『俺達のグレートなキャンプ209 オンラインでブルガリア(ソフィア)の様子を見ながらキャンプ』

海山純平

第209話 オンラインでブルガリア(ソフィア)の様子を見ながらキャンプ

俺達のグレートなキャンプ209 オンラインでブルガリア(ソフィア)の様子を見ながらキャンプ


「はいはーい!聞こえてるかー?千葉ー、富山ー!」

ノートパソコンの画面から石川の弾けるような声が響く。背景には石畳の道、色とりどりの建物、そして青く澄み渡る空。石川はスマホを自撮り棒に装着し、満面の笑みでカメラに向かって手を振っている。その顔は完全に勝者の表情だ。

「聞こえてるわよ……」

富山は長野県のキャンプ場のテーブルに肘をつき、頬杖をついたままノートパソコンの画面を睨んでいる。その目は半眼で、口はへの字に曲がっている。隣では千葉が身を乗り出し、キラキラとした目で画面を凝視している。

「石川さん!本当にブルガリアなんですか!?すごい!」千葉の声は興奮で上ずっている。

「本当も本当、マジのガチよ!」石川はカメラをグルッと回す。画面に映るのは、まさに異国の風景。19世紀の建物が立ち並ぶヴィトシャ通り、行き交う金髪の人々、キリル文字で書かれた看板。「見ろよこの街並み!これが東欧の真珠、ソフィアだ!ひゃっほーい!」

石川はその場でクルクルと回転する。カメラが目まぐるしく動き、建物、空、石畳、通行人が次々と映り込む。通りすがりのおばあさんが不思議そうにこちらを見ている。

「うわああああ!」千葉は思わず立ち上がり、ノートパソコンに顔を近づける。「本物だ!本物のヨーロッパだ!すごい、すごいですよ石川さん!」

「でしょでしょ!?」石川は得意満面の表情でサムズアップ。「今回のグレートなキャンプ209は、俺が実際にブルガリアのソフィアに来て、お前らがその様子をキャンプ場から見るっていう、究極の非対称キャンプだ!どうよ、グレートだろ!?」

「いや、それキャンプじゃなくて、ただの旅行中継でしょ……」富山は相変わらず不機嫌そうに呟く。しかしその目は画面から離れない。

「細かいことは気にすんな!」石川はカメラに向かってウインク。「さあ、お前らのためにソフィアの魅力を存分に見せつけてやるぜ!まずはこのヴィトシャ通りから!見ろよ、この建物!」

カメラが黄色い壁の建物に向けられる。バルコニーには鉄細工の装飾が施され、窓枠は白く塗られている。1階にはカフェが入っていて、テラス席では人々がコーヒーを飲みながら談笑している。

「このネオルネサンス様式の建物群、19世紀後半に建てられたんだぜ!歴史を感じるだろ!?」石川の声は自慢げだ。「オスマン帝国からの解放後、西欧の建築様式を取り入れたんだよ!」

「へええええ!」千葉は目を丸くする。「石川さん、詳しいんですね!」

「昨日ガイドブック読んだからな!」石川はドヤ顔。「準備万端よ!」

富山は小さくため息をつく。「はいはい、すごいすごい……」その声には明らかに棘がある。

「おっと、現地の人が歩いてくるぞ!」石川はカメラの角度を変える。

画面に映るのは、ロングコートを着た初老の男性。グレーの髪を整え、手には新聞を持っている。石川は片言の英語で「ハロー!」と声をかける。

男性は少し驚いた様子だったが、にこやかに笑って「ズドラヴェイ!」と返す。

「今、ブルガリア語で挨拶してくれた!」石川は興奮気味。「ズドラヴェイ!これが『こんにちは』だ!覚えとけよ!」

「ズドラヴェイ……」千葉は画面に向かって繰り返す。まるで小学生が新しい言葉を習ったかのような無邪気な表情だ。

富山は腕を組む。「で、私たちはここで何すればいいわけ?ただ見てるだけ?」

「そうだよ!」石川は即答。「お前らはそこでキャンプ飯でも作りながら、俺の素晴らしい街探訪を堪能すればいい!最高だろ!?」

「最高なのはあんただけでしょ……」富山は小声で呟く。

石川は気にせず歩き続ける。カメラが揺れながら、次々と風景を映し出す。カラフルな果物を並べた露店、キリル文字の看板、路面電車が通り過ぎる音。

「おお、見ろ!路面電車だ!」石川はカメラを路面電車に向ける。黄色と白のレトロな車両がガタゴトと音を立てて走り去る。「これがソフィアの路面電車、トラムだ!1901年から走ってるんだぜ!」

「わあ、レトロでかわいい!」千葉は画面に釘付けだ。

富山も少し身を乗り出す。「……まあ、確かに趣があるわね」その声のトーンは少しだけ柔らかくなっている。

「だろだろ!?」石川は調子に乗る。「いやあ、ブルガリアって本当いいとこだわ!空気も美味いし、建物は美しいし、最高!」

「……いいなあ」千葉が思わず漏らす。

「あ?」石川はニヤリと笑う。「なんだって?」

「いえ、何でも!」千葉は慌てて笑顔を作る。しかしその目は画面の向こうの異国の風景を羨望の眼差しで見つめている。

石川は大通りを曲がり、小さな広場に出る。中央には噴水があり、周囲のベンチには老人たちが座って鳩に餌をやっている。

「ここはスヴェタ・ネデリャ広場!」石川はカメラをパノラマするように動かす。「あそこに見えるのがスヴェタ・ネデリャ教会!」

画面に映るのは、白い壁に赤い屋根を持つ美しい教会。その堂々たる佇まいに、千葉は「おおお……」と声を漏らす。

「この教会、10世紀に建てられたんだぜ!10世紀だぞ!?日本で言ったら平安時代だ!」石川は得意げに解説を続ける。「何度も再建されてるけど、それでも歴史の重みが違う!」

「すごい……」千葉は完全に魅入られている。

富山はテーブルの上のナッツをつまみながら、「ふーん、古いのね」と素っ気なく言う。しかしその目は画面から離れない。

「古いだけじゃないぜ!」石川は教会に近づく。「この装飾を見ろよ!このフレスコ画!このドームの美しさ!」

カメラが教会の細部を映す。色鮮やかなフレスコ画、金色に輝くイコン、そびえ立つドーム。確かにその美しさは圧倒的だ。

千葉の口がポカンと開いている。富山も思わず「綺麗……」と呟く。

「だろ!?」石川はここぞとばかりに自慢する。「いやあ、実際に見ると写真とは全然違うんだよなあ!この空気感、この臨場感!お前らには分かんないだろうけどさあ!」

最後の一言に、富山の眉がピクリと動く。

「あ、そうだ!」石川は何かを思いついたように歩き出す。「バニャ・バシ・モスクに行こう!ソフィアって珍しく、キリスト教の教会とイスラム教のモスクが共存してんだよ!これがまた面白い!」

カメラが揺れながら移動する。石畳の感触が音として伝わってくる。カツン、カツンと石川の靴音が響く。

「あ、あれだ!」

画面に映るのは、美しいミナレット(尖塔)を持つモスク。レンガ造りの建物は歴史を感じさせ、その存在感は圧倒的だ。

「バニャ・バシ・モスク!16世紀、オスマン帝国時代に建てられたモスクだ!」石川の解説が続く。「今でも現役で使われてるんだぜ!」

「へええ……」千葉は完全に石川の街案内に引き込まれている。

「そしてな、この前の道、見てみろ!」

カメラが地面に向けられる。石畳の間から湯気が立ち上っている。

「これ、温泉なんだよ!」石川は興奮気味。「ソフィアには地下に温泉が流れてて、こうやって地表に出てくるんだ!すげえだろ!?」

「温泉!?」千葉は目を見開く。「街中に温泉!?」

「そうなんだよ!」石川はカメラを持ったまましゃがみ込み、湯気に手をかざす。「ほら、あったかい!このモスクの名前、バニャ・バシって『たくさんの浴場』って意味なんだぜ!」

富山はついに堪忍袋の緒が切れたように言う。「はいはい、すごいすごい。温泉ね。でもこっちにも温泉あるし」

「え?」石川はカメラを自分の顔に向ける。「なんか言った?」

「別に」富山は目を逸らす。

千葉は気まずそうに「あはは……」と笑う。

石川はニヤリと笑う。「もしかして、羨ましい?」

「羨ましくなんかないわよ!」富山は即座に否定する。しかしその頬は少し赤い。「こっちはこっちで、自然豊かなキャンプ場で、美味しい空気吸って、気持ちいいキャンプしてるんだから!」

「ほほう?」石川は挑発するような笑みを浮かべる。「じゃあ、そっちの様子も見せてもらおうかな!カメラこっち向けて!」

千葉は慌ててノートパソコンのカメラをキャンプサイトに向ける。画面には、テント、テーブル、チェア、そして背後に広がる森。確かに自然豊かで美しい光景だ。

「ほうほう、まあ普通のキャンプ場だな」石川は小馬鹿にしたような口調。「で、何してんの?」

「今から……」富山は少し詰まる。「キャンプ飯作るところよ」

「ふーん、キャンプ飯ね」石川はわざとらしく感心した声を出す。「いいねえ、アウトドア料理!で、何作んの?カレー?焼きそば?」

「まだ決めてないわよ!」富山の声が大きくなる。

「あははは!」石川は大笑い。「こっちはこれから本場のブルガリア料理食べに行くけどな!メハナ(伝統的なレストラン)でバニツァとか、ケバプチェとか、ショプスカサラダとか食うんだわ!楽しみだなあ!」

「……っ」富山の拳がテーブルを叩く。ドン、という鈍い音。

千葉は慌てて「石川さん、そのバニツァって何ですか!?」と話題を変えようとする。

「おお、いい質問!」石川は再び歩き出す。「バニツァっていうのはな、チーズを挟んだパイみたいなやつ!フィロ生地を何層にも重ねて焼くんだ!これがまた絶品なんだよ!」

「美味しそう……」千葉は思わずゴクリと唾を飲み込む。

「だろ!?あとケバプチェは羊肉のひき肉を棒状にして焼いたやつ!スパイスが効いててビールに最高なんだ!」

「ビール……」千葉の目が遠くなる。

富山はスマホを取り出し、何かを検索し始める。その指の動きは少し荒い。

「そしてショプスカサラダ!」石川は続ける。「トマト、キュウリ、玉ねぎ、パプリカを刻んで、上にたっぷりのシレネっていうフェタチーズみたいなのを乗せるんだ!これがまた新鮮で美味い!」

「はいはい、分かったわよ!」富山が突然声を荒げる。「美味しいのね、ブルガリア料理!すごいわね、本場の料理!」

「おっ、どうした富山?」石川はニヤニヤしている。「もしかして食べたくなった?」

「別に!」富山は画面から目を逸らす。「こっちだって美味しいもの作れるし!ね、千葉!」

「え、あ、はい!」千葉は慌てて頷く。「そうですよ!日本のキャンプ飯も最高ですから!」

「ほほう」石川は挑発的な笑みを浮かべる。「じゃあさ、具体的に何が最高なわけ?」

千葉は一瞬言葉に詰まる。「え、えっと……焚き火で焼く肉とか……」

「肉ね」石川は鼻で笑う。「こっちもケバプチェって肉あるけど?しかも羊肉だぜ?羊肉!日本のスーパーじゃなかなか手に入らない羊肉!それも本場の味付けで!」

「ぐっ……」千葉は反論できない。

富山がテーブルを叩く。「いいわよ!こっちにはこっちの良さがあるんだから!自然とか、静けさとか、焚き火の音とか!」

「ああ、そうだね」石川はわざとらしく同意する。「自然はいいよね。こっちは今、1300年の歴史を持つ街の中を歩いてるけどね。ローマ時代の遺跡とか、中世の教会とか、そういう人類の歴史を感じられる場所にいるけどね」

「ぐぬぬ……」富山は悔しそうに唇を噛む。

石川は広場に出る。そこには大きな石造りの建物がある。

「ほら、あれ!セルディカの遺跡!」石川はカメラをズームする。「紀元後1〜2世紀、ローマ帝国時代の遺跡だ!2000年前だぜ!?2000年!」

画面には、保存状態の良い古代の城壁や道路が映る。ガラスケースに収められ、ライトアップされている。

「うわあああ……」千葉は完全に見入っている。「2000年前の遺跡が、街の真ん中にあるんですか……」

「そうなんだよ!」石川は得意満面。「しかも地下鉄の駅と一体化してるんだ!現代と古代が共存してる!すげえだろ!?」

「すごい……」千葉は呆然としている。

富山はスマホの画面を睨みながら、「こっちだって……こっちだって……」とブツブツ呟いている。

「ん?なんか言った?」石川は耳に手を当てる仕草。

「何でもないわよ!」富山は顔を上げる。「ねえ千葉、とりあえず火起こしましょう。焚き火よ、焚き火!」

「あ、はい!」千葉は立ち上がり、焚き火台の準備を始める。

その様子を見て、石川はニヤリと笑う。「おお、焚き火か。いいねえ、キャンプっぽい。こっちはこれからカフェでバクラヴァ食べるけどな」

「バクラヴァ?」千葉が反応する。

「そう!中東のスイーツでさ、フィロ生地にナッツとハチミツを挟んだやつ!めっちゃ甘くて美味いんだ!トルココーヒーと一緒に食べるのが最高!」

千葉はゴクリと唾を飲む。富山は黙々と薪を並べている。その動きは少し乱暴だ。

石川は歩き続ける。通りにはカフェが立ち並び、テラス席では人々がくつろいでいる。

「ほら、見てみろよこのカフェ文化!」石川はカメラを左右に振る。「ソフィアの人たちは、こうやって昼間からカフェでのんびりするのが好きなんだ!人生を楽しんでるって感じだろ!?」

「楽しそう……」千葉は薪を持ったまま画面を見ている。

富山は火打ち石をカチカチと打っている。なかなか火が点かない。その表情はどんどん険しくなる。

「あ、火点かないの?」石川は意地悪く笑う。「大丈夫?キャンプベテランなんでしょ?」

「点くわよ!」富山は必死で火打ち石を打つ。カチカチカチカチ。

「あははは!頑張って!」石川は大笑い。「こっちは今、めっちゃいい匂いのするパン屋の前通ってるけどな!ほら、この匂い伝わる!?」

「匂いは伝わらないでしょ!」千葉がツッコむ。

「でも想像できるだろ!?焼きたてのバニツァの匂い!バターとチーズの香り!たまんねえ!」

ようやく火種が付いた。富山は「ふん!」と得意げに言う。「ほら、火が点いたわよ!これぞキャンプの醍醐味!」

「おお、すごいすごい」石川は棒読み。「原始的だね。こっちは文明の利器を使って、快適に観光してるけど」

「原始的とか言うな!」富山の声が裏返る。「これがアウトドアの魅力なのよ!自然と一体になるの!」

「へえ、自然と一体ね」石川はカフェに入る。店内には洒落た内装、アンティークな家具、壁には絵画が飾られている。「俺は今、文化と一体になってるけどな。このカフェ、1920年代からあるんだって!ほら、このレトロな雰囲気!」

カメラが店内をパンする。確かに趣のある素敵なカフェだ。

千葉は「いいなあ……」と呟く。

富山は火に薪を投入する。パチパチと火の粉が飛ぶ。「……別に羨ましくなんかないんだから」

石川はカフェのテーブルに座る。カメラを固定し、自分の顔が映るようにする。「さあ、注文するぞ!バクラヴァとトルココーヒー!あとバニツァも追加で!」

ウェイトレスが来て、石川は片言の英語で注文する。ウェイトレスは笑顔で頷き、去っていく。

「最高だわ、本当に」石川は伸びをする。「いやあ、ブルガリア来てよかった。お前らもいつか来いよ。あ、でも今は俺だけが楽しんでるけどな!」

「……」富山は無言で薪をくべる。その動きには明らかな怒りが込められている。

千葉は「あ、あの、石川さん……」と言いかける。

「ん?」

「その、富山さんが……」

「大丈夫大丈夫!」石川は手を振る。「富山は昔からこうだから。でもな、本当は羨ましいんだろ?認めちゃえよ!」

富山の顔が真っ赤になる。「羨ましくない!全然羨ましくない!こっちはこっちで最高に楽しんでるから!ね、千葉!?」

「え、あ、はい!」千葉は慌てて同意する。「そうですよ!この焚き火、めっちゃいい感じですし!」

「ほんとに?」石川は疑わしげな顔。

「本当よ!」富山は立ち上がる。「焚き火の炎、見てよこの美しさ!揺らめく炎、パチパチと弾ける音、立ち上る煙!これぞアウトドアの神髄!これに勝るものなんてないわ!」

「ふーん」石川は鼻で笑う。

そのとき、ウェイトレスが注文の品を持ってくる。画面に映るのは、金色に焼けたバニツァ、シロップに浸されたバクラヴァ、そして小さなカップに入った濃いトルココーヒー。

「きたああああ!」石川は歓声を上げる。「見ろよこれ!美味そうだろ!?」

千葉と富山は画面に釘付けになる。

石川はバニツァを一口食べる。「んんんん!うっま!このサクサクの生地と、とろけるチーズのハーモニー!最高!」

「……」千葉は唾を飲み込む。

石川はバクラヴァも口に運ぶ。「甘っ!でも美味い!ナッツの食感とハチミツの甘さが絶妙!トルココーヒーの苦味と合う!」

富山は拳を握りしめる。その手は小刻みに震えている。

「いやあ、幸せだわ」石川はコーヒーを飲む。「異国の地で、美味しいものを食べて、文化を感じて。これぞ旅の醍醐味!」

「ぐぬぬぬぬ……」富山は歯ぎしりしている。

千葉は富山の様子が心配になり、「あ、あの、富山さん、とりあえず何か作りましょうか?お腹空いてきましたし」と提案する。

「そうね……」富山は目を閉じて深呼吸。「じゃあ、特製のキャンプ飯作るわ。石川なんかに負けないくらい美味しいやつ」

「おお、特製キャンプ飯!」石川は興味津々。「何作んの?」

「それは……」富山はクーラーボックスを開ける。「ジビエ肉のステーキよ!地元の猟師さんから分けてもらった、新鮮な鹿肉!」

「おお!」千葉は目を輝かせる。「すごい!ジビエ肉!」

石川も少し反応する。「へえ、鹿肉か。まあまあじゃん」

「まあまあ?」富山は鼻息荒く反論する。「これはただの鹿肉じゃないわ!信州の山で獲れた、最高級のジビエ肉よ!野生の味わい、自然の恵み!そしてこれを焚き火で焼くのよ!直火の香ばしさ、炎の熱、これが料理に深みを与えるの!」

「ほほう」石川は挑発的に笑う。「でも俺のバニツァも美味いぜ?何百年も受け継がれてきた伝統の味だからな」

「こっちだって伝統よ!」富山は鹿肉をまな板に叩きつける。「日本古来の狩猟文化、焚き火料理の伝統!」

「えーと……」千葉は二人の間で目を泳がせる。

富山は鹿肉に塩コショウを振り、スキレットに乗せる。ジュウウウと音を立てて肉が焼け始める。香ばしい匂いが立ち上る。

「ほら、見て!この焼き色!」富山はカメラに向かってスキレットを見せる。「これこそが本物の料理よ!火と肉、シンプルだけど最高!」

石川はバクラヴァをもう一口食べる。「ふーん、まあ美味しそうだね。でもこっちのバクラヴァも捨てがたいけどな。何層にも重ねられた繊細な生地、厳選されたナッツ、最高級のハチミツ。職人技の結晶だぜ?」

「こっちだって職人技よ!」富山は肉を裏返す。「火加減の調整、焼き時間の見極め、全て経験と勘!」

千葉はオロオロしながら「あ、あの、二人とも落ち着いて……」

「俺は落ち着いてるぜ?」石川はニヤニヤしている。「ただブルガリアの素晴らしさを伝えてるだけ」

「私も落ち着いてるわ!」富山の声は明らかに落ち着いていない。「ただキャンプの素晴らしさを示してるだけ!」

石川は店を出て、再び街を歩き始める。カメラが揺れながら、次の目的地に向かう。

「さあて、次はアレクサンダル・ネフスキー大聖堂に行くか!」石川は軽快な足取り。「ソフィアで一番有名な観光スポットだ!」

「はいはい、どうせすごいんでしょ」富山は鹿肉を皿に移しながら棒読み。

「おお、分かってんじゃん!」石川は笑う。「そう、すごいんだよ!1882年から1912年にかけて建てられた、ネオビザンティン様式の大聖堂!金色のドームが太陽に輝いてマジで圧巻!」

数分歩くと、視界が開ける。そして画面に映し出されるのは——

巨大な金色のドーム。白い壁。そびえ立つ鐘楼。その威容に、千葉も富山も言葉を失う。

「……でかい」千葉が呟く。

「綺麗……」富山も認めざるを得ない。

「だろおおお!?」石川は勝ち誇ったように叫ぶ。「これが東方正教会の聖堂の美しさだ!ビザンティン建築の集大成!5,000人を収容できる広さ!」

カメラが大聖堂の細部を映していく。繊細な装飾、色鮮やかなモザイク、聖人の像。その一つ一つが芸術作品だ。

「中に入るぞ!」石川は階段を登る。

重厚な扉を開けると、そこには息を呑むような空間が広がっていた。高い天井、壁一面のフレスコ画、金色に輝くイコン、そして中央に吊るされた巨大なシャンデリア。

「うわあ……」画面の向こうで、千葉と富山は完全に圧倒されている。

「すごいでしょ」石川は小声で、しかし誇らしげに言う。「このフレスコ画、全部手描きなんだぜ。何人もの芸術家が何年もかけて描いたんだ」

カメラがゆっくりと天井を映す。そこには聖書の場面が描かれ、聖人たちが静かに見下ろしている。

「……認めるわ」富山がぽつりと言う。「これは……すごいわね」

「だろ!?」石川はニヤリとする。「いやあ、やっぱブルガリア最高だわ。歴史と文化と芸術が詰まってる。キャンプ場で焚き火してるだけじゃ味わえない深みがあるよなあ」

最後の一言に、富山の顔がピクリと動く。

「……焚き火してるだけ?」富山の声が低くなる。

「あ、言っちゃった」千葉は小声で呟く。

「いやいや、悪い意味じゃないぜ?」石川は慌てたフリをする。「焚き火もいいよ、うん。原始的で、シンプルで、まあ……それはそれで」

「それはそれで?」富山の目が細くなる。

「あー、えっと……」石川は言葉を濁す。

「いいわよ!」富山は立ち上がる。「確かに焚き火はシンプルよ!でもね、シンプルだからこそ奥が深いの!火の起こし方、薪の選び方、火加減の調整!全てに意味があって、全てに技術がいるのよ!」

「ああ、うん、分かってる分かってる」石川は適当に相槌を打つ。

「分かってない!」富山は怒鳴る。「あんたは今、豪華な建物見て、美味しいもの食べて、それで満足してるだけでしょ!でもこっちは、自分の手で火を起こし、自分の手で料理を作り、自然と対話してるのよ!」

「自然と対話ねえ……」石川はニヤニヤしている。「俺は今、1000年の歴史と対話してるけどな」

「ぐっ……」富山は言葉に詰まる。

千葉は二人を見比べながら、完全に板挟み状態だ。

石川は大聖堂を出て、また街を歩き始める。「さあ、次はセントラルマーケットに行くぞ!地元の人たちが買い物する市場!これがまた面白いんだ!」

数分後、画面には活気あふれる市場が映る。野菜、果物、チーズ、肉、魚、あらゆる食材が所狭しと並んでいる。

「見ろよこの活気!」石川は興奮気味にカメラを動かす。「これが地元の生活!ブルガリアの日常!」

売り子のおばさんたちが元気よく声を出している。客たちが品定めをし、値段交渉をしている。その光景は確かに活気に満ちている。

「へえ……」千葉は興味津々。「市場って楽しそうですね」

「だろ!?」石川は野菜売り場に近づく。「ほら、このトマト見てみろ!真っ赤で艶々!めっちゃ美味そう!」

「……スーパーで売ってるトマトと変わんないじゃん」富山は冷たく言う。

「いやいや、全然違うって!」石川は反論する。「これは地元で採れた新鮮なトマト!土の匂いがするぜ!」

「土の匂いは伝わらないでしょ」千葉がツッコむ。

「でも想像できるだろ!?」石川は負けていない。「太陽の光をたっぷり浴びた、ブルガリアの大地で育ったトマト!甘みが違うんだって!」

富山はクーラーボックスからトマトを取り出す。「こっちだって地元産のトマトあるわよ!信州産の、朝採れトマト!」

「へえ、朝採れね」石川は鼻で笑う。「でもこっちのトマトはブルガリア産だぜ?ブルガリアって分かる?ヨーグルト発祥の地、バラの谷がある国、ヨーロッパの穀倉地帯!土壌が違うんだよ、土壌が!」

「土壌なんて関係ないわ!」富山は反論する。「大事なのは愛情よ!農家さんが丹精込めて育てた野菜!それをキャンプで味わう!これ以上の贅沢ある!?」

「あるね」石川は即答。「ブルガリアの市場で、現地の人と触れ合いながら、異国の食材を見る。これぞ旅の醍醐味!文化体験!」

「ぐぬぬ……」富山は悔しそうに唸る。

石川はチーズ売り場に移動する。「おお、シレネだ!ブルガリアの伝統的なチーズ!羊乳で作られてて、塩気があって美味いんだよなあ!」

店主のおじさんが試食を勧めてくれる。石川は一口食べて、「ンマーい!」と大袈裟にリアクション。

千葉はゴクリと唾を飲む。富山は目を逸らす。

「いやあ、本当に美味い!」石川は満足げ。「この味、日本じゃ絶対に味わえないね!」

「……っ」富山の額に青筋が浮かぶ。

「あ、あの、富山さん、落ち着いて……」千葉は必死で宥める。

「落ち着いてるわよ!」富山は明らかに落ち着いていない。「ねえ石川!あんた調子乗りすぎじゃない!?」

「え?俺?」石川はしらばっくれる。「別に調子乗ってないけど?ただ事実を述べてるだけだよ。ブルガリアは素晴らしい、食べ物は美味しい、文化は深い。事実でしょ?」

「いいわよ!」富山は立ち上がる。「じゃあこっちも見せてあげる!日本のキャンプの素晴らしさ!」

富山はカメラを持って、キャンプ場を歩き始める。まず映すのは、背後の山々。

「見て、この山々!この緑!この澄んだ空気!」富山の声は力強い。「これが日本の自然よ!四季折々の美しさ、豊かな森林、清らかな水!ブルガリアにだってあるでしょうけど、日本の自然は繊細で優美なのよ!」

「ふーん」石川は興味なさげ。「まあ、山は山だよね」

「山は山じゃない!」富山は怒る。「この山々には歴史がある!古来から人々に信仰されてきた霊峰!修験道の修行場!自然信仰の対象!そういう文化的背景があるのよ!」

「へえ、文化的背景ね」石川はニヤリとする。「でもこっちは1300年の歴史を持つ街だからなあ。山より古いんじゃない?」

「ぐっ……」富山は言葉に詰まる。

千葉は「あ、あの、どっちも素晴らしいですよ!」とフォローに入る。

富山はカメラを焚き火に向ける。「そして見て、この焚き火!揺らめく炎、パチパチという音、立ち上る煙!これが人類最古の技術よ!何万年も前から、人は火を使って生きてきた!この火には、人類の歴史が詰まってるの!」

「人類の歴史ねえ……」石川は大聖堂の映像を見せる。「こっちの大聖堂にも人類の歴史詰まってるけどな。芸術と信仰と技術の結晶。何百人もの人々が何年もかけて作り上げた傑作」

「キーッ!」富山は悔しさで叫ぶ。

「富山さん落ち着いて!」千葉は慌てる。

そのとき、隣のテントサイトから若いカップルが声をかけてくる。

「あの、すみません……何か、すごく盛り上がってますけど、大丈夫ですか?」男性の方が心配そうに尋ねる。

「あ、はい!大丈夫です!」千葉は慌てて答える。「ちょっと、友達とブルガリアとキャンプどっちが素晴らしいかで……」

「え、ブルガリア?」女性が興味を示す。「どなたかブルガリアにいるんですか?」

「そうなんですよ!」千葉はノートパソコンを見せる。「ほら、この人」

画面には石川が映っている。石川は手を振る。「よう!ブルガリアのソフィアから中継してまーす!」

「え、すごい!」カップルは目を丸くする。「オンラインで繋ぎながらキャンプしてるんですか!?」

「そうなんです!」千葉は説明する。「これが俺たちのグレートなキャンプなんです!」

「面白い!」男性は笑う。「でもなんか、喧嘩してませんでした?」

「喧嘩じゃないです!」富山は慌てて否定する。「ただ、あっちが調子乗ってるから……」

「調子乗ってないって!」石川は画面の向こうから叫ぶ。「事実を述べてるだけ!ブルガリア最高!」

「キャンプ最高!」富山も負けじと叫ぶ。

カップルはクスクス笑う。「なんか、楽しそうですね」

「楽しくないです!」富山と石川が同時に叫ぶ。

その瞬間、二人は気づく。自分たちが同じタイミングで同じことを言ったことに。

「……」

「……」

沈黙。

そして、千葉が爆笑する。「あははは!二人とも息ぴったりじゃないですか!」

富山と石川は顔を赤くする。

「べ、別に!」富山は目を逸らす。

「た、偶然だし!」石川も目を逸らす。

カップルも笑っている。「仲いいんですね、本当は」

「良くないです!」二人はまた同時に叫ぶ。

そしてまた沈黙。

千葉はお腹を抱えて笑っている。「もう、本当に二人とも……」

石川は咳払いをする。「ま、まあ、とにかく!ブルガリアは最高ってこと!異論は認めない!」

「認めないのはこっちよ!」富山も負けていない。「キャンプが最高!これは譲れない!」

「じゃあさ」千葉が提案する。「どっちも最高ってことで」

「それはダメ!」二人は同時に叫ぶ。

またしても息がぴったり。

カップルはもう笑いが止まらない。「絶対仲いいですよこれ!」

「違う!」

「違います!」

またしても同時。

富山は深くため息をつく。「もう、いいわ……」

石川も肩を落とす。「まあ、確かに……ちょっと調子乗りすぎたかもな」

「え?」富山は驚いて顔を上げる。「今、なんて?」

「だから、ちょっと調子乗ったって言ったんだよ」石川は照れくさそうに頭を掻く。「悪かったって。お前らのキャンプも楽しそうだよ、うん」

「……」富山は少し考える。「私も、ちょっと意地張りすぎたかも。ブルガリア、確かに素晴らしい街ね」

千葉は二人を見て、ニコニコと笑う。「やっと仲直りですか?」

「仲直りも何も、別に喧嘩してないし」富山は頬を膨らませる。

「そうそう、喧嘩じゃない」石川も同意する。「ただのディスカッション」

「はいはい」千葉は笑う。

石川はカメラに向かって言う。「でもな、正直言うとさ」

「ん?」

「ちょっと羨ましいよ、そっちも」石川の声は少し寂しげだ。「焚き火とか、自然とか。キャンプならではの楽しさってあるよな。俺、一人でホテルに泊まってるけど、やっぱりみんなでワイワイやるキャンプの方が楽しいかもって、ちょっと思ってた」

富山は驚いて目を見開く。「あんた……」

「私も」富山は小さく言う。「正直、ブルガリア羨ましいわよ。あの大聖堂とか、市場とか、本物の異文化体験。私もいつか行ってみたい」

二人は画面越しに目を合わせる。

そして、同時に笑う。

「やっぱり俺たち、バカだな」石川は頭を掻く。

「本当にね」富山も苦笑する。

千葉はホッとした表情。「良かった。やっと仲直り」

「だから、喧嘩してないって」二人は同時に言う。

カップルは拍手する。「素敵な友達関係ですね!」

石川はカメラに向かって言う。「まあ、とにかく!次回はみんなでブルガリア来ような!」

「うん、それいいね」富山は頷く。「でも、石川も次はちゃんとキャンプしなさいよ」

「分かってるって!」石川は笑う。

千葉も嬉しそうに言う。「じゃあ次は、ブルガリアでキャンプですね!」

「それだ!」石川は指を鳴らす。「ブルガリアの山でキャンプ!グレートじゃん!」

「確かに!」富山も乗り気だ。「それなら両方楽しめるわね!」

「決まり!」石川はガッツポーズ。「次回、グレートなキャンプ210、ブルガリアの山でキャンプ!」

「おおお!」千葉と富山も拳を突き上げる。

カップルも一緒に拍手。「頑張ってください!」

そして三人は、それぞれの場所から、同じ空を見上げる。日本の山の空も、ブルガリアの街の空も、同じように青く澄んでいた。

「でもさ」石川が突然言う。

「ん?」

「今すぐポジション変わりてえ!」石川は叫ぶ。「やっぱりキャンプ場でみんなとワイワイやりたい!ブルガリア一人は寂しい!」

「私もよ!」富山も叫ぶ。「ブルガリア行きたい!今すぐ変われーーー!」

千葉は両手を広げて、「無理ですよそれは!」とツッコむ。

三人は大笑いする。その笑い声は、国境を越えて響き渡った。

こうして、グレートなキャンプ209は、珍しくケンカと仲直りと、そして次回への期待で幕を閉じた。

ちなみに富山が焼いた鹿肉は、興奮しすぎて焦げてしまい、石川のバニツァとバクラヴァの写真を見て悔し涙を流しながら食べたという。

そして石川は、夜一人でホテルの部屋に戻り、二人が焚き火を囲んでいる写真を見て、「やっぱりキャンプ最高だな……」とつぶやいたという。

結論:どっちも最高。でも一人より、みんなで。

——グレートなキャンプ209、完——

「次はブルガリアでキャンプだからな!絶対だぞ!」

「分かってるわよ!準備しとくから!」

「俺も行きます!ブルガリアヨーグルト買い占めます!」

「それ意味ないだろ!」

ワイワイガヤガヤと続く三人の会話は、夜が更けるまで止まらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『俺達のグレートなキャンプ209 オンラインでブルガリア(ソフィア)の様子を見ながらキャンプ』 海山純平 @umiyama117

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ