ほとけさまのこ
Bamse_TKE
ほとけさまのこ
「仏は常にいませども、
「なんだいそれ?」
呟いた吾作の言葉に添うて寝ていた飯盛り女がニヤリとしながら、
「吾作さんのいい人でも詠んだ歌かね?」
一夜限りの飯盛り女でも、嫉妬をするものなのだなと吾作は思案する。
「これはちげぇよ、
「なんだいそれ?」
女の疑いが晴れないのか、飯盛り女は未だ冷めやらぬ体を吾作に押し付けてくる。吾作はそれを
「俺にゃあ親も兄妹もわからねぇ、ただ四つの時分に捨てておかれた寺で、俺はこの言葉を繰り返し呟いていたそうだ」
「ふーん、どういうそれで意味なのさ」
「俺も寺の坊主から教えてもらったのを、なんとなく知ってるだけだが・・・・・・」
そう言いながら、吾作は飯盛り女の小ぶりな乳房を
「仏様は、ありがてぇけど、この世にはいねぇってお話よ」
「あたしは吾作さんがいればそれでいい」
若い二人はもう一度強く抱き合いながら口吸いを始める。
**
吾作に親は無い。いや、あったのだろうが、本人も覚えていない。四つの頃、親に捨てられ寺育ち。命のかかわるような、これまでの全てを忘れてしまうような大病を患いながらも生きながらえた。しかして仏門には到底なじめず悪い仲間とつるむようになり、
**
「顔ぐらいさっさと洗わねぇかい」
翌朝宿近くの水場で、頬を平手で張ったような音がした。しゃべっているのは中年男、朝霧のなかで女が地面に這いつくばっている。吾作は喉の渇きに目を醒まし、水を探していたところ偶然この修羅場に居合わせている。どうやら朝霧が吾作を隠し、二人は吾作に気付いていない。女を男にあてがってその上前をはねる
吾作は朝霧に煙る竹林のなかで息を殺してじっとしていた。顔を拭くのに用意した手拭いを両手に、中年阿呆烏がどう出るかを見据える。見れば男の右手に何やら光るもの、それが鋭い
男が動かなくなったのを確認した吾作は慌てた。人を殺めてしまった後悔よりも、この亡骸の始末に窮した。朝霧が少しずつ薄くなっていく、濃くなっていく吾作の焦りを嘲笑うように。すると晴れてきた朝霧の中、たっぷりと水を湛えた淵が見えてきた。渡りに船とばかりに吾作は亡骸を淵に沈める。もはや血が噴き出さなくなった腹を裂いて、そこに石を詰める。殺しが得意な悪党から教えてもらった亡骸の沈め方、これでこの男は当分浮き上がってこない。
あれこれで半刻ほどがたち、朝霧が晴れたころ吾作は竹林から出た。見れば先ほど頬を打たれたであろう女が水場に呆けたように立っているのに吾作は気付く。瞼には目脂がこびりつき、頬には涎の跡が残っていたが、それを差し引いても女は美しかった。
「顔を洗わねぇのかい?」
連れを殺したばかりの我が身が何を言うかと思いながらも、吾作は先ほど息の根を止めた男が言っていたことを優しく勧める。すると女はふらふらと組んであった桶に顔を近づけ、両の手で水を
女はどうやら知恵が回らず、人の手を借りないと生きられないと吾作が知ったのは、待ちくたびれた飯盛り女に
世話人を殺めてしまった申し訳なさから、吾作は先ほどの女を様子見する。見れば女は長屋の
女はその美しい顔を歪めることなく、いつもその笑顔を絶やさなかった。女には慣れているつもりの吾作であったが、女の妖し気とも言うべき美貌に
その夜はひどい雨降りで、時々大きな
「ええい、ままよ」
誰にともなく呟いた吾作、そのまま美しい女体を床に組み敷く。すると女は待っていたかのように、吾作に体を開いた。
「ほとけさま」
女の声は吾作の耳には入らなかった。
事が済み荒い息の吾作と、うっとりした顔の女は供に床の中。いつの間にか降りやんでいた雨、明け方の淡い光に照らし出された女の顔は
「ほとけはつねに、いませども、うつつならぬぞ、あわれなる、ひとのおとせぬ、あかつきに、ほのかにゆめに、みえたもう」
吾作はこの言葉にはたと息を飲む。幼少のみぎりから吾作が呟いていた言葉、そしてその言葉の元となるこの声。吾作の覚えに刻まれた、懐かしいこの声。吾作はしばし呆然としていた。
しばらくして女は腹が膨らんだ。吾作は孕んだ女を寺に連れた。わずかとなった
「ほとけさま」
女の呟きに吾作は精一杯の笑顔で応える。
「ほとけさまのこをよろしくな」
吾作は考える。この女は、いや母は何も知らないままで良い。誰が自分の夫を殺したのか、そしてその腹を膨らませたのは誰なのか。未知のままで良いのだと。この子は夢に現れた仏さまから授かったのだと。吾作は母の腹を撫でながら呟く。
「俺は同じ輪廻を繰り返すのだ、母の胎内を介して」
吾作は傷む体を引きずるように、寺を後にした。
ほとけさまのこ Bamse_TKE @Bamse_the_knight-errant
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