3話
「ほら、この中にある?」
課題が一段落ついた頃、二人は10冊程度の本を一冊ずつ確認していた。これも違う、あれも違う、と彼が数冊ほど見た辺りであることに気付いた。
「これ全部海外の作家のやつじゃん」
「だって何か小難しいもん」
「まぁ分かるけどさ」
それはもったいなくない?、という言葉は胸にしまっておいた。彼自身は、作者や媒体で作品は絞らないようにしている。だが人にそれを押し付けるのは違うとおもった。
「ていうか歴史オタクでしょ! ほら、セルバンテスの『ドン・キホーテ』は有名じゃないの」
「いやー、文化史はからっきしだから」
少し落胆しながら彼が次の本を取り出すと、二人のテンションが少しだけ上がった。
「あ、シェイクスピアでしょ? これは流石に知ってるよ」
「むしろこの人を知らないのはダメだよ」
「威張っちゃダメ?」
「恥ずかしいからやめときなさい」
イングランドの劇作家。大量の英単語がこの男によって作られたと聞いた時、恨みを抱いた人も少なくないはずだ。
「それで、この『マクベス』って有名なの?」
「一応、四大悲劇って呼ばれてはいるけど…」
そう説明しながら彼はページをめくる。小説というよりかは、劇の台本。読みやすくはないが、その巧みな言葉遣いは改めて圧巻だと感じる。こころなしか、夢で見たものに近い気がした。
「ねぇ、シェイクスピアの本ってこれだけ?」
「あと『ロミオとジュリエット』はあったけど、流石に違うでしょ」
本をしまいながら題名を思い出そうとするが、中々出てこない。恐らく実家に置いてきたのだと諦めようとしていると、彼女のふてくされた顔が目に入った。必死でスマホをスクロールして何かを調べている。
「別にこんなことにムキにならなくていいのに…」
「だってその本がなかったら私達ここまで仲良くなってなかったかもしれないじゃん。恋のキューピッドじゃん」
「よくもまぁ恥ずかしがらずそんなこと言えるね」
彼女の横に腰掛け、その様子を眺めているとあることを思いついた。どうせ今日は日用品の買い物も含め出かけるつもりでいた。行く場所が多少遠くなっても大差はない。
「せっかくだし、大きめの書店があるショッピングモールにでも行こうか」
「ホント!? 私クレーンゲームしたい!」
「ちょっとだけならね。あと本題忘れないでね」
「私ちょっと歴史系の本置いてるとこ覗いてくるね」
「うん。ただ周りには気をつけてね」
彼が彼女の腕に抱えられたそれを見ながらそう言ったときには、既に本棚の角に姿は消えていた。
ゲームセンターに入って、すぐに彼女を見失ったのが数十分前。そして合流した頃には自信の上半身ほどはありそうな巨大なぬいぐるみを抱えていた。好きなゲームのキャラを見つけて試しにやってみたら、アームが思っていたより強く一回で取れたらしい。置き場に困るのは目に見えたが、「元いた場所に返してきなさい」とも言えない。結局、彼女の反応が可愛かったからどうでもよくなった。
海外文学のコーナーに着くと、シェイクスピアの名前を探した。アガサ・クリスティやヘミングウェイの誘惑に耐えながら、時に負けながら目で本棚をなぞっていると案外早く見つかった。流石の知名度だと彼は感じた。
あらすじや総集編の目次などを眺めながら探すが、ピンと来るものは中々見つからなかった。そのまま次の本を取ろうとした時、後ろから声をかけられる。
「ねぇ、見てみてー」
頬をほころばせ、ニマニマという擬音が似合う顔を浮かべながら、彼女が一つの本を差し出してくる。西洋美術史に関する本の、あるページ。プリマポルタのアウグストゥス、と呼ばれる彫像を指差している。ローマの作品らしい。
「文化史には興味ないって言ってたのに、珍しい」
「これは特別。ほら、これ見て」
よく見ると、その像の右足に小さな子供の像があった。ローマ神話の神、キューピッド。現代では、恋という言葉とともにその名前が使われている。
「昔の知り合いに、この像が好きだったのがきっかけで仲良くなった男女がいてさ」
まさしく恋のキューピッドだよねー、と同意を求めてくるが、エピソードが独特すぎて理解に時間がかかった。もっとも、自分たちも周りから見れば大差ないだろうなと思った。
「…ちょっと待って」
「お、もしかして分かった?」
「それ見てたら思い出した」
この像が作られる少し前のことを書いた作品があったのを思い出した。ほらこれ、と叫びながら彼はそれを取り出した。
ある男女の休日の一幕 @yana1104
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