『ただいま』

@Dakyou9673

小学4年生の頃、ボクは交通事故に遭った。

あれは水曜の早帰りの日、帰りの会が終わると同時に教室を飛び出した。

早帰りの日の僕らだけの恒例行事。

廊下を走るもんだから先生から怒られるのもいつもの事だった。

友達とどっちが家まで早く帰れるかの競走。

どっちが先に帰ったなんて分からないけれど。

ただ、競走してるのが楽しかった。

「今日も僕が先に家に帰るんだ!」

「いーやオレだね!」

なんて友達と言い合いながら校門を飛び出した。

いつもの遊び。

でもその日は違った。

通学路の途中にある見通しの悪いT字路、近道だけど、いつも危ないからって通らない所、何故かその日は通ってしまった。

焦っていたのか、それとも早く帰って自慢したかったのかは忘れてしまったけれどもそこに飛び込んでしまった。

曲がり角を曲がった瞬間、目の前が真っ暗になった。

覚えているのは、クラクションの音とけたたましいブレーキ音だった。

身体が浮遊感に包まれ、身体中に衝撃が走った。

何が起こったのか最初、分からなかった。

身体が動かない、目がチカチカする。

この時、初めて自分が吹き飛ばされた事がわかった。

周りからたくさんの声が聞こえてくる。

心配する声、助けを呼ぶ声、励ます声。

段々とそれらが聞こえなくなった。

何も感じなくなってきてボクは意識を手放した。


次に気付いた時には見知らぬ天井だった。

ボクの周りには定期的に電子音を鳴らしている機械やチューブに繋がれた点滴があった。

辺りを見回していると

「先生、あの子はまだ目を覚まさないんですか!?もう3日も経ってるんですよ!!!」

「お母様、落ち着いてください。最善の手は施しました。あとはただ待ちましょう。」

扉の向こうからお母さんとお医者さんらしき人の声が聞こえた。

どうやらボクは3日間も眠っていたらしい。

水曜日から3日ってことは...今日は土曜日...そんなに寝てたんだ。

身体は包帯まみれで右手と左足にギプスが巻かれてて動き辛かったからとりあえずまた寝ることにした。


日曜日、家に戻った。

お昼頃に見知らぬおじさんが家を訪ねて来た。

どうやらボクとぶつかった運転手さんらしい。

封筒とお菓子の箱を持ってた。

おじさんはずっとお母さんの方を向いて謝ってた。

お母さんは泣きながら「謝るなら私じゃなくてあの子に謝ってください」って話してた。

大丈夫だよ、お母さん。ボクこんなに元気だよって動いてたけど2人ともすごい悲しそうな顔をして俯いてた。

あのお菓子、後で食べていいかな。

夜、お風呂はとても入り辛くってバシャバシャしちゃったけど何とか入れた。

途中で何回かお母さんが様子を見に来てくれたけどすぐに戻って行った。

久しぶりのお風呂はとても気持ちよかった。

お父さんがいつも言う生き返るってこういう感じなのかな。


月曜日、学校に行った。

病院から戻ってきてすぐに学校かぁ。

これなら起きる日が金曜日とかなら良かったのに。

事故のことがあったから今度はゆっくり登校した。

横断歩道は絶対に3回右左確認してから渡った。

手を上げてても全然止まってくれなかったけど。

学校に行く途中であの道の前を通った。

そこには黒いタイヤの痕があった。

あの時のことを思い出して心臓がバクバクとうるさくなって嫌な汗も出てきた。

今度からは反対の道を行こうと思った。

久しぶりの学校...と言っても眠っていたわけでその間の記憶はないから久しぶりって感じはしなかった。

ギプスがあったから上履きに履き替えたり階段登ったりするのにすごい時間がかかっちゃった。

教室の中に入るともう朝の会が終わって次の授業の準備をしていた。

ゆっくり登校したからかな、明日からはもう少し早く家を出よっと。

いつも通りの授業、置いていかれることはなかった。

けど少し知らない言葉とか出てきて驚いた。

右手がギプスだからノートは取れなかった、でも1番後ろの席だったから先生にバレずにすんだ...と思う。

6時間目に全校集会があった。

少し遅れて体育館に入ったら校長先生がステージの前に立ってお話してた。

どうやら、この前のボクの事を話してるらしい。

みんなはその話を真面目そうに聞いてたり、眠そうに聞いていた。

実際にその場所の写真とかもスクリーンに映し出されててボクはなんとも言えない気持ちになった。

あの場所、こんなに酷いことになってたんだ。

なんとも言えないモヤモヤとした気持ちのまま家に帰った。

家に帰るとお母さんがご飯の準備をしていた。

台所を覗いてみるとハンバーグを作っていた。

でもお母さんの焼いているハンバーグは2つだけだった。

お父さんとお母さんとボクだから3個のはずなのに。

今日、お父さんは会社の飲み会ってやつなのかな。

そんな事を思いながらボクは部屋に戻ってベッドで横になった。


火曜日、2日目の学校。

昨日とほぼ変わらない日常。

でも、友達とお昼休みに遊べないのは悲しいかな。

みんな、ボクが怪我をしてるからお昼休みとかに遊びには誘ってくれなかった。

でも、ボクはただみんなの楽しそうな様子を見れて楽しかったよ。

掃除の時間に何故か急に体調が悪くなった。

嫌な汗が流れ出し、指先が痺れるような感覚になった。

(さすがにまずい。休まないと)

と思い急いで保健室に向かった。

扉を開けたら保健室の先生が机に向かって紙に何か書いていた。

「はぁい〜。どこの子かな〜?」

先生が背を向けたまま返事した。

「4年〇組の███です、体調が悪いので休みに来ました。失礼します。」

いつもの言葉を一通り言って自分でベッドへ向かっていく。

ベッドのカーテンの奥で

「あれ?今の子、どこ行っちゃたのかな?帰っちゃったのかな。」

ベッドのカーテンの奥で先生が不思議そうな声を出しながら扉を閉めに行ったのが聞こえた。

(他にも誰か来た子が居たのかな。)

と思いながらボクはまぶたを閉じた。

《キーンコーンカーンコーン》

学校のチャイムの音で目が覚めた。

時計を見ると短針は4時を指していた。

寝すぎた、早く教室に戻って帰りの会に参加しないと。

急いで教室に戻ると誰もいなかった。

もうみんな帰りの会を終えて帰っちゃったらしい。

仕方が無いので一人で帰った。

おかしな事に起きた後、体の異変は全然感じなかった。

寝たおかげなのかな。

家に帰るといつもはいるはずのお母さんがいなかった。

代わりにお父さんがリビングでテレビを見てた。

お仕事を休んだっぽくて、パジャマ姿でソファに座ってた。

机の方を見てみると夕飯用なのか、おそうざいがいくつか置かれいた。

(お母さん、どこに行ったんだろ。)

なんて、思いながらボクは自分の部屋に向かった。


水曜日、3日目

あの日から1週間経った。

1週間も経つとボクの事故はまるで無かったかのように話題に上がりすらしなかった。

いいことではあるんだろうけども、なんだか寂しくもあるような不思議な感じだった。

今日は早帰りの日、だけどいつものように友達と競走はできない。

早く治らないかな〜なんてボーッと授業を聞いていたら、

「なぁ、今日あいつの所に行こうぜ。」

っていう声が聞こえた。

仲良い友達同士でどこか行こうとしているらしい。

「なになに、どこに遊びに行くの〜。」

と言いながら話の輪の中に入る。

話を聞いてみると、どうやら今日の放課後、とある場所に向かうらしい。

どこに行くかは言ってなかったから分からないけど、みんなに着いて行ってみよう。

放課後になったのであとを追うように着いて行った。

すごい遠いところに行くらしく、バスに乗った。

バスの中はいっぱいで席も空いてなかったから手すりに寄りかかりながら待っていた。

たまにバランスを崩してよろけた時があって人にぶつかっちゃう時があったけど、特に何も言われなかった。

きっと優しい人なんだろう。

バスに揺られながら着いたのはボクが入院していた病院だった。

心臓が高鳴る。

変な汗がじんわりと背中に滲んできた。

「ちょっと待って、なんか変な感じがする。」

そんなボクの言葉をみんなはお構い無しに病院の中に入っていき、受け付けにいる看護師さんに話しかけに行った。

「はい次の方〜、あ!君たち、また来たの〜?友達思いなんだね。」

「はい!今日も来ました!なんか昨日、お母さんから、███の具合が悪くなったって聞いて...またお見舞いお願いします。」

なんだか仲良しな感じだった。

看護師さんに案内されてついて行くと、ある部屋の前に着いた。

今までボクが寝ていた病室だ。

表札にはボクの名前がまだ書いてあった。

(いやいや、まだ取り替えてないだけ...そうに決まってる。)

そう自分に言い聞かせながらじっと病室の扉を見る。

中を見てはいけないそんな気がしてならない。

だけど扉から、病室から目を離すことができない。

息も段々と荒くなり、目の前が段々と真っ白くなっていく。

心臓がバクバクとうるさい音をさらに立てる。

看護師さんが病院の扉に手がかかる。

「いやだ!開けないで!」

叫んでも誰も聞いてくれない。

いや、最初から聞こえてなかったんだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・

少し考えればわかったことだった。

おじさんが謝りに来た時にお母さんがこちらを見なかったことも。

車が全然止まってくれなかったことも。

他の人とのまったく会話しなかったことも。

気付く要素は日常に沢山あった。

でも、きっと、ボクは認めたくなくて目を逸らしてたんだろうな。

病室の扉が開かれた。

中に居たのはお父さんとお母さん、そして機械に囲まれ色んな管を繋がれ、呼吸器を付けて寝ているボクだった。

頭が真っ白になる。

身体から力が抜けていった。

それと同時に機械が、けたたましく音を鳴らす。

「患者、心拍数低下!早急に措置を!」

看護師さんの焦った声が聞こえる。

(あぁ、ボクはこれから消えるのかな..,)

そんなことを思っているとふと手に何か握られている感触がした。

顔を上げるとそこには寝ているボクの手を必死に握るみんなの姿が見えた。

まだ消えたくない、消えてたまるか。

そんな気持ちが胸いっぱいに広がった。

まだ...まだ...そう思いながらボクの意識は薄れていった。


目が覚めた。

なんだか楽しい夢を見ていたような。

目に入ったのは泣き顔のお父さんとお母さんと友達、驚きの顔をした看護師さんだった。

身体を起こすと両親が抱きしめてきた。

力いっぱい抱きしめてきたのか身体中が痛い。

友達も飛び跳ねて何か喜んでいる。

看護師さんはハッとしたあと、

「先生を呼びに行ってきます。」

と言って部屋を出ていった。

どうやらボクは1週間も事故で寝ていたらしい。

両親が

「怖かったでしょう、寂しかったでしょう。ごめんね。」

って言ったきた。

でも怖くも寂しくもなかった。

それよりも楽しかったり嬉しかったりする思いが何故かあった。

みんなが落ち着くのを待ってボクは

「みんな、ただいま。」

って改めて言った。

なんでか、この言葉が一番しっくりきた。

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