株式会社夢物語

豆すけ

撮影

 暗闇の中荒い呼吸と自分の心臓の鼓動しか聞こえない。

 そして振り向けど姿の見えない謎の人物の足音が迫ってくる。やっと聴こえなくなり振り切ったと思い後ろを確認する女。

 一安心し、歩き出そうと顔を向けた瞬間、目の前に悍ましい怪物がいた。

「きゃあああ−−」





「カット!映像チェック入ります」

 カチンッと、カチンコの音が鳴り、明るくなる周囲、悍ましい怪物はカットの合図がかかるとすぐにそのマスクを取り、汗を拭きながら先ほどまで追われていた女と談笑を始めた。




 ここはとある撮影スタジオ、今日はこのホラーシーンが終わり次第次の撮影準備が始まる。

 制作進行として働いている私は、スケジュールを確認する為タブレットを開く。

「次は撮影になります!」



 私が働く[株式会社夢物語]は、普段寝ている時に見る夢を撮影する為の会社です。

 空を自由に飛ぶ、美味しい物をいっぱい食べる夢、ヒーローになって悪者と戦う、お化けに出会ったり、殺人鬼から逃げる様な怖い夢。これらは私達が脚本家に書いてもらい、役者さんに演じてもらい編集したものを夢として放送します。




「監督、私この後あれに行ってくるのでよろしくお願いします」

「はいよ。まぁ当たらないだろうから、そのまま今日は上がって良いよ」


 ありがとうございます。挨拶をし、今日の予定をスタッフに告げ車に乗り込む。これから行くところは来年の運勢を左右するといっても過言ではないほどのイベントである。



 初夢抽選会


 一年の最初に見る夢であり、そして撮影、放送出来ることはとても幸運な事なのだ。

 毎年特設会場が設けられ、初夢クジというものが設置される。クジの景品は6等から特賞まである。


6等 白 なし(ハズレ)

5等 黒 煙草

4等 緑 扇

3等 黄 茄子

2等 青 鷹

1等 赤 富士山

特賞 金 1〜5の景品全て



 これまで一度も当たりを引けた事も無ければ、特賞に関してはここ最近出てすらいない。

 恒例行事として毎年、車で向かう、くじを引く、そのまま直帰が一連の流れになっている。


 まぁ今年も当たらないし、早く引いて、美味しい物買って一杯やるか。


「次の方どうぞ」

 くじ引きの取手を回す、係員も流れ作業になっているのか当たりを知らせるベルすら持っていない。まぁ出る確率自体小さいからこちらも何も言わない。

 ガラガラとクジの音が鳴り、玉が一つ落ちてくる、色を確認すると−−−−






 ドアを勢いよく開けると、すぐ近くにいたADがびっくりして運んでいた荷物を落としそうになる。

「おかえりなさい、あれっ?今日はそのまま直帰じゃなかったでしたっけ?」

「全員直ぐにスタジオに集めて!」



「何、帰ったんじゃなかったの?」

「なんかあった?」

 いつもと違う様子にスタッフ全員が困惑している。


 「−−し−−した」



「なに?」

「まさか1等でも当てた?」

 まさかねぇと、スタッフ達は笑いあっている。

 私も夢だと思いたい。


「とっ、特賞当たりました‼︎」

 特賞と書かれた紙を見える様に頭の上に掲げ、大声で叫ぶ。



「「「「「「………………」」」」」」


 このスタジオ始まって以来の大仕事に

「「「「「「えーーーーーーーーー」」」」」」

 全員驚愕の声を上げた。





「ロケハンは、富士山周辺、もしくは近辺でベストな映像を取れるところをチェックしてきて」

「行ってきます!」

 スタッフ数名は富士山へ向かう為、飛び出して行く。

「今書いてる脚本は一回止めて、まず大まかな流れだけ考えて下さい」

「了解!」

 パソコンを立ち上げ、アイデアを取り敢えず書き出す。

「タレント事務所に電話して、スケジュールの空いてる鷹がいないか確認よろしく、借りられる様なら2・3羽お願い」

「わかりました」

「使えそうな煙草と扇がないか、探してみて。良いのなかったら買っても良し」



 私も事務所に戻り、これからのスケジュールを組み直すことにした。

 幸い脚本は数日ならストックがある、既に借りているスタジオはキャンセルするのは難しいから、役者とスタッフには申し訳ないが、通常と初夢の同時進行で行なってもらうしかない。




 数日後、ロケハンから富士山近辺の資料集が送られてきた。それらを元に監督や脚本家と共にアイデアをまとめていく。

「やっぱり全部出すなら富士山が見える所でキャンプでしょ!空を鷹が飛んで焼き茄子を食べる。煙草を吸いながら、扇子でまったり」

「ありきたりじゃない?だったら富士山に登って鷹に茄子と扇を取られるはどう?」

「初夢から鷹に物取られるってなんか、やだなぁ」


 話し合いは数日続き、結局最初のキャンプ案に決定した。



 撮影前日、機材やキャンプ道具を設置するのだが、上手く焚き火が付かなかったり、テントと富士山のアングルで、カメラマンと監督が一悶着あったりとトラブルが起こったものの何とか当日を迎えた。



 空は快晴、白い帽子を被った富士山はその姿をはっきりとカメラに収める事が出来る。

 ADが焚き火と焼き茄子の確認を行う。

 主演はゆっくりとキャンピングチェアに座り、煙草に火を灯す。傍らには新品の扇子。

 三羽の鷹が空へと飛び立つ。



「本番いきまーす!」

 監督の掛け声がかかる。

「よーい、スタート!」

 カチンコの心地よい音が辺りに響いて行く。

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