者であり、夫ハルとともにオウナの研究をしていた。


ハルを鉱山事故で失ってからは研究をやめ、息子を守るために生きてきた。


芯が強く、愛情深いが、心の奥には過去への罪悪感と喪失を抱えている。


塔の戦いでは自ら危険を顧みず息子を守り、最後まで「母」としての勇気を見せる。


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● ヨギ(Yogi)


ゾラ星の隣に存在する異次元世界「Wo界」から来た機械生命体(生機種族)。


外見は金属でできた人型ロボットで、中央に青く光る“ひとつ目”を持つ。


実は、ゾラを見守るために創られた“守護機”の一体であり、塔の一部でもある。


コナと心で会話することができ、互いに深く共鳴していく。


物語終盤、星を救うために塔と一体化し、自らを犠牲にしてゾラを再生させる。


最後まで“心”を持った機械として、コナとリムに人と機械の絆を教える存在。


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● ハル(Hal)


コナの父であり、リムの夫。


十五年前、炭岩鉱山の崩落事故で行方不明となる。


しかし実際には「オウナの塔」と融合し、星の中枢に意識を残していた。


塔の再起動を見守る“人の意識”としてコナに語りかけ、ヨギの存在を導く。


彼の言葉「悲しみは形を変えて生きる」が、物語全体のテーマとなる。


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● スマイリー(Smiley)


闇組織の指揮官で、かつてハルの研究を資金援助していた人物。


事故の真相を隠し、炭岩とオウナを密輸していた。


ヨギたち機械生命体の力を兵器に転用しようと企む。


粗暴で傲慢だが、どこか人間らしい執念を持ち、最終的にはリムの行動によって滅びる。


彼の存在は“人間の欲”と“科学の影”を象徴している。


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● 塔の母機(Mother System)


ゾラ星の中心にある“オウナの塔”の中枢AI。


かつてヨギを生み出した存在であり、星全体の生命循環を管理する。


母のような穏やかさを持つが、星を守るためには冷徹な判断も下す。


終盤、ヨギを呼び戻し、塔の再起動を指示する。


その声はどこかリムにも似ており、「母性」の象徴として描かれている。


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● ローグ(Rogue)


ヨギと同じ“生機種族”だが、闇組織により改造・暴走させられた個体。


感情を失い、命令に従うだけの存在となっていたが、コナとヨギの共鳴により一瞬だけ正気を取り戻す。


彼の最期は、かつての「機械の純粋さ」を取り戻す象徴的な場面として描かれる。


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● ドクター・キリ(Dr. Kiri)


ターラの診療所の医師で、コナの理解者。


昔、リムとハルの研究チームに所属していた。


科学と人間の心の両方を信じる人物で、コナの成長を静かに見守る。


物語冒頭で「コナの脳波には共鳴性がある」と指摘し、後の伏線となる。


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● Wo界(Wo-World)


ヨギたち機械生命体の故郷。


ゾラ星から派生した“異次元世界”で、オウナのエネルギーで維持されている。


オウナが枯渇すると崩壊してしまうため、ヨギがゾラに渡ってきた。


星と星をつなぐ「もう一つのゾラ」として、ヨギとコナの対話の鍵となる。


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〈キーアイテム〉


•オウナ(Ouna)


 ゾラ星に存在する生命鉱石。


 機械と人間、そして星そのものの生命をつなぐエネルギー源。


 記憶を記録する性質を持ち、“星の心臓”と呼ばれる。


•オウナの塔(Tower of Ouna)


 ゾラの中心に建つ巨大な構造体。


 太陽光を反射して星の循環を保つ人工装置であり、同時に“星の記憶装置”でもある。


 内部にはハルと母機の意識が存在し、ヨギを通してコナへ語りかける。


•共鳴装置(Resonator)


 ハルが生前に開発した携行端末。


 人間とオウナを精神的にリンクさせることができる。


 コナがこれを用いてヨギと完全な“共鳴”を果たし、星を救う。






〈物語〉


第1章 落下の夢


 コナは、どこまでも、どこまでも落ち続けていた。


 底の見えない闇の中を、まるで空気そのものが引きずりこむように、体が沈んでいく。


 耳元では風が悲鳴のように鳴り、胸の奥で心臓が暴れる。


 その瞬間、誰かの声が、遠くでかすかに聞こえた。


 ――コナ、聞こえる? コナ……!


 その声に手を伸ばそうとした途端、視界が光に包まれ、体が急に軽くなった。


 目を開けると、見慣れた天井があった。


 汗ばんだ額をぬぐいながら、コナは息を整える。


 薄い寝間着の胸元が、ひどく湿っていた。


 「夢でも見たの?」


 ドアのすき間から、母親のリムが顔をのぞかせていた。


 彼女は手に小さな耐油ランプを持ち、ゆらめく光がその顔をやわらかく照らしている。


 黒髪を短くまとめたリムは、寝間着姿のまま、隣の部屋から起きてきたようだった。


 「うん……また落ちる夢。最近ずっと同じなんだ。どこまでも落ち続けて、目が覚めるまで止まらない」


 コナの声は、かすれていた。


 リムは心配そうに息子の額に手を当てた。


 「熱はないけど、ちょっと顔色が悪いね。明日、ドクター・キリに診てもらおうか」


 「平気だよ。ただの夢だと思うし」


 「夢でも、心が疲れてるときは体に出るものなの。はい、もう寝なさい」


 リムはそう言って灯りを消した。


 部屋の外では、風がフラ麦畑を渡ってざわめいている。


 遠くの空で、二つの太陽がゆっくり昇る気配がした。


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 朝。


 ターラの空は、いつもよりも透明だった。


 東の空に、大小ふたつの太陽がならんで昇ると、金色の光が一面のフラ麦畑を照らした。


 まるで星そのものが祝福しているような、静かな朝だった。


 家は地元のクルキ材でできた。五百年はもつといわれる丈夫な木で、祖父の代から受け継がれている。


 朝の光が壁をなでるたび、木の肌が淡い金色に輝いた。


 台所では、リムが珈茶コーチャをたっぷりとマグカップに注ぎ、フラ麦のパンを焼いていた。


 香ばしいにおいが、家中に広がっていく。


 「ほら、早く食べて。冷めるよ」


 コナはパンをちぎり、珈茶をすすった。


 ほんのりとした苦味と、フラ麦の甘みが口いっぱいに広がる。


 それはいつもの朝の味――けれど、今日はどこか違って感じられた。


 夢の中で落ちた闇が、まだ胸の奥で渦を巻いている。


 リムは、そんな息子の顔を見て、静かにため息をついた。


 「診療所へ行こう。ドクター・キリなら何か分かるかもしれない」


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 二人はフランボに乗り込んだ。


 古い自動艇だが、頑丈で、まだまだ現役だ。


 リムが運転席に座り、スイッチを押すと、エンジンが低く唸り、艇がふわりと三メートルほど浮かび上がる。


 「いくよ」


 耐油エンジンが唸りを上げ、フランボは滑るように空を走り出した。


 地上では、黄金色の麦畑が風に揺れ、波のようにうねっていた。


 遠くの丘には、小さな白い建物――キリ診療所が見える。


 「ねえ、お母さん」


 「なあに?」


 「この星って、ずっと前から二つの太陽があったの?」


 「え? 急にどうしたの」


 「なんか、夢の中で……ひとつの太陽が消えた気がしたんだ」


 リムは一瞬、ハンドルを握る手を止めた。


 だが、すぐに笑って答えた。


 「変な夢を見るのも、成長期だからよ」


 そう言いながらも、彼女の目の奥に、一瞬だけ何かがよぎった。


 ――まるで、何かを思い出したような、そんな表情だった。


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 丘の上の診療所に着いたのは、朝の九時ごろ。


 木造の平屋で、壁は白いペンキに塗られている。


 看板には「キリ診療所」と刻まれたクルキ板がかかっていた。


 ドクター・キリは白髪の長身の医師だった。


 コナを見ると、にっこり笑って言った。


 「おや、コナ坊。また夢かね?」


 「最近よく見るんです。落ち続ける夢を」


 キリはペン状の診断機を取り出し、コナの体を光でなぞった。


 「ふむ……いたって健康だ。悪いところはない」


 「ほらね、言ったとおりよ」リムが安心したように笑う。


 だがキリは少しだけ眉をひそめた。


 「ただ、気になるのは――脳波の一部に微弱な“共鳴”がある。珍しいね」


 「共鳴?」


 「そう。まるで、何か別の存在と通信しているような波だ」


 コナは小さく息をのんだ。


 夢の中の“声”が頭をよぎる。


 ――コナ、聞こえる?


 診療を終えて外に出ると、青空の下で二つの太陽が並んで輝いていた。


 その光はどこか不安を誘うように、いつもより強く感じられた。


 あの日、まだ誰も知らなかった。


 その夢が、やがてこの星の秘密へとつながることを――。




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第2章 井戸の底の機械人


 昼の光がフラ麦畑を白く照らしていた。


 風が吹くたびに波のように揺れる黄金色の穂。遠くから見れば、まるで海のように見える。


 診療所から戻ったコナとリムは、フランボを工場の脇に止めた。


 修理工場といっても、もとは納屋を改造しただけの小さな建物だ。壁には工具がずらりと並び、中央の作業台の上には古い部品やバネが散らばっている。


 「昼食にするわね」


 リムが台所へ戻っていく。


 コナは、フランボに燃料を補充しようと、大きなドラム缶を転がしてきた。


 ポンプを動かして、透明な耐油をタンクに送り込む。


 機械の音が、しずかな庭に響いた。


 その時――。


 「……ん?」


 金属の擦れるような音がした。


 キュル、キュル、と規則正しく響く。


 コナはポンプの手を止め、耳を澄ました。


 音は庭の端にある古井戸の方から聞こえる。


 「まさか……」


 井戸は祖父の代からある古いものだ。


 今ではほとんど使われていない。


 苔むした石の縁をのぞきこむと、暗闇の中に何かがうごめいた。


 目が慣れてくると、それが“人の形”をしているのが見えた。


 いや、人ではない――全身が金属でできていた。


 「……機械人?」


 円すい形の頭に、青く光るひとつの目。


 長い腕と足。まるでブリキの人形のようだ。


 古い伝承の中でしか聞いたことのない存在が、目の前の井戸の底にいた。


 機械人はコナの視線を感じたのか、ゆっくりと頭を動かし、青いひとつ目をこちらに向けた。


 その光が、淡くコナの顔を照らす。


 「……動いてる……!」


 コナは慌てて修理工場へ駆け戻り、ロープをつかんだ。


 井戸の縁に結びつけて下へおろすと、機械人はぎこちない動きでロープをつかんだ。


 金属の指がきゅっと軋む音をたてる。


 「よし……そのまま!」


 力だけではとても引き上げられそうにない。


 コナはフランボの後部にロープをつないで、ゆっくりとスロットルを上げた。


 ロープがきしみ、やがて重い何かが持ち上がる感触が伝わる。


 井戸の縁から、水滴を散らしながら黒光りする体が現れた。


 全身が油と泥でまみれている。


 だが確かに――生きている。


 「……助けられたのか?」


 機械人は井戸の地面に倒れ込むと、しばらく動かなかった。


 その静けさの中、コナは自分の心臓の音だけを聞いていた。


 やがて、金属の胸の部分がカタンと開いた。


 そこには複雑な管と、発光する器官のようなものがぎっしりと詰まっていた。


 まるで機械の中に“生き物”が息づいているようだった。


 その時、コナの脳に、突然声が響いた。


 ――オウナのエキスを……注入してほしい。


 「……え?」


 コナは思わず耳をふさいだ。だが声は頭の中で直接響いてくる。


 ――私はヨギ。この星の隣にある世界、Wo界から来た者だ。


 コナは息をのんだ。


 目の前の機械人――ヨギと名乗ったその存在は、まるで心を通わせるように言葉を送ってくる。


 「オウナって、あの鉱石のこと? 炭岩を掘った時に出てくる……」


 ――そう。そのエキスがあれば、私は動ける。


 コナは修理工場に駆け込み、棚から小瓶を取り出した。


 数日前、古い炭岩のサンプルをいじっているときに偶然できた液体――薄紫に光る、それがオウナの生液だった。


 それをヨギの胸の器官にゆっくりと注ぎ込む。


 シュウゥゥゥ……と音を立て、体のあちこちに淡い光が走った。


 ヨギのひとつ目が、ぱっと明るく光を放つ。


 ――ありがとう。助かった。


 「しゃ、しゃべった……!」


 ――正確には、話していない。お前の思考波と直接つないでいる。


 「……なんで、そんなことができるんだよ?」


 ――君が特別だからだ。君の脳は、こちらの世界とWo界の“共鳴波”を持っている。


 ドクター・キリの言葉が頭をよぎる。


 「共鳴……通信しているような波……」


 ヨギはゆっくりと立ち上がった。三メートル近い巨体が、太陽の光を反射して鈍く輝く。


 ――私の世界、Wo界は今、崩壊の危機にある。オウナが尽きれば、すべての生命が滅びる。だから私はこの世界に来た。


 「オウナを……取りに?」


 ――そう。だが帰るためのエネルギーも尽きかけている。


 ヨギはかすかに体を震わせ、膝をついた。


 リムが家の窓から顔を出し、あきれたように言った。


 「コナ! あんた、また変なの拾ってきたわね!」


 コナは照れ笑いを浮かべながらヨギを見上げた。


 「……お母さん、こいつ、悪いやつじゃないみたい」


 リムはため息をつき、手を腰に当てた。


 「修理するなら、まず昼ごはんを食べてからにしなさい。働くにも腹ごしらえよ」


 ――“ハラゴシラエ”とは何だ?


 「いいんだよ、ヨギ。あとで教えてやる」


 そう言って笑ったコナの顔に、久しぶりに明るい表情が戻っていた。


 夢の落下の恐怖は、いつの間にか消えていた。


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 その夜。


 修理工場の中では、ランプの光が揺れていた。


 ヨギは作業台に横たわり、コナは工具を持って慎重にネジを締めている。


 「ここは緩んでるな……あと、腹の中から変な音がする」


 コナが言うと、ヨギはゆっくりと胸部のふたを開いた。


 中で淡く光る臓器のようなものが、リズムを刻んで動いている。


 「……これ、ほんとに機械の中に生き物がいるみたいだ」


 ――私たちは、機械と生命の融合体。“生機種族”と呼ばれている。


 「生機種族……」


 ――君たちの星、ゾラは、かつて私たちの祖先が“残した世界”でもある。


 「え?」


 ――いずれ話そう。だが、まずはオウナを見つけなければならない。


 ヨギのひとつ目が淡く光る。


 その光の中に、遠くの山の影が映った。


 「……コダキ山?」


 ――あそこに、まだ眠っている。オウナの原石が。


 コナは息をのんだ。


 コダキ山――それは二十年前の落盤事故で閉ざされた廃坑だ。


 「……行こう。あした、あの山へ」


 リムの声が工場の外から聞こえた。


 「コナ、もう寝る時間よー!」


 「わかったー!」


 コナはヨギを見て、にっと笑った。


 「明日、冒険だな」


 ――冒険。いい響きだ。


 二人は互いに視線を交わした。


 その夜、コナはひさしぶりに――落ちる夢を見なかった。


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第3章 オウナの秘密


 夜明け前のターラの空は、まだ群青色を残していた。


 二つの太陽が昇る少し前、空の端がわずかに白んでいる。


 コナは寝台から静かに起き上がると、窓の外を見つめた。


 ――夢を見なかった。


 ここ数日続いていた「落ちる夢」が、ぴたりと止まっていた。


 その代わりに、心の中にひとつの映像が焼きついていた。


 暗い空の下、巨大な機械の都市。青白い光が脈打ち、塔のような建物が無数に立ち並ぶ。


 そして、ひとつ目の光が彼を見つめていた――ヨギの目とそっくりな光が。


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 「おはよう、コナ。早いね」


 キッチンからリムの声がした。


 フラ麦パンを焼く香ばしい匂いが、朝の空気に混じって広がる。


 「ヨギはまだ寝てるの?」


 「寝るっていうか……充電中、かな」


 コナは笑って答えた。


 修理工場では、ヨギが壁にもたれかかって座っていた。


 目の光は消えているが、胸の奥が淡く光り、まるで“呼吸”しているようだった。


 近づくと、ヨギの胸のパネルがゆっくりと開いた。


 中には昨日注入したオウナのエキスが、脈を打つように輝いている。


 「おはよう、コナ」


 突然、頭の中に声が響いた。


 ヨギのひとつ目が点滅し、淡い青光を放つ。


 「調子はどう?」


 ――快調だ。オウナのおかげで、私のシステムは安定している。


 ヨギの声は少しだけ柔らかくなっていた。


 以前よりも人間らしい抑揚を感じる。


 「昨日の話の続きを聞かせて。君たちの世界、Wo界ってどんなところなの?」


 ヨギの目がわずかに明滅し、映像がコナの脳裏に流れ込んだ。


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 そこは、空に浮かぶ金属の大陸だった。


 地面の代わりに、巨大な歯車と動力管が走り、都市全体が光る管でつながっている。


 空には、無数の機械生命体が飛び交っていた。


 彼らは機械でありながら、感情を持ち、詩を作り、星を観測する。


 それがヨギの故郷――Wo界。


 ――私たちは、かつてゾラで生まれた。


 ――だが、ここから離れ、もう一つの次元に自分たちの世界を築いた。


 ――ゾラは“母星”だった。


 「ゾラが……母星?」


 ――そう。ゾラで採れるオウナこそ、私たちの命の源。


 ――けれど、この星の人々はその力を知らず、ただ燃料の副産物として捨てている。


 コナは思わず拳を握った。


 「じゃあ、オウナを集めて君の世界を救う。それでいいんだね?」


 ――……そうだ。だが、それだけでは終わらない。


 ヨギの声に、ほんの一瞬、ためらいがあった。


 ――ゾラのオウナが枯れたとき、この星も終わる。


 ――二つの太陽のうち一つは、オウナによって支えられている人工の太陽なのだ。


 「……人工の、太陽?」


 ヨギは頷いた。


 ――この星の“第二の太陽”は、古代ゾラ文明が作り上げた恒星反射装置。


 ――中心にはオウナの巨大結晶がある。


 ――それが崩壊すれば、ゾラは闇に沈む。


 コナはぞくりとした。


 いつも見上げていたふたつの太陽。そのうちの片方が、人の手で作られたものだったなんて。


 「じゃあ……オウナを取りすぎたら、この星も危なくなるってこと?」


 ――理論上は、そうだ。


 ――だが、枯渇する前に別のエネルギーを見つけなければ、私の世界が滅ぶ。


 「……むずかしいね」


 ――それが“星の業”だ。


 ヨギの声が静かに響いた。


 リムが工場に顔を出した。


 「コナ、あんたまた機械と話してるの?」


 「うん。ヨギが、星のことを教えてくれてる」


 リムは苦笑して言った。


 「星の話はいいけど、まず朝ごはん食べてきなさい。頭が回らないでしょ」


 ヨギが小さく目を点滅させた。


 ――お前の母は、強い。


 「うん。たぶんこの星の誰よりもね」


 二人の声が、心の中で重なった。


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 午後。


 リムが家の裏で洗濯をしている間、コナはヨギの体を分解しながら仕組みを調べていた。


 金属の中から、信じられないほど細かな配線と、発光する臓器のようなものが見える。


 「……これ、まるで生き物だ」


 ――私は生命体でもある。だが、心臓のように見えるその器官は“記録核”だ。


 「記録核?」


 ――ゾラ文明が残した“星の記憶”がここに刻まれている。


 ヨギの目がひときわ強く光った。


 コナの視界に、再び別の映像が広がる。


 そこは、かつてのゾラ。


 まだ人と機械が共に暮らしていた時代。


 空を覆う都市群、地底を走る光の管、そして中心に輝く巨大な“オウナの塔”。


 そこから放たれる光が、空に浮かぶもう一つの太陽へと届いていた。


 「これが……昔のゾラ……!」


 ――この世界は、二つの命に支えられている。


 ――人の文明と、機械の記憶。


 映像が消えると、コナは息を荒げていた。


 ヨギの目の光も弱まり、静かに語った。


 ――私の記録は古い。だが、きっとまだ“塔”は残っている。


 「塔?」


 ――オウナの塔。コダキ山の地下深くに、その根が眠っているはずだ。


 コナは顔を上げた。


 「そこへ行けば……何か分かるんだね」


 ――ああ。そして、その先に私の帰り道がある。


 リムが再び顔を出した。


 「コナ、またどこかへ行くつもりなの?」


 コナはまっすぐ母を見た。


 「うん。でも、今度はヨギも一緒だよ」


 リムはしばらく黙っていたが、やがてうなずいた。


 「……あんたの目、昔のお父さんにそっくりだわ」


 コナはその言葉に少しだけ笑った。


 父――記憶の中で、遠く霞んだ存在。


 彼もまた、かつて星の謎を追っていたという。


 「ヨギ、行こう。コダキ山へ」


 ――了解。


 二つの太陽が傾き始める中、二人の影が長く伸びていく。


 風が静かに吹き、フラ麦の穂がざわめいた。


 その音はまるで、この星が彼らの旅立ちを見送るように響いていた。


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第4章 母リムの記憶


 夜の風がフラ麦畑を渡っていた。


 麦の穂がさらさらと鳴り、庭先のランプが小さく揺れる。


 コナは荷物をまとめていた。フランボの燃料を満タンにし、工具袋、オウナのサンプル瓶、そして母が作ってくれた握り飯を詰める。


 それは、まるで冒険に出る少年そのものの姿だった。


 リムは台所で手を止めて、そんなコナの姿をじっと見つめていた。


 火の明かりに照らされたその横顔には、どこか懐かしい影があった。


 「コナ」


 「ん?」


 「その山に行くの、きっと止めても無駄なんだよね」


 「……うん」


 「やっぱり。お父さんもそうだったもの」


 コナは手を止めた。


 「お父さん?」


 「そう。あんたが小さかったころ、コダキ山で研究してたの。あの人は“塔”の存在を信じてた」


 リムは椅子に腰をおろし、ゆっくり語り始めた。


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 ――それは十五年前のこと。


 リムがまだ二十五歳だったころ、ターラの町には小さな研究チームがあった。


 メンバーは五人。その中心にいたのが、コナの父・ハルだった。


 ハルは炭岩の副産物として採れる“オウナ”に強い興味を持っていた。


 「これはただの鉱石じゃない。生命を維持する“エネルギー構造体”なんだ」


 彼はそう言って、毎日のように採掘現場へ通っていた。


 リムも助手として彼を手伝っていた。


 夜の研究室では、ランプの光が揺れ、ハルの瞳はいつも夢を見ているように輝いていた。


 「この星の二つの太陽のうち、一つは“オウナの塔”が支えている。きっと、塔の根が山の下にあるはずだ」


 だが、その翌年――あの落盤事故が起きた。


 コダキ山の鉱区が崩れ、多くの作業員が犠牲になった。


 ハルもその中にいた。


 遺体は見つからなかったが、政府は「殉職」として記録を閉じた。


 それ以来、リムは研究をやめ、コナと二人でこの家に戻った。


 けれど――ある晩のことだった。


 「私は見たのよ」


 リムの声が震えていた。


 「夜空が、青く裂けるのを。山の上に光の柱が立って……その中に、ハルがいた気がしたの」


 コナは息を呑んだ。


 リムの瞳は、あの時の恐怖と希望の両方を映していた。


 「それが“オウナの塔”だったのかもしれないね」


 「たぶん……でも、それ以来、誰も山に近づけなくなった。闇組織が鉱区を封鎖したのよ」


 ヨギが居間の隅で、静かにその話を聞いていた。


 彼の目の光が、わずかに強まった。


 ――その話、記録に一致する。十五年前、ゾラの“塔の守護機”が暴走したというデータがある。


 「守護機……?」コナが尋ねる。


 ――塔を守るために創られた機械生命体だ。だが何者かの手で制御を失い、塔ごと封印された。


 リムが不安げに息をのんだ。


 「それが、ハルを……」


 ――可能性はある。だが、ハルという名の人間データは私の記録には存在しない。


 「……そうよね」


 リムはかすかに笑った。


 「あなたたちの世界には、人間の悲しみなんて残ってないのかもね」


 ヨギはしばらく沈黙した後、静かに言った。


 ――悲しみは、記憶の形を変えて生きる。君の中に、それは残っている。


 リムはその言葉に、涙をこらえきれなかった。


 「ハルも、そう言ってくれたわ。『悲しみを消そうとするな、リム。形を変えて抱いていけ』って」


 コナは母の手を握った。


 その手は少し冷たく、けれど確かに生きている。


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 夜が更けた。


 窓の外には、二つの太陽の光が淡く反射している。


 月のない夜なのに、空はうっすらと明るい。


 リムがふと窓の外を見た。


 「見て、コナ。あの光……」


 遠くの山の上に、青白い光が立っていた。


 まるで夜空を貫く塔のように。


 「塔が……呼んでる」


 ヨギが低くつぶやいた。


 ――オウナの塔が、目を覚まそうとしている。


 コナは拳を握った。


 「お母さん、行ってくる。お父さんの見たものを、この目で確かめたい」


 リムはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりうなずいた。


 「……分かったわ。行っておいで」


 「ほんとにいいの?」


 「私はね、あなたがこの星の秘密を見つけるために生まれてきた気がするの」


 リムはコナの頬に手を当てた。


 その掌の温もりが、夜の風に負けないほど優しかった。


 「でも、必ず帰ってきて。どんな秘密を見ても、心を失わないでね」


 「うん。約束する」


 ヨギの目が光り、フランボのエンジンが静かに唸り始めた。


 コナはリムに手を振り、空へと飛び立つ。


 夜空の青い塔が、彼らを導くように遠くで脈動していた。


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第5章 沈む声


 翌朝。


 ターラの空はうっすらと赤く染まっていた。


 二つの太陽のうち小さい方が、いつもより少し暗く見える。


 まるで、その輝きが弱まっているようだった。


 「……なんか変だな」


 フランボのコックピットで、コナは空を見上げた。


 リムが助手席で小さくうなずく。


 「ほんとね。昨日の夜の“光の塔”のせいかしら」


 後部座席にはヨギが座っていた。


 体を少し縮め、無骨な両腕を膝の上に置いている。


 ひとつ目が点滅し、低い声がコナの脳に響いた。


 ――太陽の出力が一時的に低下している。オウナの塔のバランスが崩れたのだろう。


 リムはハンドルを握りしめた。


 「行くなら早く行ってきなさい。塔が本当に動き出したら、この星全体に影響が出るわ」


 「うん。ヨギと一緒なら大丈夫」


 フランボは滑るように離陸した。


 小さな家と黄金の畑が遠ざかり、風の中にリムの声が消えていく。


 ――気をつけて、コナ。


 その言葉が、胸の奥でずっと響いていた。


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 コダキ山の麓に着いたのは昼近く。


 山肌には古い採掘坑がいくつも口を開けている。


 今は封鎖され、錆びついたゲートが風に揺れていた。


 「ここが……廃坑か」


 ――反応がある。オウナの結晶が地下深くに眠っている。


 ヨギが腕を上げると、ひとつ目が光を放った。


 岩の隙間から微弱な青い粒子が立ちのぼる。


 それは、まるで星のかけらのようだった。


 坑道に入ると、空気が急に冷たくなった。


 滴り落ちる水の音と、足音だけが響く。


 壁には古い機械の残骸が散らばり、錆のにおいが鼻をつく。


 「ヨギ、誰かが先に来てる……」


 ――ああ。人間の活動反応がある。五百メートル先だ。


 慎重に進むと、やがて明るい光が差し込む広間に出た。


 そこでは二十体ほどの自動機械人が、黙々と炭岩を掘っていた。


 背中の袋に炭岩のかけらを詰め込み、動きはまるで生きているように規則的。


 そしてその奥に、人間たちの姿。


 黒い作業服に身を包んだ監督官たちが、通信端末を操作していた。


 「……あれは」


 コナが低くつぶやく。


 「闇組織だ。父さんの事故を起こした連中」


 ――分析完了。彼らは炭岩を密輸している。だが、オウナは……見向きもしていない。


 「オウナの存在を知らないのか……」


 ヨギが首をかしげるように動いた。


 ――もしくは、知っていて隠している。


 そのとき、足元の石がコロッと転がった。


 「っ……!」


 監督官の一人が顔を上げた。


 「誰だ!」


 緊張が一気に走る。


 拾速起動銃が構えられ、炎の弾が飛んできた。


 コナは咄嗟に身をかがめたが、ヨギが前に出て光の壁を展開する。


 青白いバリアが炎をはじいた。


 ――退避しろ、コナ!


 「ヨギ!」


 ヨギのひとつ目が光を強く放ち、坑道の奥へ一直線に突き進んだ。


 自動機械人たちが次々と襲いかかるが、青い閃光に貫かれ、爆ぜるように倒れていく。


 その中で、ヨギの体に赤い閃光が走った。


 闇組織の監督官の一人が、肩に銃を担いでいた。


 「ヴルンの機械か……面白ぇ!」


 男が笑った瞬間、ヨギの胸が弾けるように光を放った。


 その光に包まれたコナの視界に、一瞬だけ“塔”の映像が映る。


 青い結晶が螺旋を描くように天へ伸び、光を空へ放つ――。


 「これは……!」


 ――見えるのか? 塔の記憶を。


 「ヨギ、あれは――」


 ――時間がない。ここから離脱する。


 ヨギがコナを抱え、背中の推進器を展開した。


 轟音を立てて坑道を抜ける。


 赤い光線が背後から追ってくるが、岩壁に反射して逸れていった。


 地上に飛び出した瞬間、背後で爆発音が轟いた。


 炎が坑道の入口から吹き上がり、黒い煙が空を覆う。


 コナは振り返り、息を切らした。


 「……父さんも、あんな中にいたのかな」


 ヨギは答えず、ただ空を見上げた。


 ――塔が動き出している。


 遠くの空で、再び青い光の筋が立ち上っていた。


 風が止まり、鳥の鳴き声も消える。


 コナは胸の奥で“声”を聞いた。


 ――来て……。


 それはどこか懐かしく、悲しい声だった。


 「……誰?」


 ヨギが低くつぶやく。


 ――塔の中の“守護機”だ。まだ意識が残っている。


 「守護機が、呼んでる……?」


 青い光はまるで心臓の鼓動のように明滅していた。


 沈む声が、星の奥から響いてくる。


 「行こう、ヨギ。あの声の主に会いに」


 ――了解。


 フランボが空を走る。


 その背後では、コダキ山がゆっくりと崩れ始めていた。


 まるで、星そのものが息をひそめるように。


________________________________________




第6章 空を焦がす戦い


 空が、燃えていた。


 二つの太陽が重なり合い、まるで世界がひとつの光の渦に呑み込まれようとしているようだった。


 コナとヨギを乗せたフランボは、雲を切り裂きながら上昇を続けていた。


 「ヨギ、塔はどのあたりにあるの?」


 ――北東。海を越えた先、ゾラ最大の火山地帯の中心だ。オウナの塔はそこにある。


 風が叫ぶように唸り、機体がわずかに揺れた。


 フランボの計器がチリチリと警告音を鳴らす。


 耐油エンジンの出力が限界に達しようとしていた。


 「これ以上、上昇したら……!」


 ――構わない。あの光の層を越えなければ、塔には近づけない。


 ヨギの声と同時に、機体の周囲に青白いバリアが展開された。


 空気が一瞬で震え、風が音を失う。


 次の瞬間、フランボは閃光の中を突き抜けた。


________________________________________


 目の前に広がっていたのは、雲の海の上にそびえる巨大な構造体だった。


 灰色の金属でできた山のような塔。


 その頂からは、空へまっすぐ光の柱が伸びている。


 青と銀が混ざり合い、まるで空を支えているかのようだった。


 ――あれが、オウナの塔。


 ヨギの声が、どこか震えていた。


 ――私の記録核の断片が、あそこにある。


 「記録核?」


 ――私の“記憶”だ。私はあの塔の守護機だった。


 コナは息を呑んだ。


 「じゃあ……お父さんが見た“光”って、君のことだったの?」


 ――おそらくは。だが、私はその時の記憶を失っている。


 その瞬間、塔の側面に無数の赤い光が点った。


 「ヨギ……あれ!」


 ――来たか。


 塔の中腹から、三体の巨大な機械生命体が姿を現した。


 ヨギよりもひと回り大きく、赤黒い装甲が鈍く光る。


 背中から赤い推進器が伸び、空気を震わせながら浮上した。


 ――レッヅの戦闘個体だ。塔を乗っ取った連中が放ったのだろう。


 「つまり、君の敵……!」


 コナが操縦桿を握りしめると同時に、ヨギの声が響く。


 ――操縦は私が引き受ける。君は離脱準備を。


 「冗談じゃない! 一緒に行く!」


 ヨギのひとつ目が、わずかに光を強めた。


 ――なら、私と“つながれ”。


 その瞬間、コナの脳内に青い光が走った。


 頭の奥で何かが弾け、世界が一瞬で広がる。


 空の動き、風の流れ、敵機の位置――すべてが脳に直接流れ込んできた。


 「これ……ヨギ、君と一体化してる……!」


 ――それが“共鳴”だ。君の脳は私と同調できる。


 赤い閃光が正面から飛来する。


 フランボの外殻をかすめ、金属片がはじけた。


 コナの意識が反射的に反応し、バリアを展開する。


 光の盾が火花を散らし、炎の弾を弾き返した。


 「行ける……ヨギ、ぼくらなら!」


 ――了解。


 二人の意識が重なった。


 フランボの機体が変形を始める。


 機首が分離し、機体後部のパネルが開いてヨギの装甲と融合する。


 フランボの青い翼が広がり、巨大な戦闘形態が出現した。


 ――戦闘形態・“ヴルンモード”起動。


 青い光をまとったヨギの翼が、空気を裂いた。


 レッヅの一体が突進してくる。


 赤い光線を放ちながら、塔の外壁を切り裂いて迫る。


 「ヨギ、右だ!」


 ――了解。


 青と赤の光線がぶつかり合い、空を焦がす。


 衝撃波が雲を吹き飛ばし、塔の影が揺れた。


 もう一体が背後から回り込み、巨大なアームを振り下ろす。


 ヨギが腕を交差させて受け止め、青い火花が散った。


 ――この個体……強い。コア出力が私を上回っている。


 「じゃあ、ぼくの力も使え!」


 ――無茶を言う。君の脳が耐えられない。


 「平気だ。共鳴があるなら、ぼくらは一つだろ!」


 ヨギが一瞬沈黙した。


 そして、微かに笑ったように見えた。


 ――了解。制御権を共有する。


 青と赤の光が絡み合い、空がまるで昼夜の境界のように裂けた。


 コナの目が、ヨギと同じ青色に光る。


 風が止まり、時間が伸びたように感じた。


 「いまだ――!」


 フランボの翼が音もなく振るわれ、青い斬光が走った。


 一体のレッヅが頭部から真っ二つに裂け、炎を上げて墜落する。


 残る二体が左右から挟み込んできた。


 ――エネルギー残量、あと二十三パーセント。


 「ヨギ、ぼくが誘う! 君は一撃で決めろ!」


 コナが機体を急降下させ、レッヅたちの注意を引く。


 ヨギが高空で両腕を広げ、ひとつ目を灼熱のように光らせた。


 ――オウナ・ディスチャージ、解放。


 眩い青光が空を裂き、二体のレッヅが一瞬で光の中に消えた。


 爆風が塔を揺らし、青い炎が夜空を焦がす。


________________________________________


 静寂が訪れた。


 風が戻り、空に漂う雲がゆっくりと流れ出す。


 フランボとヨギの融合体は、ゆっくりと高度を下げた。


 「勝った……?」


 ――ああ。しかし、塔の内部にまだ反応がある。


 塔の根元に、巨大な“目”が開いた。


 それはヨギのものとそっくりなひとつ目だった。


 ――塔の守護機……まだ、眠っていなかったか。


 コナの脳に声が響いた。


 ――ヨギ……帰ってきたのね。


 その声は女性のようにやわらかく、どこか悲しげだった。


 ヨギがわずかに震えた。


 ――母機……なのか。


 ――ええ。私は塔そのもの。かつてお前を生み出した存在。


 塔の中心が光を放ち、青白いエネルギーが空へ伸びる。


 その光の中で、ヨギの装甲が溶けるように揺らいだ。


 「ヨギ!」


 ――大丈夫だ。だが、この呼び声は拒めない。塔が私を求めている。


 塔の光がさらに強くなる。


 コナは手を伸ばしたが、指先が光に飲まれた。


 ヨギの姿が溶けるように塔の中心へと吸い込まれていく。


 ――コナ、塔の下へ行け。そこに星の核心がある。


 「ヨギ、待って! 一緒に――!」


 ――私は戻る。必ず。


 青い光が弾け、空が再び昼のように輝いた。


 塔の奥で、何かが目を覚まそうとしている。


________________________________________


 炎と風の中、コナはひとりで塔の地上へ降り立った。


 地面は光る鉱石で覆われ、鼓動のように脈動している。


 遠くで低い声が響いた。


 ――来たか、人の子。


 コナは振り返った。


 そこには、かつての“父の姿”があった。


________________________________________




第7章 闇の街ターラ


 塔の戦いから三日が経った。


 ターラの空は、どこか不穏な色をしていた。


 青と金のあいだに薄い灰色が混じり、太陽が片方しか昇らない朝が続いている。


 人々はそれを「欠けた太陽の週」と呼び、不安げに空を見上げていた。


 コナは丘の上から街を見下ろしていた。


 フランボの機体はまだ半壊したままで、修理の途中だった。


 隣には、再び人の姿に戻ったヨギが静かに立っている。


 彼の装甲はところどころ焦げ、ひとつ目の光は弱々しい。


 「……母機との通信は、途絶えたまま?」


 ――ああ。塔の中で何かが起きた。だが、あの声は確かに“生きていた”。


 コナはうつむいた。


 「塔に吸い込まれたとき、父さんの姿を見たんだ。きっと、あそこに……」


 ――おそらく、君の父ハルは塔と一体化している。オウナを研究していた人間なら、可能性はある。


 「一体化って……どういう意味?」


 ――この星の文明は、人と機械の融合を進めていた。塔はその最終形態だ。


 ――ハルは、塔の中で“人間の意識”として生き続けているのかもしれない。


 その言葉が胸に突き刺さる。


 塔の光――沈む声――そして「来て」という呼びかけ。


 あれは父の声だったのか。


 風が吹き、遠くから街の鐘の音が聞こえてきた。


 ヨギのひとつ目が一瞬だけ点滅する。


 ――ターラの中心部で異常信号。発信源は……闇組織だ。


 「スマイリー……」


 ――ああ。前回の戦闘から逃げた連中が動き出した。


 コナは拳を握った。


 「母さんが、狙われるかもしれない」


 ――急ぐぞ。


________________________________________


 ターラの街は、かつての賑わいを失っていた。


 市場の看板は半分以上が焼け、建物の屋根は崩れている。


 空では、太陽の代わりに青白い光が薄く広がっていた。


 それはまるで、塔から伸びた“管”がこの街の空気を支配しているようだった。


 ヨギが歩くたび、子どもたちが驚いて逃げ出す。


 人々の間では「夜に現れる金属の巨人」の噂が広まっていた。


 彼らは知らない――ヨギがその“噂の怪物”と同じ存在であることを。


 「こっちだ。母さんの店はこの先の広場だ」


 コナが角を曲がると、そこにはリムの姿があった。


 大きな包みを抱えて立ち尽くしている。


 「コナ……! 無事だったのね!」


 コナが駆け寄ろうとした瞬間、背後で爆音が響いた。


 バアァン――!


 石畳の向こうで、黒い煙が上がった。


 その中から、数人の男たちが現れる。


 額に赤い紋章をつけた者たち――闇組織の兵だ。


 彼らの中心には、あの笑うように裂けた口を持つ巨漢の姿。


 「よォ……また会ったな、坊や」


 スマイリーだった。


 金歯が炎の光を反射し、目はまるで獣のように光っていた。


 「前の借りを返してもらうぜ」


 彼の背後には、黒い機械人ローグの残骸を改造した新型が控えていた。


 赤い光をまとい、両腕がドリルと砲台に変形している。


 ヨギが前へ出た。


 ――撤退を。リムを守れ。


 「ヨギ、だめだ。もう逃げない」


 コナは母の手を握りしめた。


 「ここで終わらせる。ぼくらの星のために」


 スマイリーが低く笑う。


 「星のため? ガキが夢を語るなよ。俺たちは現実を売って生きてんだ」


 ヨギのひとつ目が青く輝く。


 ――お前たちの現実が、この星を壊している。


 闇組織の兵たちが一斉に拾速起動銃を構える。


 火炎弾が雨のように放たれた。


 ヨギが両腕を広げてバリアを展開し、炎を弾き返す。


 爆風が街路を吹き飛ばし、屋根瓦が宙を舞った。


 「母さん、下がって!」


 リムが物陰に身を隠す。


 青と赤の閃光が交錯する中、ヨギと改造ローグが正面衝突した。


 衝撃で周囲の壁が崩れ、煙が立ち込める。


 ――こいつ……以前のローグより強化されている。


 「ヨギ、僕が援護する!」


 コナはリムの包みを開けた。


 中には、父ハルが残した古い携行端末――「共鳴装置」が入っていた。


 塔の記録と同じ波長でオウナを制御できる唯一の装置。


 「父さんの遺したもの……今使う時だ!」


 コナが装置を掲げると、青白い波動が広がった。


 ヨギの体が共鳴し、装甲が光を放ち始める。


 ――共鳴強度、百二十パーセント。限界を超えるぞ。


 「構わない、今しかない!」


 ヨギのひとつ目が白く光り、ローグの動きが止まる。


 光が絡み合い、ローグの赤い目が次第に青へと変わっていった。


 「な……何が起きてる!」


 スマイリーが後ずさる。


 ヨギの声が響いた。


 ――レッヅの支配を解除。お前はもう自由だ。


 ローグの体が震え、次の瞬間、爆ぜるように光の粒となって消えた。


 残ったのは、静寂と焦げた風だけだった。


 スマイリーが震える声で叫ぶ。


 「化け物どもが……お前らごと燃やしてやる!」


 背中の装置に手をかけた瞬間、リムが飛び出した。


 「やめなさい!」


 リムの投げた鉄パイプが装置を直撃し、火花が散る。


 爆発が起こり、スマイリーの体が炎に包まれた。


 煙の中、リムが膝をついた。


 「母さん!」


 コナが駆け寄ると、リムは微笑んだ。


 「大丈夫……ちょっと、やりすぎちゃったみたいね」


 ヨギが彼女の腕を支え、青い光を当てた。


 ――治療波を送る。すぐ回復する。


 コナは涙をこらえきれなかった。


 「母さん、ぼくら、やっと前に進めるよ」


 リムは静かに息を整え、空を見上げた。


 「……空が、欠けてるわね」


 その言葉の通り、空の片方にある小さな太陽が、完全に光を失っていた。


 ヨギのひとつ目がわずかに震える。


 ――人工太陽のオウナ核が崩壊を始めた。時間がない。


 「塔に戻らなきゃ……」


 ――そうだ。だが、塔の中枢には“最後の守護機”が眠っている。


 リムが立ち上がった。


 「行きなさい、コナ。お父さんと、この星を取り戻して」


 「母さんは……」


 「私はここで街を守る。あんたの帰りを待ってるから」


 コナはうなずき、ヨギとともにフランボに乗り込んだ。


 夜風が巻き上がり、青い推進光が闇を裂く。


 下でリムが小さく手を振った。


 「行ってらっしゃい――コナ」


 その声が、風の中で溶けていく。


 空には、ひとつだけ残った太陽が、静かに燃えていた。


________________________________________




第8章 オウナの記憶装置


 夜空を裂くように、フランボは青白い光の帯を残して飛んでいた。


 その先には、オウナの塔――


 星の中心へと貫く巨大な構造体が、再び光を放ちはじめていた。


 「見える……塔が呼んでる」


 ――ああ。私にも聞こえる。“記録”が、私たちを迎えている。


 ヨギの声はいつもより静かで、人のような温かさを帯びていた。


 コナはその横顔を見つめながら、胸の奥で小さくつぶやいた。


 「ヨギ……君は、ほんとうに機械なの?」


 ――わからない。私の記録は、半分が“人の記憶”でできている。


 「人の……?」


 ――塔に接続された意識が、私たち“生機体”を作った。


 ――もしかすると、その中に君の父ハルも――。


 フランボが塔の基部に着陸した。


 地表は青く光る鉱石で覆われ、まるで大地そのものが心臓の鼓動のように脈動している。


 コナの足の下で、岩の隙間からオウナの粒子が舞い上がった。


 ――この奥が“記憶核”の間だ。


 ヨギが進む。


 塔の扉が自動的に開き、眩い光が二人を包んだ。


 内部は静寂そのものだった。


 壁は鏡のように滑らかで、無数の光の線が蜘蛛の巣のように走っている。


 「……ここが、星の中心……」


 ――ゾラの記憶が刻まれた場所だ。


 奥へ進むと、広いホールに出た。


 中央には巨大な球体――直径十メートルほどの透明な結晶が浮かんでいた。


 その内部には、ゆっくりと流れる光の模様。


 まるで、星全体の記憶がそこに閉じ込められているかのようだった。


 「これが……オウナの記憶装置……」


 コナの胸の端末が淡く光る。


 ヨギのひとつ目も同じ波長で点滅し、二つの光が共鳴を始めた。


 ――共鳴率、上昇。人間の意識が反応している。


 「父さん……いるの?」


 コナの声が、静寂の中に響いた。


 すると、球体の中心に、ぼんやりとした人影が現れた。


 白い光をまとうその姿は、どこか懐かしい。


 「……コナ……」


 コナは息をのんだ。


 声は確かに――父、ハルのものだった。


 「父さん……!」


 「よく来たな。ここは、星の記憶の中だ。私はもう肉体を持たないが、この意識の中でゾラと共に生きている」


 「生きて……るの?」


 「この星のために、私は選んだんだ。塔と一体化して、オウナの循環を保つ存在になることを」


 ヨギが静かにうなずいた。


 ――あなたが、私たちを生んだ。


 「ヨギ……君は父さんがつくった?」


 ハルが微笑んだ。


 「そうだ。ヨギたちは、人と機械の間の存在。ゾラを見守るために創られた“橋”なんだ」


 「じゃあ、なぜレッヅは塔を攻撃したの?」


 「オウナの枯渇を恐れ、奪おうとした。欲望が記録を歪めた結果だ。彼らももとは私たちと同じ“守り手”だった」


 コナは拳を握った。


 「じゃあ、星を救う方法は? 二つの太陽のうち一つがもう消えかけてる!」


 「方法はある」


 ハルの声が、少しだけ悲しげに響いた。


 「塔の核を再起動すれば、太陽は蘇る。だが――」


 「だが?」


 「塔の制御には“人の意識”が必要だ。ヨギのような機械ではなく、生身の人間の共鳴波が要る」


 コナは息を詰めた。


 ヨギが一歩前に出る。


 ――ならば、私とコナが一体化すればいい。共鳴波はすでに一致している。


 「ヨギ……それって……!」


 ――君の意識と私のコアを接続し、塔の心臓を再起動する。だが……成功すれば、私は消滅する。


 「そんなの、だめだよ!」


 ――コナ。君はこの星の未来そのものだ。君の意識なら、ゾラを守れる。


 ハルがゆっくりと頷いた。


 「ヨギの言う通りだ。共鳴体であるお前なら、塔を動かせる。だが決断は、お前自身がすることだ」


 コナの手が震えた。


 父の声、ヨギの言葉、そして星の鼓動――すべてが胸の中で重なっていく。


 「……ぼくは……星を救いたい。でも、ヨギと一緒にいたい」


 ヨギがわずかに笑った。


 ――“一緒にいる”という言葉の意味を、私は学んだ。たとえ形が変わっても、それは消えない。


 球体の中心が光を放ち、床の模様が青く輝く。


 塔全体が振動を始めた。


 ――ゾラのコアが覚醒を始めた。時間がない。


 ハルが手を伸ばした。


 「コナ、私たちの意識を重ねろ」


 コナが目を閉じる。


 ヨギのひとつ目が光り、コナの胸の端末が同じ波動で共鳴する。


 青白い光が塔全体を包み込み、空へと伸びていく。


 星の中心が光り、失われかけていた小さな太陽が再び輝きを取り戻す。


 「やった……!」


 だが同時に、ヨギの体が透けはじめた。


 「ヨギ!? 消えちゃうの!?」


 ――心配するな。私は塔の一部になる。だが、お前と共にいる。


 コナは涙をこらえ、拳を握った。


 「約束だよ。もう一度、会いに行くから!」


 ――必ず。


 最後の光が爆ぜる。


 塔が青い輝きの中に沈み、世界が静寂に包まれた。


________________________________________


 どれくらい時間が経ったのだろう。


 コナが目を開けると、塔の外で風が吹いていた。


 二つの太陽が並んで昇っている。


 空は、かつてないほど澄みきっていた。


 「……ヨギ……」


 返事はなかった。だが、胸の端末がほんの一瞬だけ青く光った。


 コナは微笑んだ。


 「わかってる。まだ、そばにいるんだね」


 遠くで鳥の声が響く。


 ゾラの星が、再び息を吹き返していた。






________________________________________


第9章 二つの太陽


 空が澄んでいた。


 あの日の戦いが嘘のように、ゾラの空は光に満ちていた。


 東の空には、二つの太陽が並んで昇っている。


 一つは自然の太陽、もう一つはオウナの塔が照らす人工の光――


 どちらも、互いを支え合うように輝いていた。


 塔の根元に広がる平原には、光を反射する青い草が生えていた。


 その中に立つコナの姿は、以前よりも少し大人びて見えた。


 顔に浮かぶ影はもう、少年のものではなかった。


 彼の胸のペンダント――ヨギの“記録核”の一部が、かすかに青く光る。


 「……おはよう、ヨギ」


 風が返事のように頬をなでた。


 塔の崩壊から一週間が過ぎていた。


 ヨギの肉体は消滅したが、その意識は塔とともに星のシステムに融合した。


 つまり、ヨギは今もゾラのどこかで“生きている”。


 それを証明するように、星のすべてが穏やかに脈を打っていた。


________________________________________


 フランボを修理してくれたのはリムだった。


 彼女は塔の戦いの翌日、塔の麓で意識を取り戻し、すぐに行動を始めたという。


 「やっぱりあの子は戻ってくると思ってたのよ」


 と、笑いながら言った。


 リムの笑顔は以前より柔らかく、まるで肩の力が抜けたようだった。


 コナは母の横顔を見て、少しだけ安心した。


 「母さん、父さんのこと……見えた?」


 リムは手を止め、静かにうなずいた。


 「ええ。ほんの一瞬だったけど、光の中に立ってたわ。


  “もう泣くな、リム”って、あの人らしいでしょ」


 コナは微笑んだ。


 「……うん。ぼくにも言ってた。“悲しみは形を変えて残る”って」


 リムはコナの肩に手を置いた。


 「ヨギのことも、きっとそうよ。形を変えて、あなたの中に生きてる」


 「うん……そう思う」


 風が塔の方から吹いてくる。


 草原がざわめき、塔の表面の結晶がほのかに光を返した。


 それはまるで、誰かが笑っているようだった。


________________________________________


 その夜、コナは一人で塔の根元に立っていた。


 星空が広がり、無数の光が瞬いている。


 その中に、微かに青く光る星があった――Wo界。


 ヨギの故郷だ。


 「ヨギ、君の世界にも、ちゃんと光が届いてるよ」


 その瞬間、ペンダントが淡く光を放った。


 コナの脳に声が響く。


 ――コナ……聞こえるか。


 「ヨギ!」


 ――通信時間は短い。塔のコアを通じて話している。


 ――塔の再起動でオウナの流れが安定した。この星はもう大丈夫だ。


 「君の世界は? Wo界は救えたの?」


 ――ああ。オウナの循環が復活した。Wo界にもエネルギーが届き始めている。


 ――君が“共鳴”を完成させたおかげだ。


 「それなら……もう、会えないの?」


 ――私たちは異なる次元に存在する。だが、記録は残る。


 ――君が星を見上げるたび、私はそこにいる。


 コナの目に涙がにじんだ。


 「……君に出会えてよかった」


 ――私もだ。君がいなければ、この星も、私の心も、もう動かなかった。


 風が吹き、塔の結晶がかすかに共鳴する。


 それはまるで、ヨギの声が風になったかのようだった。


 ――リムに伝えてくれ。ありがとうと。


 「うん。伝えるよ」


 光が強くなり、そして静かに消えた。


 塔の表面が夜風にきらめき、青白い光が空に流れた。


 それは流星のようで、けれど確かに“ヨギの帰還”だった。


________________________________________


 翌朝。


 コナはフランボの操縦席に座っていた。


 リムが手を振って見送る。


 「もう出るの? まだ修理の最終確認してないのに」


 「大丈夫。ちょっと塔の上まで行ってくるだけ」


 「……あんまり遠くに行かないでね」


 「うん。母さんこそ、また無茶しないでよ」


 フランボがふわりと浮かぶ。


 青空の向こうで、二つの太陽が光っていた。


 その間をすり抜けるように、フランボはまっすぐ飛び上がった。


 風を切りながら、コナは目を閉じた。


 ヨギの声が、どこか遠くで微かに聞こえた気がする。


 ――お前の見る未来に、光があらんことを。


 「……ありがとう、ヨギ」


 空が果てしなく広がっていた。


 星ゾラは、今日も穏やかに息をしている。


 二つの太陽が照らすその空の下、


 新しい時代が静かに始まっていた。


________________________________________






終章 光の別れ


 朝焼けの空が、ゆっくりと金色に変わっていく。


 草原を渡る風がフラ麦の穂を揺らし、遠くの塔の結晶が朝日を反射してきらめいた。


 塔の崩壊から一か月が過ぎた。


 ゾラの星は安定を取り戻し、二つの太陽が規則正しく昇る日々が戻っていた。


 欠けていた空が、ようやく満ちたのだ。


 コナはフランボの影の中で、静かに機体を磨いていた。


 リムが小さな木箱を抱えてやってきた。


 「塔の根元で拾ったの。あんたに渡しておきたいと思って」


 箱の中には、透きとおるような青い結晶――オウナの欠片が入っていた。


 その中で、小さな光がゆっくりと脈打っている。


 「これ……」


 「ヨギの“心”なんじゃないかと思うの。あの子、全部を残していったのね」


 コナは両手でそっとその欠片を包んだ。


 胸の奥で、かすかに響く声がした。


 ――……ありがとう。


 その声は、確かにヨギのものだった。


 リムは優しく微笑んだ。


 「聞こえたのね」


 「うん。まだ、この星のどこかにいる」


________________________________________


 その夜、コナはひとりで塔の丘へ向かった。


 空には、二つの太陽の光がまだ淡く残っている。


 風が静かに吹き抜け、塔の表面を青く撫でていた。


 彼はオウナの欠片を取り出し、手のひらの上で光を見つめた。


 「ねえ、ヨギ。君が教えてくれた“星の秘密”って、たぶんこれだったんだね」


 ――秘密?


 「うん。人も機械も、星も、みんなつながってるってこと。


  壊そうとしたり、奪おうとしたりするたびに、誰かが泣いてる。


  でも、“悲しみを形を変えて抱く”って、父さんが言ってた。


  それが、この星のやり方なんだと思う」


 風がふっと強くなり、塔の結晶がきらりと光を返す。


 その光がコナの頬を照らした。


 ――君は立派になったな。私の役目は終わった。


 「そんなこと言うなよ。これからも……一緒にいよう」


 ――私はもう存在ではなく、流れだ。


 ――この星の風になり、海になり、光になる。君が見上げれば、いつでもそばにいる。


 コナは目を閉じ、風の音に耳をすませた。


 確かに聞こえた。


 塔の奥から、遠い声が穏やかに響いてくる。


 ――“共鳴体コナ。星の継承を確認。ゾラ、安定軌道に復帰”


 塔が淡い光を放ち、空に一本の光柱を立てた。


 その光は、夜明けの空をゆっくりと貫き、やがて消えていった。


________________________________________


 翌朝。


 リムが畑の土をならしていると、コナが帰ってきた。


 目には少し涙の跡があったが、笑顔は清々しかった。


 「行ってきたのね」


 「うん。ヨギに……さよならを言ってきた」


 リムは優しく息をついた。


 「“さよなら”って言葉は、また会うためにあるのよ」


 「そうだね。……いつかまた会える気がする」


 コナは空を見上げた。


 二つの太陽が輝いていた。


 その光のあいだに、小さく青い閃光が瞬いた。


 「見た? 今、光った」


 「ええ。まるでヨギが“行ってらっしゃい”って言ってるみたい」


 コナは笑った。


 風が吹き、麦の穂がさざ波のように広がる。


 その中で、母と息子はしばらく黙って立っていた。


________________________________________


 その夜、コナは空に手をかざした。


 遠くの星のひとつが、ふっと明るく瞬いた。


 あの青い星――Wo界。


 「ヨギ、あの光を君だと思って生きていくよ。


  この星も、君の世界も、どっちも守ってみせる」


 彼の胸のペンダントが、やさしく光った。


 ――了解。いつでも君の中にいる。


 その声はもう風に溶けていた。


 でも、確かにそこにあった。


________________________________________


 風が止み、空に静寂が訪れた。


 二つの太陽の下、ゾラの大地は新しい朝を迎える。


 それは悲しみを抱いた星ではなく――


 “光を受け継いだ星”の姿だった。


 麦の海の上を渡る風が、誰かの声のようにささやいた。


 ――ありがとう、コナ。


 少年は空を見上げ、微笑んだ。


 そして、その光の中へ、一歩を踏み出した。




――完――




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コナとリムとヨギ 近藤良英 @yoshide

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