転校先のクラスメイトが全員、転生した元・魔王だった

季エス

クラスメイトが全員「転生した元・魔王」だった件について


「いっけなぁい遅刻遅刻~!」


 こんな独り言繰り出しながら走る女子、現実にいるんだな。

 思わず英雄は振り返り、だがその瞬間感じたのは風であった。脳裏に浮かんだのはF1である。びゅん、と、風を切りながら走るレーシングカーの如く何やら物凄いスピードのものが、横を突っ切って行ったのだ。多分。いや、ないな。英雄は冷静になった。そんなに足の速い人間がいて堪るかと言う話である。人間であると仮定して。つまり、全ては幻聴だか幻覚の類だったのだ。どうやら絶不調の模様である。やはり、転校初日だから緊張しているのかもしれない。そんな風に英雄は結論づけ歩き出したのだ。一人トボトボと。そうして、先程の女子らしき物体の言葉を思い返す。遅刻、遅刻。そう聞こえた。つまり、あのスピードで以てして、遅刻寸前であると窺える。だとすると、英雄の遅刻は確定である。そう言えば、周囲に人がいない。通学路に同じ年映えの人間が見当たらない。成程、遅刻。英雄は決意した。明日からはもう少し早く家を出よう。何せ転校初日である。時間配分がよく分かっていなかったのだ。それでいて初日だから許されるだろうと安易に判断したのである。内心では冷静を装っていたものの、端から見ればひとり寂しくトボトボ歩く只の男であった。侘しさすら感じさせるほどに、孤独だった。そして道を間違えた。間違えた事に気付いたのは、校舎に辿り着かなかったからである。まずったな、と、思いながら、悟られぬよう堂々と歩いた。歩いているつもりだった。転校初日から重役出勤の様相だった。それでも何とか、辿り着いたのだ。漸く、登校完了である。

 滅茶苦茶気まずい。

 そろりと学校へと侵入した英雄の感想である。こんな事なら両親に送ってもらうのだった。しかしその両親が、今朝から行方不明なのである。冗談ではない。本当に、いなくなってしまったのだ。大概奔放な人間だったが、とうとう息子を置いていなくなってしまったのだった。転校初日にそんなことある? 英雄は何度も内心でツッコんだが、現実である。何より、転校自体急であった。英雄は高校一年生である。中学校を卒業し、春休みを経て、入学し、僅か一か月後の事だった。


「英雄、大事な話があるの」

 突然母親が真剣な面持ちで切り出してきたのだ。英雄は黙って聞いた。口数が多いタイプではなかったのだ。

「実は、父さんと母さん、元の世界に帰らなくちゃいけなくなって」

 ハイ、ギブ。英雄は内心で呟いた。顔を顰めながら。母親の口から出た言葉の意味が全く分からなかったからである。元の世界って何? 日常生活で使わない言葉が出て来て困惑した。だが黙って聞いたのだ。英雄の口は大概閉ざされているのである。

「それで英雄を置いていくわけにはいかないから、一緒に来て欲しいの」

「分かった」

 英雄は後悔していた。何も分かっていないのに、分かったと勝手に口が動いたのだ。そう、何も分かってなどいなかった。でも、了承してしまったのだ。いや、分かる。一緒に来て欲しいって言った。そう、だから、分かる。つまり、理解したのはこの部分だけだったのである。

 そうして突然引っ越しする羽目になったのだった。


 英雄は思い出していた。経緯を考えれば、最初からおかしかったな、と。今更である。だが、今の所周囲におかしな所はないのだ。確かに知らない場所ではあるが、知識に無い景色ではなかった。今英雄がいるのは、普通の高等学校である。少なくとも、英雄の目にはそう映っている。

 一先ず、職員室へと向かった。

 どうやら授業中である。道中誰と会う事もなかったのだ。ガラガラと、引き戸を開ける。失礼しますと言って、中を見た。立ち入る勇気はなかった。全くそうは見えないが、気が小さい一面があったのだ。英雄の存在に気付いた教師と思わしき人物が席を立ち、近付いてきた。自然と英雄は身構えたのだ。冷静に考えて、遅刻である。

「どうしたの?」

 話しかけてきたのは女性だった。しかも、若い。

「本日転校してきた勇島です」

 取り敢えず英雄は遅刻だとは言わなかった。転校してきて、勝手が分からない風を装ったわけである。単純に怒られたくなかった。そして、もしかするとこの学校は、自由な校風なのかもしれない、と、そんな事を思ったのだ。何故か。教師の髪色が、緑だったからである。

 英雄の自己紹介を聞き、女性が目を丸くした。

「勇島、君?」

「はい」

 何だこの間は。英雄は表情を強張らせた。何故か女性が無言で、じ、と、品定めするかのように視線を送って来たからである。単純に居心地が悪い。

「勇島君」

「はい」

「勇島……勇島君!?」

「はい」

 何度やるつもりだろうか。このやり取りである。オウムか俺は。残念、男子高校生です。そして薄々気付き始めていた。この教師が、自分の事を知っている可能性がある事にである。そう言う反応なのだ。だが、英雄の記憶にはない。こんな髪色が緑の人物、一度会ったら忘れないだろう。いや、染める前は、普通に黒だったのだろうが。

 兎角不可解な反応だったが、ふと我に返ったのか、女性は咳ばらいをしたのだ。あからさまな取り繕い方である。

「え、と、勇島君」

「はい」

 終わってなかった模様である。だが、本当にここまでだった。

「私は、市川智子です。あなたのクラスの担任をしています」

 英雄は驚いた。表情こそ然程に変化しなかったものの、確かに驚いたのだ。担任。まさかの、担任。つい先日まで通っていた学校の事を思い出す。その時の担任は、四十代のごく普通の男性だった。それが、今回はこれ。落差が物凄い。

「よろしくお願いします」

 呆気にとられながら、棒読みで英雄は言った。

「はい。もうすぐ授業が終わるので、一緒に教室まで向かいましょう。丁度次は私の授業なので」

「はい」

 素直に英雄は頷いた。願ったり叶ったりである。授業中に乱入する羽目にならずに済みそうである。尚、物言いたげな教師の視線には気付かない振りをした。そう、この女教師、何やらチラチラと己を見てくるのだ。もしかして、禁断の恋が始まろうとしているんじゃないだろうか。英雄は少し期待した。女性教師との大人の恋愛。中々、憧れる所である。

 丁度、チャイムが鳴った。

 聞き慣れない音に、英雄は眉根を寄せた。英雄の知るチャイムとは、些か違っていたのである。キーンコーンカーンコーン。普通チャイムと聞いて想像するのはこれである。だが違っていた。ドゴーン。表すならばこれであった。ドゴーンである。爆発音だったのだ。教師と連れ立って廊下を歩きながら英雄は思った。変わった校風だな、と。そう言うレベルではないが、そう思う事で無理矢理自分を納得させたのだ。そもそも、教師の髪色が緑である。自由だった。

 英雄は一年一組だった。

 授業が終わったばかりなので、教室内は騒がしかった。其処へ市川が前のドアから入っていく。どうしようか、と、数秒悩み、英雄も中へと入った。態々外で待機するなど、自分を紹介してくれと言わんばかりではないかと思ったのだ。自分はそんなに大した人間ではありません。ひっそりと交ざらせて下さい。そう言う気持ちだった。英雄は気が小さいのだ。

「ハイハイ、静かにしてくださーい」

「先生早くない?」

 未だ休み時間である。にも拘わらず市川が静かにしろと言ったものだから、文句が出た。

「転校生を紹介します!」

 その一言が出る前から、生徒の視線は英雄に向いていた。担任の跡をつけるように入ってきたのだから当然である。徐々に教室内が静かになっていった。気付けば全員が、きちんと席に着いていたのだ。尚、未だ休みは終わっていない。クラス中が英雄に注目する中、英雄も又教室内を見て、驚いていた。

 髪の色が余りにも自由だったのだ。

 教師だけではなかった。生徒も自由だった。

 ピンクや赤や青や白や金や、それこそ緑もいて、ただ、黒だけがいなかった。英雄は慄いた。そして如何に自分が地味か思い知ったのだ。このままでは悪目立ちしてしまう。いっそ自分も金あたりに染めた方がいいのかも知れない。似合うかどうかは別として。英雄の内心など構うことなく、市川が続ける。

「はい、彼が転校生の」

「勇島英雄です。よろしくお願いします」

 中途半端な所で担任が口を閉ざしたので、続けざるを得なかった。尤も、普通の自己紹介だった。ただ、名を口にしただけである。なのに相変わらず教室内は静まり返っていた。英雄は急に心配になった。滑ったのではないかと危惧したのだ。何も変な事は言っていないのに。

「えっと、席は何処にしようかしら」

 一番後ろの一番端、出来れば窓側がいいです。英雄は内心で言った。口に出す勇気はなかった。転校初日でそのような図々しさを発揮できるような気概は持ち合わせていない。すると、静まり返った教室内で、す、と、手が上がった。自然と全員の視線が向いた。

「どうしたの、東さん」

 手を上げたのは女子だった。東さんて言うんだ。英雄は覚えようとした。今日からクラスメートである。気の強そうな顔立ちをした、紺色の髪の女子だった。きっちり染めていた。

「ま、真ん中がいいと思います」

 えっ。英雄は瞠目し、内心で呟いたのだ。東なる女子の言い分が全く分からなかったのである。真ん中。つまり、中心である。転校生を中心に配置する等聞いた事がなかった。新手の苛めかも知れない。英雄は警戒した。覚えたばかりの東と言う女子は要注意人物である、と。

「そうね、真ん中にしましょうか」

 えっ。更にもう一度内心で呟き、隣に立つ教師をマジマジと見たのだ。まさかの肯定である。普通窘める所ではないのだろうか。馬鹿な事は言うものではないと。えっ、どういう事? 英雄は混乱している。何も分からない状況である。だが確実な事は、このまま意見しなければ、真ん中に配置されると言う事だった。

 拒否だ。

 拒否しなければいけない。

 求めるのは、一番端の一番後ろ、しかも窓際。これである。譲るべきではない。

 数分後。

 英雄は、クラスの中心にいたのだった。

 残念ながら、英雄の口は仕事をしなかった模様である。何処からともなく手際よく運び込まれた椅子と机、其処に座っていた。心なしか俯いて。本当に真ん中の席だった。前後左右、皆知らない顔である。泣きそうだった。勇島英雄包囲網が完成していた。まだ何もしていないのに。

 ドゴーン。

 爆発音が鳴った。

「はい、では、授業を始めます」 

 そして何事もなかったかのように、担任が進行し始めたのである。転校生到来と言う、ある意味一大イベントはあっさりと終了してしまった。今になって思う。誰も何も言わなかったな、と。余りにも興味がなさ過ぎではないだろうか。もう少し気にかけてくれてもいいのではないだろうか。無論、口に出せるはずもなく、英雄は教科書、ノート、そして筆記具を鞄から出したのだ。最早最初からこの場にいたかのような馴染み具合だった。因みに知らない教科書だった。前の学校とは全てが違うと説明され、新しく貰ったものを初めて広げたのだ。英雄は思った。こんな事なら家で一度見ておくのだったと。何故なら本当に知らない教科書、と、言うか、中身も知らない事しか書かれていなかったのである。英雄の動揺を置き去りに、教師である市川が言う。

「はい、では今日は前回の続きから。サニエ暦1156年、この年は魔王サイランクチュアリーの侵攻がありました」

 なんて?

 英雄は呆気にとられた。教師が言った言葉が何一つ分からなかったからである。急にライトノベルの朗読が始まったかと思ったが、残念ながら手にしているのは教科書であった。これは一体何の授業であったか。ふと教室の前を見れば時間割が貼ってあった。成程、歴史。何処が? 完全に知らない歴史であった。いや、歴史とするならばの話である。何処が?

「魔王の侵攻は、百二十年ぶりであり、同じくして勇者が立ち上がりました。何時もの流れですね。魔王が出て来れば、必ず勇者が現れます」

 これ絶対ラノベだ。英雄は確信した。つまりこれは歴史の授業ではない。ラノベの朗読会なのだ。いや、何のために? 英雄は混乱している。何も分からないからである。取り敢えず漸く教科書を開いてみる事にした。見開きの部分は絵であった。成程、ラノベだ。一見写実的でありながら、どう考えても空想そのものの絵が載っていた。悪者っぽい人型の何かと、人間らしきものが、戦っている図である。それが重厚なタッチで描かれていたのだ。英雄はページを進めた。絵を見ていても仕方がないからである。そうして、知らない言葉ばかりが目に飛び込んでくることに気付いた。英雄は思った。歴史の教科書の顔をしているが、ラノベの年表なのかもしれない、と。そうして、新たな可能性に気付いたのである。

 ドッキリでは?

 自分を騙しているのでは?

 勇島英雄は転校生である。本日が初日である。つまり、何も知らない。この学校の事も、このクラスの事も、何もかも。それを逆手にとって、騙そうとしているのではないだろうか。今正に、ドッキリの真っ最中なのではないだろうか。もしそうであると仮定するなら、最初に自己紹介をした時の反応の薄さ、そしてこの配置、全てが頷けると言うものである。思わず英雄は左右へと周囲を走らせた。後ろまで見る勇気はなかった。誰か、浮足立っている人間がいるのではないかと予想したのだ。尚、この間にも担任の声は聞こえ続けていた。だがはっきり言って、何も頭に入っていなかった。何故ならほぼ呪文のようなものだからである。聞き覚えのある単語が無いに等しい状況であった。その上英雄の予想を裏切るかのように、誰もが平然としていたのだ。そう、ごく普通の授業風景が広がっているにすぎなかったのだ。

 これはおかしい。

 いや、現状、おかしくない事の方が少ないのだが。そろそろネタばらしが来る頃ではないのか。そんな風に英雄は思っていた。流石に長い。このままでは授業が終わってしまう。いや、今に、はい、ドッキリでしたー! そう言う声が聞こえてくるはずだ。或いはクラッカーだとか、縦笛なんか響いちゃったりするのかもしれない。高校の授業に縦笛があるかどうかは微妙な所であるが。あるのかないのか、いや、ある筈だ。英雄は神経を尖らせていた。何せ人見知りの気があるので、突然クラッカーを鳴らされ、ドッキリでした宣言をされた場合、上手く対処できる自信がなかったのである。寧ろ滑り倒す未来が見えた。つまり、このまま何事もなく進行して貰った方がよいのでは? いやでも、ラノベの授業は絶対にない、だからこの時間自体が絶対に仕込みの筈である。

「はいでは、この時勇者に倒された魔王サイランクチュアリーの生まれ変わりである、最上君、当時の説明をして貰えるかしら」

 なんて?

 英雄は呆けた。ちょっと大分意味が分からない言葉が耳に飛び込んできたからである。なんて?

「はい」

 男子の声だった。がた、と、椅子が床を引っ掻く音がした。つい英雄はその方向を見てしまった。そして顔を引き攣らせたのだ。何故か、目が合ったからである。その、魔王の生まれ変わりとやらの最上君は、英雄へと視線を送っていたのだ。それも射殺さんとするかのような鋭い物であった。英雄は思った。彼、演劇部かもしれない。中々日常生活で出せる眼光ではない。

「魔王サイランクチュアリーではなく、最上として話します。過去は過去であって、僕ではないので。僕自身は全く勇者を恨んでなどいませんし、最上としてはクラスメイトとは仲良くしたいので。なあ、勇島君?」

「えっ、アッハイ」

 突然名を呼ばれ、訳も分からず英雄は返事をしたのだった。言ってから思った。何の話? だが内心の問いかけに返る言葉など当然なく、最上は続けたのだった。

「サイランクチュアリーは、穏健派の魔王でした。特に争いを好まず、出来る事なら人類と共存の道を歩みたかった。無傷でもなければ、犠牲がなかったわけでもない。それでも何とか勇者と話し合いの場を設け、お互い目指す先は平和であると、これ以上無辜の血を流すことなく生きていこうと約束しました。二人は別の種族で争う宿命だった。それでも同じ目標を持ち、魔王は勇者と友になれたと思っていたのです。あの日、人類と魔族の共存を宣言せんと、沢山の生き物が見守る中、壇上で魔王と勇者は共に戦争の終わりを告げる、その時でした。勇者が聖剣で、僕、いえ、魔王サイランクチュアリーの胸を突き刺すまでは」

 ラノベだな。英雄の感想である。しかも流石は演劇部、いや、英雄の勝手な想像であるが、喋りが上手い。感心していると、最上が続けた。

「突然の事態に対処する事も出来ず膝を突き呆然と見上げる魔王に、勇者は言いました」

 最上が一度言葉を切り、息を吸った。

「これで人類の勝利だ!!」

 迫真。その一言に尽きた。英雄は感心した。言い方といい、表情といい、正に恨みを募らせた魔王そのものである。最上君絶対演劇部だ。うんうん、と、勝手に納得している英雄は気付かなかった。クラス中から視線を浴びている事にである。

「はい、ありがとう最上君。こうして、魔王を失った軍勢はあっさりと人類に敗北し、次の魔王が現れるまで平和が続きました。はい、東さん、どうしましたか」

 東、その名を聞いて英雄は警戒した。何せ自分を中央に配置するよう進言した女生徒である。その東が、手を上げているようなのだ。

「えっと、出来れば今の話を聞いて、ゆ、勇島君の感想を聞きたいなって……」

 えっ。

 やはり要注意人物であった。英雄は動揺した。感想って何? 他人の発表の感想を求められる事、そうそうない。しかも転校生である。一体己に何を求めているのか。断ってくれないだろうか。そんな気持ちを込めて、担任へと視線を送った。

「そう……そう、ね。勇島君、どう思ったかしら」

 えっ。

 残念ながら願いは届かなかった模様である。英雄は焦った。感想も何も、ラノベだなくらいにしか思わなかったからである。でも何か言わなければいけない。クラス中が注目している。ここで悪印象を与えたら、今後の学校生活にも響く。英雄は意を決して、口を開いたのだ。

「さ、最上君の説明がとても上手でした」

 小学生かなと思しきレベルの感想であった。

「えっと、他には?」

「他!?」

 しかし英雄は高校生である。小学生レベルの感想では許されない模様。

「あっ、えっ、最上君の気持ちが籠っていて、その、彼、演劇部ですか?」

「ふざけているのか君は!!」

 えっ。

 突然の怒号。急に怒鳴られ、英雄は心臓が痛くなった。小心なのだ。しかも声を上げたのは、最上である。英雄は思い返している。一体何が悪かったのか。どう見ても最上は怒っている。つまり、己の発言の何処かに怒らせる要因があったのだ。演劇部? やはり、演劇部の部分だろうが。もしかして、部活レベルを超えて、英雄が知らないだけで、プロの演者として活動しているのかもしれない。その可能性が高い。何故なら最上は、長身痩躯で髪色が紫である。顔もそれなりに整っていた。成程、芸能人。これまた英雄は勝手に思い込んだのである。

「落ち着いて最上君! 過去は過去だと言ったのはあなたでしょう!」

「しかし先生、僕は彼に殺されたんですよ! その事を軽んじられるのは違うでしょう!」

 えっ、どういう事? 英雄は混乱している。もしやまだ、演劇の途中なのではないだろうか。つまりあの、ラノベ朗読会から続く、不思議な流れである。

「落ち着けって最上。こん中に、勇者に殺されてねえヤツなんていねえんだからよ。なあ、勇島?」

 えっ、誰? 突然前に座っていた人間が振り返り話しかけてきた。えっ、誰? 全く分からないので、英雄は愛想笑いを浮かべた。

「そうよ、アンタだけが始末されたわけじゃないのよ。でもそれってアタシであってアタシじゃないわけじゃない。昔の話なのよ。そんで、此処にいるのも勇者じゃないの。ね、勇島君?」

「あっ、勇島です」

「うん、さっき聞いた」

 誰か分からないが、隣から話しかけられたので返事をしたらこれである。尚、女生徒なので無視しなかった。前に座っている知らない男子生徒は、見た目からして恐ろしいので、余り関わらないでおこうと既に心に決めている。席替え未だだろうか。英雄は願ったが、配置されたばかりである。

「大体、勇島君は、このクラスに来て、どう思ってんの?」

 変なクラスだなと思ってます。問われ、うっかり喉元まで出かかったが耐えた。危ない。言ったらもっと面倒な事になるところである。何せ個性が凄い。演劇部所属と思わしき紫頭に、紺色頭の女子に、その他諸々。髪色被ったら死ぬのかもしれないと想像してしまう程に多様である。尚その中で黒髪は英雄だけであった。一番詰まらない色だからだろうな、と、英雄は勝手に納得した。

 それはそうとして、取り敢えず無難な答えを返さなければいけない。

「皆さんと、仲良くしたいと思ってます」

 百点満点の答えではないだろうか。

 思わず自負した。英雄は転校生である。初日である。波風起こすべきではないのだ。当たらず触らず目立たず、これがベストである。別段おかしなことも言っていない。振舞いだって普通だった筈だ。なのに教室内が静まり返ったものだから、英雄は焦ったのだ。心なしか空気が冷たくなった気がする。何故。

「この元魔王しかいねえクラスで、言ってくれんじゃねえか、ユージ」

 ちょっと何言ってるか分かんないんですけど。

 発言したのは教室の右角にいた生徒だ。勿論見知らぬ相手である。なのに旧知の中とでも言わんばかりの態度で、しかも渾名までつけてきたものだから英雄は引いていた。距離感おかしくない?

 そして英雄はある事に気付いたのだ。

 最上だけが演劇部かと思っていたが、発言する全員が芝居がかった物言いである。もしやこのクラス、全員が元魔王と言う役柄で己を陥れようとしているのではないだろうか。人、それをドッキリと言う。

「先生」

 英雄は決心した。落ち着いて担任に呼びかける。いよいよもって、此方から聞かねばならぬと思ったのだ。改めて呼びかけられ、市川智子が軽く眉根を寄せた。だが気にせず英雄は続けたのだ。

「もしかして先生は、演劇部の顧問ですか!?」

「何の話?」

 ドゴーン。

 まるでツッコミかと思うタイミングでチャイムならぬ爆発音が響いた。

 思わず英雄は顔を引き攣らせた。今更ながら、この濃すぎるクラスでどう生きていけばいいのか、不安が募る余り胸が痛くなったのだ。結局ドッキリのネタばらしは来なかったし、どうやらこのクラスは元魔王の生まれ変わりの設定を続けるらしいし、勇島英雄は新生活への自信を喪失したのだった。ふと見えた開きっぱなしの歴史の教科書には、目を疑う文字が躍っていた。


 ――勇者、ユージ・マ・ヒデーオ。




 

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