果てなき航海〜大陸から来た少年〜
青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-
果てなき航海〜大陸から来た少年〜
ユーリは古い物が好きだ。
歴史に興味あるのも
それはひとえに『知らぬもの』だからと言いかえても良い。彼の探究心はわからぬものを解き明かすことでこそ満たされる。
自分で解き明かすのが一番であるが、身近に生きる歴史が存在するのであればそれに聞き取りをするのも大事なことである。
「ユーリはそんなに
火の神の一族にして羅針盤を司る女神・カガリ。彼女は今の時代にただ一人残された古代神である。
そんな彼女と、他に友人二人と共に暮らすユーリにとって、中央島のこの家は未知への探究心を満たすに
最もそれがわかったのはずっと後になって、彼自身が研究をまとめた本を出す頃になってからである。
だが今は彼が夢中で毎日中央島に眠る歴史や遺跡を友人とともに巡る日々であると知ってもらえれば良い。
「それはもう、金の時代の生き証人ですからね。カガリさんのお話は貴重です」
「ふうん、そういうものか?」
「そうですよ! ……ま、お金にはならないんですが」
自分のやることが生活の足しにならないことをユーリは気にしていた。
他の同居人——家主のシキはアクセサリーを作って卸しているし、カミタカは鉄器造りの親方のところで見習いながらちゃんと働いている。
「何を言う。それは妾も同じだ」
カガリはケラケラと笑い声を上げた。
カガリこそ一番何もせずにこの世界を享受している存在だ。しかしそれはひとえにかつてこの世を支配した神々の一員であるからだろう。
ユーリとは存在の次元が違う。
ユーリはカガリに笑い返すと、再び手帖に彼女の話を書き留め始めた。
「さて、と……」
長い聞き取り調査にカガリが飽きたので、ユーリは「お茶にしましょう」と、ペンを置いた。
カガリはその特別な身体ゆえに食事はあまりとらない。暖かな陽の光にあたったり、涼やかな風に身を任せたりするだけで充分に鋭気を養えるのだ。
それでもこの時代の友人に合わせてお茶などに付き合ってくれるし、それを楽しんでいる。
誰もいないキッチンでお湯を沸かして茶葉を選ぶ。シキほどのこだわりは無いので適当に手に取った紅茶缶には『
淹れてみると心地よい香りが広がってくる。
どことなく甘い
二人分のカップと紅茶ポットをトレイに載せて戻れば、カガリが待ちかねたように手を伸ばして来た。
「うむ、良い香りがする。お前は二番目に紅茶の淹れ方が上手い」
一番はもちろんシキだ。カガリに言わせればカミタカは「雑」らしい。
ティーカップに口をつけながら、カガリはユーリを評し始めた。
「お前はセイカツヒのことを気にするきらいがあるが、もっと自信を持て」
——セイカツヒ……生活費か。
「でも僕だけタダ飯ぐらいになるわけにはいかないですよ」
「それを言うな。妾がここに居れなくなるではないか」
それにお前は時折日雇いの仕事をちゃんとしているだろう、とフォローされる。
それでもどこか晴れない表情のユーリに気づいて、カガリは彼の肩を叩いた。
「お前の生き方はまだ定まっていないだけだ。しかしやりたいことが決まっているのは他の二人と同じなんだぞ」
「でも、それじゃあ暮らしていけない……でしょう?」
「だから『まだ』なのだ。定まるまでは時間がかかる者もいる」
カガリの目から見れば三人ともまだまだ途上の若者である。
「そうだな、なんと例えれば良いのか……うむ、妾はその昔『羅針盤』を示す女神とされた。己が好奇心の強さゆえに」
ユーリはうなずいた。
伝説ではカガリは火の神の一族にして羅針盤を司る女神であるのは、彼女自身が好奇心から多くの神々と接点を持ち、様々な神話を造ってきたからだと伝わっている。
「だから妾の思うに、
「旅路……」
「それも行き先の定まらぬ航路もわからぬ旅よ。何もわからぬ未知の海を、知識を海図に、情熱で舵をとり、好奇心を羅針盤に進むのだ」
夜の海、霧の海を進む。
方角を示すは空の星か羅針盤か。
ただ己の燃えるような探究心で進む道を決めて、船を進めるだけ。
その先にあるものを——信じて。
ユーリの中に暖かいものが宿る。
一つの灯火——羅針盤の女神が与えた道標。
「……ありがとう、カガリさん」
「気にするな。……ほら二人が帰って来たぞ」
気がつけば早くも陽が傾きかけている。折よく仕事の終わったカミタカと、街から帰って来たシキが合流したらしく、玄関の方から賑やかな声が聞こえる。
「おかえりなさい」
ユーリはいつになく弾んだ声で二人を迎えに出て行った。
了〜果てなき航海〜大陸から来た少年〜
果てなき航海〜大陸から来た少年〜 青樹春夜(あおきはるや:旧halhal- @halhal-02
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