醜い声の狼

@isshobouzu

醜い声の狼

 とある北国の貧しい村の隣に、小さな森がありました。

 その森には、とても醜い声を持つ狼がいました。

 幼い頃、親にすら捨てられるほどの醜い声でした。

 大人になってからも、仲間たちに気味悪がられ、仲間に入れてもらえず、この小さな森へと追いやられたのです。


 ある夜、狼は森から少し離れた、村の近くの丘に登りました。

 その夜、夜空には絶え間なく、美しい流れ星が流れていました。


 狼はとても醜い声で叫びました。


「神よ!なぜ皆の声は俺の声より美しいのですか!」


 しかし返事はありません。

 狼はとても醜い声で叫びました。


「神よ!なぜあなたは俺にこんなにも醜い声をお与えになったのですか!」


 しかし返事はありません。

 狼はとても醜い声で叫びました。


「神よ!俺にだって、もっと良い一生を送る権利があったはずです!」


 狼は、何度も叫び続けましたが、返事はありませんでした。


 やがて喉も枯れはじめ、最後に、とても醜い声で叫びました。


「神よ…!皆が羨むような美しい声を…俺にください…!」


 すると、どこからか「その願いを叶えてやろう」と声が聞こえてきました。


 狼が驚いてとても醜い声で尋ねました。


「あなたは誰です?」


「私はただの悪魔だよ。何やら面白そうな声が聞こえたものでな。お前は美しい声が欲しいそうだな?」


 悪魔は、ケラケラとおかしそうにそう言いました。


「欲しいです!」


 狼は必死に、とても醜い声で答えました。


「もしも俺が美しい声を手に入れ、誰かから愛されることができるならば!俺は命だって惜しくありません!」


「いいだろう。」


 悪魔は言いました。


「ただ、美しい声をお前に与えるだけではつまらない。だからお前に代わりにこれをやる。」


 悪魔は、狼の舌に液体を垂らしました。


「この薬を舌につけたまま、美しい声の持ち主の喉を舐めろ。そうすれば、お前が死ぬその間まで、そいつの声を奪うことができるだろう。」


「奪われた者の声はどうなるのですか?」


 狼がとても醜い声でそう尋ねると、悪魔は心底楽しそうに、笑いながら言いました。


「そいつは今のお前のような醜い声になるだろうよ。だが安心しろ。奪ってから丸4日経った時、そいつはお前のことを忘れている。チャンスは一回だけだ。逃すなよ。」


 悪魔はそう言うと、どこかに消えていきました。



 次の日の朝、狼は森に入り、美しい声の持ち主を探しました。


「誰か!俺と話をしないか!」


 狼は声を奪う相手を探そうと、とても醜い声でそう叫びました。

 しかし、森の生き物たちは、いつものように狼の醜い声を気味悪がり、近づこうとすらしてくれません。


「やぁ、醜い声の狼くん、どうしたんだい?」


 すると、一羽の美しい声の小鳥が話しかけてきました。

 狼はとても醜い声で言いました。


「少しでいい、こっちに来てくれないか?話をしよう。」


 狼は小鳥を近くまで引き寄せ、その美しい声を奪おうと考えていました。


「ハッ、何を言うと思ったら」


 小鳥は鼻で笑って言いました。


「君の声は遠くから聞いただけでも眩暈がするほど醜いのに、近くで話しをするわけないだろ!」


 小鳥は、飛び去ってしまいました。

 狼は他の動物にも声をかけましたが、誰にも相手にしてもらえませんでした。



 その夜、狼がとぼとぼ歩いていると、丘から、今までに聞いたことがないほど美しい歌声が聞こえてきました。

 狼が丘に行ってみると、そこには籠を持った10歳くらいの少女が、流れ星が絶え間なく流れる夜空の下で、とても美しい声で歌っていました。


「あら、狼さん?どうしたの?」


 少女は狼に気づくと、とても美しい声で狼に話しかけました。


「なぜ逃げない?お前は俺が怖くないのか?」


 狼は自分を怖がらない少女に驚き、とても醜い声でそう尋ねると、少女は笑顔でとても美しい声で言いました。


「怖くないわ。あなたは私を食べるつもりなの?」


「…どうだろうな。」


 狼はとても醜い声で言いました。


「ところで、お前は俺のこの声を聞いても逃げないんだな。」


 それを聞いた少女は不思議そうに、とても美しい声で言いました。


「え?どうして声を聞いたら逃げるの?」


「…少し一緒に話をしないか?」


 狼は自分を怖がらないこの少女からなら声を奪えると考え、この少女のとても美しい声を奪おうと心に決めました。


「ええ、もちろん。」


 少女は無邪気に笑って、とても美しい声でそう答えました。


「…君は本当に良い子だな。明日も来てほしいくらいだ。」


「本当?そう言ってくれると嬉しいわ。」


 狼はどうやってこの少女から声を奪おうかと思いました。


 すると、少女は持っている籠からリンゴを一つ出し、狼に渡しました。


「今日は一つしか持ってきてないけど、明日は二つ持ってくるね。」


 少女は夜空に絶え間なく流れる流れ星を見ながら、とても美しい声で話し始めました。


「狼さん、知ってる?流れ星が流れてる時は、神様が私たちの願いに耳を傾けてくれてる時なのよ。」


「…そうなのか。」


 狼は適当に相槌を打ち、貰ったリンゴを食べながら、少女の声を奪う機会を窺っていました。


「そして、諦めずに、ずっとずっと流れ星に願うと、神様が願いを叶えてくれるんだって。」


「そうなのか、しかしそんなことより…」


 狼が急いだ口調で、とても醜い声で言いました。


「少し寝たらどうだ?お前も疲れただろう。」


 狼は少女を寝かせて、その隙に喉を舐め、声を奪おうと考てえました。


「んー、そうね。少しだけ寝ようかしら。」


 少女はあくびをして、とても美しい声で言いました。


「でも、今日はずっとここにいるわけにもいかないの。だから、少ししたら起こしてくれる?」


「あぁ、起こしてやる。それまでゆっくり寝ると良い。」


 狼は早口で、嬉しそうに、とても醜い声でそう言いました。


「ありがとう。」


 少女は籠を頭の横に置き、横になりました。


 しばらくすると、寝息を立て始めました。

 狼は少女が眠ったのを慎重に確認し、簡単には起きないことを確かめると、少女の喉を舐めました。


「ん?どうしたの?」


 少女は狼に喉を舐められたことに気づき、起きました。

 すると、少女は自分の声がいつもと違うことに気づき、喉を触りました。


「あ、あれ?…声が上手く出ない…喉が…あれ?」


「ようやく…ようやくだ!」


 狼は喜び、とても美しい声で叫びました。


「これで今まで俺をバカにした奴らを見返せる!これで俺は誰からも避けられない!」


「ど、どうしたの?」


 少女はとても醜い声で、嬉しそうにはしゃいでいる狼にそう尋ねました。


「どうしたのだと?まだ気づかないのか?お前はバカだな!お前の声を盗んだんだよ!」


 狼はそう言うと、混乱する少女を置いて、森の奥に走っていきました。



 その次の日の朝、狼は意気揚々と森を歩くと、元気よくとても美しい声で言いました。


「誰か!俺と話したい奴はいないか!?」


 すると、多くの動物が、狼のとても美しい声に惹かれてやってきました。

 狼は皆に自分のとても美しい声を披露しました。

 森の動物達は突然変わった狼の声に驚きつつも、最初は狼のとても美しい声を賞賛しました。

 しかし、狼はだんだんと得意になり、他の動物の声を貶し始めました。


「今の俺の声より美しい声を持っている者は、この森には居ないだろうな!散々お前らは俺の声をバカにしてきたが、残念なことに、今のお前らの声は、俺の声よりも醜い!」


 すると、動物たちはそんな狼に嫌気が差し、彼に背を向けて去ってしまいました。


「おい!どうしてお前らは俺を避ける!俺のこの美しい声が聞こえないのか!?お前らの望み通りの美しい声だぞ!なぁ!?次は俺のどこが不満なんだよ!」


 一頭の熊が言いました。


「お前のその醜い心だよ。」


 狼の周りには、また誰も居なくなりました。



 狼はとぼとぼと森の中を、一人で歩きました。


「狼さん、こんにちは。」


 すると、昨晩の少女が、とても醜い声で挨拶をし、狼の方へ歩いてきました。


「…俺を非難しにきたのか?」


 狼は威嚇しながら、とても美しい声で言いました。


「この声をお前に返すつもりはない。帰れ。でなければ殺すぞ。」


 少女は狼のそばまで来て、とても醜い声で言いました。


「私はただ、また明日も来てほしいってあなたが言ってたから来ただけよ?それに、そんなにその声を気に入ってくれたのなら、別に返さなくていいわ。」


「…返さなくていい、だと?見え透いた嘘をつくな。」


 狼は驚き、そして、警戒してとても美しい声で言いました。


「あと、お前はどうやらバカなようだから教えてやろう。俺が明日も来てほしいって言ったのは、ただの話を合わせるための方便だ。お前にまた来てほしいだなんて、誰が本気で思うものか。」


 それを聞いた少女は笑顔で、とても醜い声で言いました。


「あら、そうだったの?じゃあ、私があなたと話したかったから来たってことになっちゃうのね。」


 狼はその言葉を聞くと、顔を顰めました。


「…俺をバカにしているのか?二度とその醜い声を聞かせるな。そしてここには来るな。次来たら殺すぞ。」


 狼はとても美しい声でそう言うと、少女の引き止める声を無視して、森の奥に去っていきました。



 その次の日の昼、一人で川の水を飲んでいる狼のところに、また少女が来ました。


「…来るなと言ったはずだが。」


 狼は苛立ったように、とても美しい声でそう言いました


「昨日はりんごを渡すのを忘れてて…だから昨日はあなたそんなに不機嫌だったのね。気を悪くさせちゃったみたいでごめんなさい。はい、これ。食べて。」


 少女はとても醜い声でそう言うと、手に持ってるリンゴを出して、狼に渡しました。


「…お前はどうやら手の施し用のないバカなようだな。」


 狼は言いました。


「バカのお前にも分かるように教えてやろう。俺はお前のその醜い声を聞きたくないから、来るなと言ったんだ。リンゴを渡さなかったから怒って帰ったわけじゃない。」


 少女はその言葉を聞くと、悲しそうに、とても醜い声で言いました。


「あら、そうだったの?…この声ってそんなに醜いかしら?これはこれで、私は結構好きよ?」


「…嘘をつくな。」


 狼は、そんな少女を気味悪そうに見ました。


「どうして私が嘘をつかないといけないの?」


 少女は頬を少し膨らませ、とても醜い声でそう言いました。


「…三度目はない。次来たら殺す。」


 狼はとても美しい声でそう言うと、森の奥に去っていきました。



 その次の日の昼、狼が一人で昼寝をしていると、また少女が来ました。


「…お前は殺されたいのか?」


 狼は、とても美しい声でそう言いました。


「殺されたいわけないじゃない。」


 少女は無邪気に、とても醜い声で言いました。


「私はただ、あなたと楽しく話がしたいだけよ。」


 狼は顔を下に向け、とても美しい声で小さく言いました。


「…お前は俺が憎くないのか?お前のこの美しい声を、俺は奪ったんだぞ?」


 少女は不思議そうな顔を浮かべ、リンゴを齧りながら、とても醜い声で言いました。


「憎いわけない。そんなことで、私はあなたを憎まないよ。」


「…お前は本当にどうしようもないバカみたいだな。」


 狼は俯いたままでした。


「はい、リンゴあげる。」


 狼が顔を上げると、少女の顔に今までなかった怪我を見つけました。


「…その怪我、どうしたんだ?」


 狼がとても美しい声でそう尋ねると、少女は大したことではないように、とても醜い声で言いました。


「ん?これ?大したことじゃないわ。声が醜いからあっち行けって言われて、村の男の子に石を投げられたの。醜いわけないのにね。心配してくれてありがとう。」


「…その割にはヘラヘラしてるが、お前は怒りを感じないのか?」


 狼は顔を顰め、とても美しい声でそう言いました。


「そんなことじゃ怒らないわよ。痛かったけど、ちょっと石を投げられただけだから。」


 少女は、無邪気な笑顔でを浮かべ続けていました。


「…分からんな。」


 狼は少し寂しそうに、とても美しい声で言いました。


「…とにかく、お前が何を俺に言おうが、声を奪ってから丸4日後、つまり明日の夜にはお前は俺のことを忘れることになっている。だから来ても無駄だ。」


「…そういうものなの?私があなたのことを忘れるなんて、あり得ないと思うのだけれど…」


 少女も少し寂しそうに、とても醜い声で言いました。


「…ねぇ、また明日も来ていい?あなたのこと、絶対忘れないって証明するから。」


「…来るな。」


 狼はそっけなく、とても美しい声でそう答えると、森の奥に去っていきました。



 次の日の朝、少女が狼の方にとても急いでいる様子で走ってきました。


「…また来たのか。ここに来るなと何回も言…」


「お願い!薬草探しを手伝って!お母さんが熱が出てて大変なの!」


 少女は息を切らしながら、とても醜い声で言いました。


「根元が赤くて先が黄色い薬草!この森のどこかに生えてるはずなの!その薬草を使えば、お母さんは助かるらしいの!」


「…何をいうかと思えば、どうして俺が手伝わなきゃならな…」


「お願い!手伝って!」


 少女は目に溜まった涙を拭きながら、必死に狼に、とても醜い声でそう伝えました。


「…分かった。探してみる。だが期待はするなよ。」


 すると、狼は少女の元から離れ、森中の動物達を訪ねました。


「根元が赤くて先が黄色い、病に効くらしい薬草を一緒に探してくれないか?」


 狼は森の動物たちに、とても美しい声で言いました。


「…頼む。これは一生に一度の頼みだ。手伝ってくれるなら、俺は何でもする。…俺がこの森から出て行ってもいい。…それと、この前は俺が悪かった。…ごめん。」


 森の動物たちは珍しく素直な狼に驚き、一部の動物は薬草探すのを手伝ってくれました。



 長い時間が経ち、辺りはすっかり暗くなりました。

 狼は森の動物たちの協力によって、なんとか薬草を見つけることができました。

そして十分な量を集めると、狼は薬草を口に咥え、少女のところまで、急いで走りました。


「お、お前…何があったんだ…?」


 狼が少女にところに着くと、少女は足からたくさんの血を流していました。


「狼さん…!手伝って…くれたの…?…わ、私は大丈夫よ…ちょっと崖から落ちゃっただけだから…」


 少女はしんどそうに足を引きりながら、とても醜い声で言いました。


「あ、ありがとう…私の分と合わせれば足りるわ…」


 少女は血をたくさん流している足を引きずりながら、少女が薬草を集めた籠を、狼に渡しました。


「…わ、私は大丈夫だから…薬草を早く…村のお母さんの所に届けて…お願い…」


 少女はとても醜い声でそう言うと、地面に倒れて、気を失ってしまいました。


「…どうしてなんだ。」


 狼は少女を村まで運ぼうと、少女の服を噛んで、必死に村へ引きずろうとました。

 しかし、このままでは村に着くまでに死んでしまいそうなほど、少女の足からはたくさんの血が流れていました。


「どうして…お前はいつも…」


 狼の目からは、いつの間にか涙がぽろぽろと流れていました。

 狼は涙を堪えようと上を向くと、夜空には流れ星が絶え間なく流れていました。

 狼は流れ星に向かって、とても美しい声で叫びました。


「神よ!なぜこの子はこんなにも優しく、そして不憫なのですか!」


 しかし返事はありません。

 狼はとても美しい声で叫びました。


「神よ!なぜこんなにも優しい子が、いつも酷い目に遭わなければならないのですか!」


 しかし返事はありません。

 狼はとても美しい声で叫びました。


「神よ!この子は誰よりも良い人生を歩む権利を、持っているはずなのです!」


 しかし返事はありません。


「神よ…この子の命が助かるならば…俺は美しい声なんて要りません…俺の命だって惜しくありません…」


 狼はとても美しい声で叫びました。


「だから…どうか…どうか…!この子を助けてください!」


 その時、発砲音がどこかから聞こえました。

 狼は頭を撃たれ、死んでしまいました。



 翌日、少女は猟師である叔父さんの家で目を覚ましました。


「目を覚ましたかい?」


 叔父さんは少女に言いました。


「叫び声が聞こえて向かってみたら、狼に襲われてたんだ。怪我はまだ治ってないから、安静にね。」


「…あ!薬草は!薬草は母に届けられましたか!?」


 少女は起き上がり、とても美しい声でそう尋ねました。


「ああ、籠に入っていた薬草のおかげで、快方に向かってるよ。」


 叔父さんはそう伝えた後、ふと気付いたように言いました。


「ん?声の調子、戻ってないかい?」


 少女は4日前から、何故か調子の悪かった喉に手を触れて、とても美しい声で言いました。


「…あ、本当だ…風邪だったのかな?」


「ところで」


 叔父が不思議そうに言いました。


「あの珍しい薬草を、どうやってこんなにたくさん見つけたんだい?」


 少女はその言葉を聞くと、首を傾げて、とても美しい声で言いました。


「…あれ?…誰かが手伝ってくれたような…?思い出せない…」

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