第26話 東武陽

 顔良がんりょう臧洪ぞうこうの籠る東武陽とうぶようにいた。

 臧洪という人は世に傑出した義士として名高く、さきの反董卓はんとうたく連合れんごうの時には各諸侯かくしょこうらがめいを結ぶ際に、彼らを代表して演説をしたこともある。

 かねてより張超ちょうちょうと親しくしており、雍丘ようきゅうにおいて張超が曹操そうそうに包囲された際

子源しげん(臧洪のあざな)は必ず来る」

といって、臧洪の来援を待っていた。張超の部下が

「臧子源殿はえん冀州きしゅうに重用されていれます。そして、袁冀州はじょ州を曹操が攻めたときに兵を貸したほど、親密だというではありませんか。臧子源殿は袁紹の顔色をうかがって、こちらには来ないのではありますまいか」

と疑問を呈した時も

「子源は天下一の義士なのだ。自らの信義にもとることは絶対にすまい」

この反論をもって一蹴し、臧洪を待ち続けた。

 臧洪も、これを聞いてすぐに張超のいる雍丘へ救援の軍を出そうとした。袁紹に軍を出してくれと懇願したが、袁紹は今後の袁術との決戦には曹操の力こそが必要と考えて、これを聞き容れることはなかった。

──張超が死んだ

 興平こうへい二年(195年)の十二月、寒い日の夕方にその報が臧洪のもとに届けられた。彼の一族も、老少の区別なく、曹操軍の手によって皆殺しにされたという。

 臧洪は静かであったが、その実、怒髪は冠をいていた。

──貴様は民を殺すためにこそ、剣を振るうのだな

 徐州での動きもある。天下一の義士とも称された臧洪がそう思っても不思議ではない。


「臧洪の罪を問い、ここに兵を発する」

 袁紹は、臧洪と同県の生まれである能書家の陳琳ちんりんに八条からなる書状を書かせて、とう郡へと向かわせた。

「子源殿、どうか門を開けていただきたい」

 陳琳はその文書をもって臧洪との面会を求め、そして袁紹への投降を進めた。

 だが

「これをもって、自らの軍幕に戻られよ」

と千字からなる文書をもって、陳琳に投降の意思がないことを示し、追い返したのである。

──そうか。臧洪殿のいきどおりはそこまでのものであるのか

 千字文をもって臧洪の意思の硬さを知った陳琳は、軍幕に戻るとそこにいた将軍に

「即座に攻めるべし」

憂慼ゆうせきの表情を浮かべながら告げた。

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顔良 床擦れ @tokozure2

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