をください

九戸政景@

  をください

「ねえ、私のこと、好き?」

「ああ、好きだよ。礼亜れいあ、世界で一番愛してる」


 今夜もしっかり愛された私を抱き寄せた彼がベッドの中で言う。少し話した後、可愛い寝顔で眠ってしまった彼を私は見下ろした。


「ほんと、私の事が大好きなのね」


 たしかに彼は私の事を好きでいてくれる。でも、私は知っている。


「……テレビに出てきた女優とか街中ですれ違った他の女達に時々視線が向いてること、知ってるんだからね」


 彼も男性だ。異性に思わず目がいくことなんていくらでもあると思う。でも、私は心配だ。今は私を世界一に愛してくれるけれど、私よりもいい人に出会った時、そちらに心が動いてしまうかもしれないことが。


「だったら、やるべき事は一つ。彼にとっての一番であり続ける私になろう」


 彼にとって一番だと思われ続けられるような私を目指せば、彼はきっと他の女に目移りすることはなくなって、私だけを見て、私だけを愛してくれるはず。


「頑張れ、相田礼亜。絶対に彼の一番であり続けるんだから……!」


 翌日から私は彼に会うのを極力止めて、その分の時間とお金を自分のために使い始めた。彼が以前好きだと言っていたものを取り入れ、整え、数週間で私はすっかり彼にとって好きな私に変身出来た。


「礼亜、俺達別れよう」


 久しぶりに会った彼から開口一番で言われた。会った瞬間に変な顔はしていた。でも、いきなり別れようなんてあんまりだ。


「ど、どうして……!? 私、あなたにとって一番であり続けたいからいっぱい努力したんだよ……!? ほら、この目や鼻の形も、髪型も体のラインも、足音や声だってあなたが好きなものになってるのに……!」

「違う、違うんだよ礼亜。たしかにそういうものは好きだと言った事があるものばかりではある。でも、俺が好きなのは礼亜自身なんだ。他の誰かの要素ばかりで出来たつぎはぎの君じゃないんだ」


 私はショックだった。彼が好きなものを取り入れて彼が好きな私になったはずなのに、彼はそのままの私だからこそ好きだったのだから。でも、ここにもう私は。


「そん、な……」

「君に勘違いさせてしまったのは謝るよ。ただ、一緒にはもういられない。君の姿をしていない君を見ていると辛いから。今の君には――」


 ダメ、言わないで。


「“あい”がない」

「あ……」

「それじゃあ……」


 彼はそのまま歩いていってしまった。去り際の哀しそうな顔が頭に残って離れない。


「あいがない」


 他の人達がすれ違っていく中、私は抑揚のない声で呟いた。彼が好きだと言っていた私じゃない声。ここにいるのは私なのに、ここに私はいない。


「それじゃあ」


 コレハ、ナニ?

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