第4話 ぇえぇえ


「……ってことが昨日あって」

「……おもしろ」

「おもしろくないし」


 昼休み。

 校舎裏のベンチに腰掛ける、玲子と志津香。


 玲子は神妙な面持ちだが、志津香は内心腹抱えて笑っていた。

 これだから温太郎と玲子の友達はやめられない。


「で、それ見てどう思ったん?」

「……まぁ、谷もそういう年齢なんだなっていうか、谷もそういうことするんだなっていうか……正直、動揺……した」

「…………ウケる」

「ウケないし」

「ま、誰でも動揺するよねー。それはきっと、タローもさ」


 ちなみに、その頃の温太郎はというと……。



「…………」

「えっと……温太郎?」

「………………頭蓋を割ってくれ。死ぬか記憶が全部飛ぶか。どちらかであれ」

「……コイツやば」

「たぶんコロすことになる」

「今日で友達やめます」



 友達を二人、切っていた。


 ――場面を戻し。


「今まで谷は何かに分類するんじゃなくて、谷だったから。私の知ってる全部が、谷だったんだよ」

「そうじゃないんだなー、って?」

「……まぁ、思った。それに……」

「それに?」


 思い出す、名取との一幕。



 ――俺のに何してんだ


 

「…………何でもない」

「……ふーん、そっか」


 言葉にしなくても、雰囲気で志津香は察することができて、


「じゃあ、これからタローとは男女の距離感で接するの?」


 胸の奥底にある答えを、引っ張り出すような質問。




「……男女以上に、私と谷は幼なじみだから」




「……そっか」


 その一言で、志津香はすべてを理解した。


 玲子は温太郎を幼なじみだと思っていても、ただの幼なじみだとは思っていないこと。

 そして……。


「これからが楽しみなふたりだなー(ぼそっ)」


 何もかもに、まだまだ無自覚であることを。


「え、なに?」

「いーや、なんでもー」


 この世界でただひとり、を感じていることを……。










 その日の温太郎は、何も上手くいかなかった。


 そりゃそうだ。

 幼なじみに〇ナニーを見られたのだから。

 

 しかし、一つ救いだったのは玲子が何事もなかったかのように一日を始めてくれたこと。

 いつも通り夕飯を一緒に食べ、何の変哲もなく一日を終わらせようとしてくれていること。


「(でもま、これまで通り一緒にフロ入ろうだなんて、玲子にどんな考えがあっても言われないだろうな……)」























「谷、一緒に入るよー」






「……え?」

「早くして」

「いや、えっと……」

「今日も入んないの? ま、別にいいけどさ」


 …………え?

 ふ、普通に誘われた……?


 ど、どういうこと?

 昨日の出来事が夢じゃないことは残念ながら色々な検証の下、証明済みなわけで。


 なのに今日も当たり前に、お風呂に誘われてるのはなんでだ?


 ……いや、貞操観念がバグってる説はすでに却下されてる。

 何にせよバグってるじゃねぇかってツッコみも却下している。


「昔はよく入ってたのに」


 脱衣所へ消えていく玲子。


 ここ最近の、モヤモヤ全部がミキサーにかけられ、一つのナニかになり。




「――玲子!」




 脱衣所に踏み出す温太郎。


「ん?」


 温太郎の思考は、フル回転を経て単純になっていた。


 ……もういい。

 お風呂一緒に入るなら、エッチしてやる。


 ってか? 昨日の見ておいて誘うならそれもう「エッチOK!」ってことでしょ。

 いや、そうに違いない。というか、全部ぶっ飛ばしてエッチがしたい!!!!!!


「入る? 一緒に」


 入る、一緒に。

 それでエッチをする。

 汚れを洗い流す。醜い欲望も洗い流す。


 だから……だから……!
























「や、なんでもない。ごゆっくり」

「え、うん」


 バタン、と扉が閉まる。


 温太郎はリビングのソファに深く腰掛け、息を吐いた。


「……やっぱこえぇ」


 怖かった。

 これを機に、玲子との関係が崩れることが。


「情けない。見てられない。消えてしまエ……俺」


 どれだけエッチがしたいと思っていても。

 オナ〇ーを見られても。

 玲子が間違いなくバグっていても。



「幼なじみ、なんだよなぁ」



 それもただの幼なじみではない。

 そのことを温太郎もまた、無意識のうちにわかっていて。


 この先も玲子と幼なじみでいることが、温太郎の一番大切なことだった。


 それはもちろん、玲子も同じことで――





「幼なじみ、かぁ」





 浴槽に浸かりながら、玲子も呟いてみる。




 幼なじみと言っても、色んな幼なじみがあって、いて。

 温太郎と玲子にとって、それが当たり前の“トクベツ”であることは、言うまでもなく。



「「…………幼なじみって、何なんだろ」」



 だからこそ、ふたりは同じでいながらも、ヤバいくらいに間違え続けていくのだろうと、そう思いながら。




                おしまい。

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幼なじみがおっっきな高校生になっても一緒におフロ入るのが普通だと思っててヤバい 本町かまくら @mutukiiiti14

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