コミック書評:『ナイト トレイルズ』(1000夜連続23夜目)

sue1000

『ナイト トレイルズ』

夜の山道を走る――『ナイト トレイルズ』は、日中はサラリーマンとして働く主人公が、夜ごとにトレイルランへと身を投じる姿を追う物語だ。昼の社会の延長ではなく、夜という時間にだけ存在する別の秩序の中で、走るという行為がどのように人間の生を照らし出すのかを描いている。


この作品の特徴の一つは、登場人物に名前が存在しない点だ。代わりに彼らはそれぞれが「ラッキーナンバー」を持っており、読者はそれによって彼らを識別する。主人公は「17」と書かれたギアを好んで使用している、といった具合だ。時折すれ違う女性ランナーは「28」、そしてどこかライバル的に立ちはだかる存在は「11」。数字はそれぞれの背番号のようでありながら、個を記号化し、匿名性を際立たせる。だが、この無個性さが逆に普遍性を帯びさせている。


夜の山道を描く表現も実に繊細だ。暗闇を切り裂くヘッドライトの光、湿った土を踏むたびに響く微かな音、木立の間から覗く月光の揺らぎ。ページをめくるごとに、視覚・聴覚・触覚までもが揺さぶられる。そこに「28」と「11」が現れる場面が重なってくる。彼らとの会話は最小限に抑えられ、交差するのは視線や呼吸のリズム、走る足音だけだ。しかし、その一瞬の邂逅が夜の孤独を際立たせると同時に、微かな連帯感を生む。特に「28」とのすれ違いは、夜の山道に生まれる奇妙な温度差を表現し、読者の記憶に残る。


物語全体には大きな勝敗や劇的な展開はない。夜に走り、また翌夜も走る。ただそれだけだ。だが、その単調な繰り返しの中で、「11」という存在が主人公を意識させ、己の限界を問い直させる。そして「28」という存在が、夜のランナーたちがそれぞれの事情を抱えつつも、同じ暗闇を共有していることを示す。この二つの要素が物語の重心となり、「17」が走り続ける理由を照射していく。


『ナイト トレイルズ』は、スポーツ漫画にありがちな派手な勝負や技術描写を排し、夜という時間の濃度を極限まで抽出した作品である。スポーツ漫画で夜を中心に据え、そこに宿る静謐さや空気の濃さをこれほどまでに描いた例は、ほとんど存在しない。そのため本作は、単なる「ランニング漫画」の枠を超え、夜そのものをひとつの存在として提示している。読了後、ふと夜道を歩くと、自分の足音がこの作品の中のひとコマに重なるような錯覚を覚える。匿名の数字で走る彼らは、同時に私たち自身でもあるのだ。








というマンガが存在するテイで書評を書いてみた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コミック書評:『ナイト トレイルズ』(1000夜連続23夜目) sue1000 @sue1000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画