第27話 毒薬条項(ポイズンピル)と業務提携
ガレリア帝国軍、本陣。
地平線を埋め尽くす5万の鉄騎兵。その威容は、腐敗していた王国の軍隊とは比較にならないほど精強で、無慈悲な規律に支配されていた。
「……よく来たな、カイ・ヴォン・ハイローラー。いや、今は『社長』だったか?」
天幕の中でカイたちを迎えたのは、かつての取引相手、アイゼンだった。
彼は国境警備隊長の軍服ではなく、金モールのついた将軍の外套を羽織っている。胸には勲章。以前の密貿易の功績(ミスリルによる軍備強化)で出世したらしい。
「久しぶりだな、アイゼン将軍。出世払いの祝いくらい持ってこようと思ったんだが、あいにくウチは倒産寸前でね」
カイは悪びれもせず、勧められてもいない椅子に勝手に座り、足を組んだ。
背後には、護衛のセリアと勇者アルヴィン、そして聖女エレーヌが緊張した面持ちで控えている。
周囲には、抜き身の剣を持った帝国兵たち。殺気で肌が痛いほどだ。
「冗談はよせ。貴様がクーデターで王都を制圧したことは知っている。……だが、帝国の判断は冷徹だ」
アイゼンは地図上の「アレクサンドル王国」を軍配で叩いた。
「内乱で機能不全に陥った隣国を放置すれば、魔王軍の浸透を許すことになる。よって、我が帝国が貴国を『保護(併合)』し、秩序をもたらす。……これは慈悲だぞ?」
「慈悲ねぇ。火事場泥棒の間違いだろ」
「言葉を選べ。5万の軍勢が動けば、貴様らは灰になる」
アイゼンの目が鋭く光る。
武力差は歴然。カイの手持ち戦力は数千。まともに戦えば1時間で終わる。
だが、カイは懐から一冊の分厚いファイルを放り投げた。
「……なら、くれてやるよ」
「何?」
「王国の全領土、統治権、そして国民。……欲しけりゃ全部持って行け。抵抗はしない」
セリアが「カイ様!?」と声を上げるが、カイは無視してファイルを指差した。
「ただし、もれなく『これ』が付いてくるがな」
アイゼンがファイルを手に取り、ページをめくる。
数秒後。彼の眉間が険しく寄り、めくる速度が上がっていく。
最後にファイルを閉じた時、彼の顔からは余裕が消えていた。
「……なんだ、この負債額は」
「マモン8世が残した遺産(借金)だよ。近隣諸国への未払い金、インフラの修繕費、そして未来10年分の税収を担保にした『ジャンク債』の山だ」
カイはニヤリと笑った。
「知ってるか? 今の王国は、資産価値ゼロどころか、抱えるだけで毎年国家予算規模の赤字を垂れ流す『超・不良債権』だ。……帝国が併合するということは、この借金を『連帯保証』するということだぞ?」
毒薬条項(ポイズンピル)。
買収されそうになった企業が、あえて自社の価値を下げたり、巨額の負債を抱え込んだりすることで、買収者の意欲を削ぐ防衛策。
カイは、マモン8世の悪政を逆手に取り、国そのものを「飲み込めば死ぬ毒まんじゅう」に変えていたのだ。
「さらに、魔王軍の問題だ。今、王国は魔王軍の侵攻ルートを一身に受け止める『防波堤』になっている。もし帝国が併合すれば、国境線が伸び、お前たちが直接魔王軍と対峙することになる」
カイは電卓(魔道具)を弾いてみせた。
「借金の返済と、防衛ラインの維持費。……試算では、帝国の年間軍事費の300%が吹っ飛ぶ。併合した瞬間、おたくの帝国も共倒れ(連鎖倒産)だ」
沈黙。
天幕内の空気が重く淀む。
アイゼンは優秀な軍人だ。だからこそ理解できる。
領土という「名誉」のために、国家財政という「実利」を破綻させる愚かさを。
「……脅しか?」
「コンサルティングだと言え。俺はアンタが破滅するのを止めてやってるんだ」
カイはタバコに火をつけた。
「そこで提案だ。……『業務提携』といこうじゃないか」
「……聞こう」
「王国は独立を維持し、社名を『アレクサンドル株式会社』とする。業務内容は『対魔王軍防衛サービス』の提供だ」
カイは地図上に線を引いた。
「俺たちが魔王軍を食い止める『下請け業者』になる。その代わり、帝国は『親会社(スポンサー)』として、我々に資金と物資を援助しろ」
「属国になれということか?」
「いいや。あくまで対等なパートナーだ。……面倒な統治や借金返済は俺たちがやる。お前たちは金だけ出せば、自国の兵を血を流さずに安全を買える。……悪い話じゃないだろ?」
アイゼンは腕を組み、天井を仰いだ。
武力で奪えば、負債と泥沼の戦争が待っている。
提携すれば、金で安全が買える。
軍事合理性と経済合理性。その天秤が、ゆっくりと傾いていく。
「……一つ、条件がある」
「なんだ?」
「勇者アルヴィンだ」
アイゼンが背後のアルヴィンを指差した。
「勇者を帝国の広告塔としても使わせろ。帝国の支援によって勇者が戦っていると宣伝できれば、国民も納得する」
「僕を……政治の道具にする気か!」
アルヴィンが憤るが、カイは即答した。
「いいぜ。肖像権の使用を許可する。ただし、ロイヤリティは別途請求するぞ」
「……抜け目のない男だ」
アイゼンは苦笑し、手を差し出した。
「よかろう。皇帝陛下には私が説明する。『腐った国を飲み込むより、番犬として飼う方が得策だ』とな」
「商談成立だな。……あ、ついでに帰りの荷馬車に、帝国の最新鋭『魔導カノン砲』を積んでおいてくれ。番犬の牙は鋭い方がいいだろ?」
「……図々しいにも程があるぞ、貴様」
---
数時間後。
帝国軍5万は、一戦も交えることなく撤退を開始した。
その代わり、カイたちの馬車には、帝国から巻き上げた大量の支援物資と、最新兵器の数々が積まれていた。
「……信じられません。国を売るフリをして、逆にスポンサーにしてしまうなんて」
帰り道、セリアが呆れたように呟く。
カイは帝国の軍票(小切手のようなもの)を数えながら笑った。
「言っただろ。これからは『経営』の時代だと」
国境の危機は去った。
だが、カイは知っている。これで終わりではない。
帝国の支援を取り付けたことで、デッド・エンド社(旧王国)は名実ともに、魔王軍との全面戦争における「人類側の最前線企業」となった。
「資金(カネ)はある。人材(ヒト)もいる。……次は、魔王軍(ライバル企業)の市場シェアを奪いに行くぞ」
カイの視線は北へ。
ついに、魔王城攻略という名の「最終事業計画(ラスト・プロジェクト)」が動き出す。
(第27話 完)
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