女神の子どもたち
千夜かおる
第1話 女神の審判
日光の届かない地下の貧民街エリア。
コンクリートむき出しの一室で、二人の女性がベッドの中で互いを強く抱きしめ合っていた。
湿った空気の中、肌と肌が触れ合うたび、確かめるように息が重なる。
「……もうすぐ、ここも見つかっちゃうよ」
短い沈黙のあと、低い声が震えた。
「捕まって、あなたとの記憶を消されるくらいなら……いっそ、ふたりで――」
言葉は途中で途切れた。
「わたしは……あなたと一緒なら、死ぬのも怖くないよ」
そう言って、ひとりが瓶から小さなカプセルを取り出す。
もうひとりも同じ色のそれを手に取り、わずかに微笑んだ。
「もし、生まれ変わったら……こんな、バカげた制度のない世界で……また、一緒になろうね……」
互いの口にカプセルを含ませ、深く唇を重ねる。
涙が頬を伝い、シーツを濡らした。
――その時
部屋のドアが外から激しく叩かれた。
「開けろ! 公安だ!」
次の瞬間、ドアが破られ、黒い制服を着た男たちがなだれ込んだ。
ベッドの上で抱き合ったまま動かないふたりを見て、背の高い――カラスと呼ばれる男が舌打ちした。
「……くそ、間に合わなかったか」
床に転がる薬品の瓶を拾い上げ、顔をしかめる。
「自死未遂か。女神に従わず、勝手に終わろうとするとはな……」
「カラスさん、まだ脈があります!」
小柄な部下――モズが、女性の首筋に指を当てて叫ぶ。
「微かですが、呼吸も確認できます!」
「よし、すぐに運べ。医療班を呼べ」
カラスは短く命じた。
「死なせるな。審判は女神が下す」
***
無機質な白い部屋。
ふたりの女性は並べられたベッドの上で眠らされ、頭部には複雑なヘッドギアが装着されていた。
天井から垂れるケーブルが、壁一面の端末に接続されている。
「……しかし、よくここまでやりますよね」
モズが小声で呟く。
「記憶が国家資産だってのに、自分から壊そうとするなんて」
「感情ってやつは、いつの時代も女神の計算を狂わせる」
カラスは端末に映る解析ログを眺めながら言った。
「だからこそ、百年以上前に女神が作られた。
人の記憶を管理し、選別し、国力に変えるためにな」
この国を実質的に支配している中枢システム『ムネーモシュネー』
通称 “女神”
いつからか、人の持つ ”記憶” が国力を左右する資源としての価値を持つようになった。
親から子へと遺伝的に受け継がれる “良質の記憶” を維持、管理するため、旧時代にひとりの天才が作り上げたシステム。
ギリシャ神話の記憶をつかさどる女神『ムネーモシュネー』がその由来と言われている。
ほどなく、端末に女性たちの脳内マップが映し出される。
色の濃淡で示された “価値評価”
「……判決、もう出るんですか?」
「出るさ。女神は迷わない」
カラスの手の中で、端末が短く振動した。
「罪状は二つだ。
一つ、同性愛関係の継続により、記憶の遺伝を拒否したこと。
もう一つ、自死によって国家資源である記憶を不当に放棄しようとした未遂。
以上をもって、女神は審判を下した」
彼は淡々と画面をなぞる。
「背の低いほうの女は……懲役として十年分の部分消去。
十二歳までの幼少期の記憶は保存し、その他記憶の消去後は中層に配置」
「え……中層ですか?」
モズが思わず声を上げる。
「前科者なのに、俺たちより上じゃないですか」
「良質な記憶の血筋に救われたな。
“将来性” まで計算に入れた、女神の判断だ」
カラスは目を伏せる。
「……もうひとりは」
一瞬、言葉が詰まった。
「全消去。配置先は……地下層」
「ぜ、全消去……?」
モズの顔から血の気が引く。
「それって……」
「ああ、人格の完全初期化だ」
カラスは冷たく言い切った。
「記憶価値ゼロ。
社会に残す意味がない、と判断された」
「……あのまま死んだほうが、楽だったかもしれませんね」
思わず漏れたモズの言葉に、カラスは少し皮肉を含ませて返した。
「愛し合ったこと自体が罪じゃない。
問題は、子を残さず、記憶を次の世代に渡そうとしなかったことだ。
それに加えて――自死で国家資源を捨てようとした。
女神にとっては、二重の背信だな」
カラスは一拍置いてから、静かに続ける。
「執行は任せた」
短く言い残して踵を返す。
「了解しました……カラスさん」
部屋に残されたモズは、しばらく眠るふたりを見つめていた。
「……悪く思わないでください」
誰に向けた言葉かもわからないまま、彼は端末を操作する。
「すべては……女神の仰せのままに」
消去ボタンが押された瞬間、無機質な部屋は、白い閃光に包まれた。
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女神の子どもたち 千夜かおる @chiya_kaoru
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