人造天使

星森あんこ

不滅

〖報告書#678〗


 13年間、この*検閲済み*みたいな報告をしてきた。部下からも上司からも白い目で見られた日々もようやく終わりだ。かつて、100年にも及ぶ戦争に終止符をうった英雄​───ジャンヌ・ダルクは神の声を聞いたとされている。神の声のままに行動し、人々に伝えたそうだ。


 この役割はいわゆる"天使"が該当する。神の啓示を聞いたからなんだと思うが『民衆は*検閲済み*なんだから、天使が実在し神の啓示も受けたと説明すれば信じ込む。プロパガンダとして最高の道具だ』と言われたので、私は今も監視している。


 ​───────……

 室内にクラシック曲が流れる。オーケストラが荘厳な雰囲気で奏で、合唱団が聞きなれない言語で大衆を訴えかけるような歌声を響かせる。


「どこか心が洗われるような、それでいて哀しくもなるような曲ね」


 蜂蜜色の長い髪、色素の薄い青い瞳の少女が呟く。その容姿は貴族と疑われてもおかしくないほど整ったもので、庭園に咲く気高い花のようであった。少女は座っていた椅子から立ち上がり、曲を流し続けるCDプレーヤーを覗き込む。


「こ、この曲は……"マタイ受難曲"っていうらしい。イエス様? っていう神様の最期の7日間を音楽で表した曲なんだよ」


 金糸を束ねたような黄金の髪を雑に結び、不安で青い瞳を揺らした子供が答える。見た目だけでは性別は分からない、少年のようにも少女のようにも見える子供だった。先程の少女が庭園の花ならば、この子供は野原で見かける小さな花のようであった。


「そう、曲にされるくらいだから素晴らしい神様なんでしょうね」


「えと、君は飽きないの?」


「それは曲に? それともこの時が止まった部屋に?」


 少女が椅子に座り直し、辺りを少し見回す。ベッドが一つ、窓が一つ、椅子とテーブルが一つずつ。床にはお絵描きセットや小難しい本、オブジェと化したボールが転がっていた。片付けの出来ない子供が散らかし、好奇心のままに遊び尽くした部屋だった。


 窓から見えるのは夜空だけ。星の位置は変わらない。台所にある冷蔵庫には常に食べ物、飲み物が入っている。いくら食べても、飲んでも、尽きることのない冷蔵庫があった。


「うーん、どっちもかな……冷蔵庫に入ってたジュースも全部試したし、全部混ぜてもみた」


「CDプレーヤーを壊したり、壁一面に落書きもしたわね。眠れば全てが元通りになっていてゾッとしたわ」


「あはは、覚えてる? この曲、実は二人で聞いた事あるんだよ。もう何年? 何十年も前にだけど」


「そうだったかしら? もう時間感覚どころか、日付感覚もないわ。体感的にはもう何百年、何千年とこのに閉じ込められている気がするの」


 少女はため息をつく。自分の幼少期、過去、自分自身について忘れるほど、この部屋に閉じ込められている。脱出を何度も試みたが、気づけばベッドの上で目覚めている日々が続き、そのうちに脱出しようという考えを手放していた。


「どうやってこの部屋に来たのか、ここに来るまでの自分は何者だったか……何も思い出せないや」


 会話が途切れる。場を繋ぐかのように神の曲は流れ続けた。曲が耳に残り、言葉もしっかりと聞き取れるようになってきた頃、既に神の曲は3巡していた。


「ねぇ、この永遠の空間に飽きるにはまだ早いわ。ゲームでもしない?」


「ゲーム?」


「ルールは簡単。あなたが私になんでもいいから問いかけるの。そして私が答える。にたどり着いたら、あなたの勝ち。途中で飽きたら私の勝ち。どう?」


 子供は勝負になってない、と答えそうだったのを喉の奥で抑え込んだ。断ったところですることはないため、永遠を楽しむためのゲームに参加することとなった。


「質問、いざ考えてみると難しいな。じゃあ、好きな食べ物は?」


「可愛らしい質問ね。あなたと同じ、チーズケーキ。冷蔵庫にあるけど、最近は飽きてしまったわ」


「そりゃあ、何年も食べ続けるからだよ……次は、好きな曲」


「それもあなたと同じ……賛美歌よ。美しく、神聖なものだもの」


「ここまで好みが被るのも珍しいね。もしかして、この部屋に来る前からの知り合いだったりして」


 冗談めいた口調だった。しかし、少女は青い瞳をゆっくりと開いて愉しげに答えた。


「そうよ。あなたと私はずぅぅぅっと一緒だったわ」


 今までの少女とは違う。庭園に咲く気品は変わらないが、花ではなく茨へと変化していた。何かを縛り付けるかのような妙な圧迫感、見下げられている高圧的な態度が滲み始めていた。


「それはどういう​────」


「どうもこうも、あなたはそれをよく知っているわ。さぁ、質問して頂戴。記憶の隅にでも質問が眠ってるんじゃないかしら」


「……この部屋はなんなの?」


「永遠を体験できる部屋よ。でも、あくまで体験。忘れてしまった? 当時のあなたは出してと何度も泣き喚いて、暴れていたわ」


 その言葉で無機質だった部屋の壁紙が、獣でも暴れたかのような引っ掻き傷と赤黒くなった血がへばりついていた。子供は頭痛と吐き気でうずくまるが、少女が呼びかけてくる。


「大丈夫、大丈夫よ。今回は健忘症状が出ただけよ。ゆっくり思い出していけばいいわ」


「……私がここにいるのはなんで?」


「少なくともここに"来た"のはあなたの意思ではない。だけど、ここに"留まる"のはあなたの意思」


 その瞬間、床に散らばっていた本やお絵描きセットが揺れ始め、形が変化していく。本は聖書、お絵描きセットは神へと祈る者の絵に……世界がゆっくりと壊れ、元へと戻り始める。子供は獣ように呻き声をあげ、部屋の中を駆けた。


「嫌だっ!! 出して!!」


「なんで? そんなに私が恐ろしい?」


 どれだけ駆けても、出口などない。部屋の隅に逃げたところで少女から逃げ出すことなど不可能であった。気品、荘厳、神秘……その全てを体現した少女は人を超越した何かに見えていた。子供は椅子を持ち上げて投げつけたり、コップを投げつけたりするが少女に当たることはない。


 虚空に向かって投げるのと同じだった。


「う、うううっ……あなたは誰……? 私の何?」


「私は神よ」


「神様?」


「そう、敬虔なあなたの為に顕現した神。孤独に耐えかね、友を欲したあなたは祈った。だから"友"として顕現し、孤独を癒したの」


 少女は近づき、子供の頬を両手で掴む。少女の手に体温はなく、冷たさも温かさもない。硬い空気に触れられているような感覚。鼻と鼻が当たりそうなほど近いのに、少女から呼吸の音も吐息も感じられない。


 覗く薄い青色の瞳は子供を呑み込まんとしている。瞳の奥を覗き、隠していた、見て見ぬふりしてきた事実を抱えた自分自身を神は見つめる。


「あ、あああ、ああああ……」


「認めてしまいなさい。今度は攻守交替しましょう。さて、あなたは誰なの?」


「わた、私は……博士の娘で​─────」


「違うわ。あなたはの声を伝える"天使"よ」


「私は、天使?」


「そうよ。あなたは人間達に伝えなければならない……祖国の独立を、人民の解放を、自由の尊さを」


 神託が下る。子供は自身の生い立ちを思い出す。蹂躙された祖国は敵国の領土として取り上げられ、自分が暮らした村が炎と骸の山へと変わった過去。


「そうか、そうか。私はこんな所に留まってはいけない。神の使いとして、皆を導かなければならない……私は自由の先導者として歩まなければ」


 子供は立ち上がり、首からかけたロザリオを握りしめる。


「ようやく目が覚めたようね。さぁ、祖国を救え。栄光と自由はあなたの手に​─────」


 この永遠と呼ぶに等しい部屋に、唯一取り付けられた木製の扉。子供は扉に向かって歩み始めた。途中、立ち塞がるかのようにが転がっていたが、子供はそれを踏みつけて進む。


 本のタイトルは『ジャンヌ・ダルク』だった。


 ドアノブを捻ると、以前はビクともしなかった扉が簡単に開く。まるで子供の勇気と覚悟に応えるように……


 扉の先には白衣を着た男達がいた。子供は蜂蜜色の髪を揺らし、色素の薄い青い瞳で彼らを見る。弱々しかった声は覚悟に満ちた凛々しいものへと変わり、15歳とは思えぬ気迫で宣言した。


「私の名は。神託を授かった」


 ​───────……


〖報告書#679〗


 実験名『人造天使』は失敗に終わった。実験体は自身をジャンヌ・ダルクと名乗り、4名の研究者を撲殺。殺害後、実験体は「憎き敵国の兵を倒し、捕虜を解放した」と話しており、現在は精神科医に診てもらっている。


 幻視、幻聴の症状。そして自身を女性だと思っていることから解離性同一性障害、統合失調症の疑いがある。以上の事から、民衆を鼓舞するためのプロパガンダには使用できないと考えられる。



 ​───────……


「世界は再び混沌と化している。戦争なんて起きないとタカをくくった平和ボケした政治家のせいで、何度目かの世界大戦が繰り広げられている」


 高級感のある背広を着た男性が報告書を見ていた。数秒目を通した後、空中に映し出されたホログラムの新型戦闘機に視線を写す。


「あの実験体はどうしますか? やはり処分ですか?」


 白衣を着たやつれた男が淡々と尋ねる。今まで報告書を出していた男だった。


「いや、教会近くで演説でもさせてやれ。いつの時代も人は英雄に縋りたいものだ……この国もアレのようなジャンヌ・ダルクを求めているのだよ」


「しかし、アレが言う神の声は精神障害による新たな人格で​─────」


「本物のジャンヌ・ダルクもそうだったかもしれない。だが、ジャンヌは偉業を成し遂げた……それはじぶんの声を信じたからだ」


 背広の男が目を細める。


「実験は成功だよ。13年かけて神の声を受け入れるだけでなく、愛国心に訴えかけて民衆を一つにして先導する天使どうぐを我々は作り上げたのだよ。あの子が英雄と称されれば、我が国も士気が上がるだろう」


「……ジャンヌ・ダルクは女性でしたよ。アレは男です。英雄視されるでしょうか」


「ハハッ、見た目は可憐な少女なのだろう? ならば問題ない。民衆は馬鹿なのだから気付きはしないさ……気づかれた時は火刑にでも処せばいい」



 ​───────……


 後世に伝わる男の名前は*検閲済み*。3268年、25歳という若さで火刑に処された。男はジャンヌ・ダルクと自称しており、生い立ちまで似ていることから生まれ変わりだと当時の人々は信じた。

 

 しかし、*検閲済み*国が秘密裏に行った実験が関わっていることが近年発覚した。何の目的で*検閲済み*という人物を作り出したのか不明。学者の間では、人という戦争資金を得るため、意図して生み出された第二のジャンヌ・ダルク、という仮説が建てられている。


 *検閲済み*が火刑に処される前、こう言っていた記録がある。


「歴史は繰り返される。戦争はジャンヌ・ダルクを生み出した……争いが続く限り、私は神と共に顕現する。私は天使なのだから」

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