夏の夜空に
kokoro_hashiru
夏の夜空に
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
高一の僕は後ろの席の竹村咲が気になっていた。目が合うだけで、ドキドキする。
恋愛恐怖症。恋に恋する15歳。
彼女いない歴=年齢で女の子とはまともに目を見て話せない。でも、こんな感情になったのは生まれて初めてだった。
いつもプリントを後ろに回す度に、咲の顔をチラリと見る。その度に、心臓に大量の血液が流れてくる感覚に襲われる。
ある日、「……森山くん、森山くん」
咲が後ろから背中を突いてきた。
心臓が大きく跳ねた。
「はっ、はい。何? 」
「はい、じゃなくて、呼んでるよ。前で」
テスト返しで、先生が呼んでいた。
「森山、来るのが遅い。点数良くてもなぁ……
人生やってけんぞ、しっかり人の話を聞いてだなぁ……」
数学の小森に小言を言われて、下を向く僕に咲は声をかけてきた。
「何点だった? 数学良かった?」
小言を言われたのが、余程面白かったのか、ニコニコ笑顔の咲が聞いてきた。小言もまんざら悪くないとか思ってしまった。
「……うん。まあまあ」
「じゃあ、私も見せるから教えて」
小森に咲が呼ばれた。
咲に話しかけられた僕は、心臓がドキドキして飛び出しそうだった。
咲が席に戻ってきて再び、僕に話しかけた。
目を閉じた咲は、思い切ったように言った。
「負けたわ。絶対」
「竹村から教えて。何点? 」
と、僕が聞くと75点の答案を控えめにそーっと見せてきた。
「ごめん、勝った92点」
笑顔で僕は答えた。賢くて良かったと、心底思った。
「賢すぎるよー、森山くんは」
と、咲はコロコロと笑った。
笑ったときの顔が眩しかった。
咲の笑顔に吸い込まれるように、
僕の口は勝手に開いてしまった。
「あ、あのさ、竹村」
「今度の週末、花火大会行かない? 」
と、思い切って誘ってしまった。
我ながら、すごい勇気だと思った。
「無理なら大丈夫、無理なら……いいんだ」
「予定もあるだろうし」
「……返事、明日でもいい? 」
「えっ? いい、いいよ、全然」
「……うん、じゃあ、明日ね」
帰りの電車で、親友の雄司に話しかけられても、何も聞こえないし、話さなかった。雄司は仲良い友達だが、こういう話は120%冷やかしてくる。
「何か、今日お前変。まあ、いいか。
じゃあなー、明日」
と、雄司が言った。
「おう、またな。バイバイ」
……明日、明日だよな。
電車を降りたら、改札から出たら、いつも見る景色がまるで水彩画のように淡い色に見えた。
行き交う人は黒い影か何かのようで気配を感じなかった。
今日はサッカー部のクラブ活動がオフの日。帰ったら、ゲームでもしようと思っていたが、電源を入れる気さえ起こらない。ずっと、「明日」が僕の頭を支配していた。
眠れない夜を乗り越え、やっと迎えた次の日。運命の「明日」がやってきた。
真夏の太陽が「雲ひとつ出さない」と、はっきり暑さを強調していた。
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
「おはよう」と咲が僕に言った。
「あっ、おはよう」
「あの……」
と、僕がドギマギする中、咲は、
「あの……誘ってもらった花火大会ね
……行きたいけど、行けない」
僕の落胆は半端じゃなかった。
地獄に叩き落とされた気持ちだった。
「うん、大丈夫。予定とかもあるし、気にしないで」
何とか返事をした。咲はさらに言った。
「……予定はないの、特には」
えっ、じゃあ、なんで? と言う顔を僕がすると、
「花火大会ってね、やっぱり好きな人と見た方がいいよ……昨日はノリで、誘ったでしょ?」
と、身長が低い咲は上目遣いでこちらを見上げた。
「ノリ? ノリとかじゃない……真剣に考えた。竹村のこと」
「じゃあ、私と2人で行っても大丈夫なの……?」
「うん、もちろん2人で行きたい!」
と、僕がハッキリ言うと、
「……何時に集合?」
少し頬を赤らめた咲は少しうつむいて、小さな声で聞いた。
「5時半に、十三駅東口。分かるかな?」
「うん、分かった」
それだけ、話すとその日は僕とは目も合わさなかった。咲は何か考えごとをしているように見えた。
放課後も、「バイバイ」と手を振りはしたが、うわの空で帰って行った。
———
——翌日、土曜日5時20分。
十三駅東口の改札前に浴衣姿の小さい女の子が立っていた。
——咲、咲だ!
「竹村! こっちこっち」
人混みの中を咲が小さな歩幅で走ってくる。
赤いルージュにピンクの花柄の浴衣が似合っていた。
「かわいい、浴衣姿。あっ……」
思わず口から出てしまった。デートどころか「彼女いない歴=年齢」の僕は女の子の扱いさえわからない。
「もう、森山くんはお世辞がうまいから」
「お世辞なんか言わない」
「分かったから、行こう」
と、咲が僕の手を握った。
少し汗ばんだ手から咲の緊張が伝わった。
「ご、ごめん女友達のノリでつい手を……」
そんな咲がかわいくて、今度はこちらから手をとった。そして、大股で商店街を歩いた。咲は浴衣で、赤い緒の花柄のついた下駄。小股で小走りになって、歩調を合わせる。
(誰に見られたって構うもんか)
世界にはもう僕と咲の2人しかいないように思えた。
「なにわ淀川花火大会」会場は埋め尽くされていた。
あちらこちらで家族連れやカップルが所狭しと座っていた。焼きそばを食べたり、かき氷を食べたりして時間を過ごすうちに、ざわざわし始めた。
僕たちもカップルに見られてるのかな、とか思っているうちに最初の花火が夜空に炸裂した。
小さく低く沢山色んな方向に飛ぶやつだ。
そして、次々に大玉が炸裂し始めた。
僕の好きな「柳」「スターマイン」が連続して夜空に咲いた。轟音と一緒に夜空に咲く花は僕と咲を魅了し続けた。
「花火……すごくきれい」
思わず咲が口にした。
「来て、良かった。
……ありがとう、森山くん」
花火の光で照らされた咲の横顔に見とれていた。綺麗な横顔だった。細い首筋から見えるうなじ。そして、赤いルージュが花火の光で時折光って、艶やかに見えた。僕の心臓の鼓動が花火の音とともに暴れ出した。
ヒュー、ドドドドと、フィナーレが近づいたころ、胸の高鳴りも最高潮に達していた。
僕は咲の手を改めて握り直して、一呼吸深く吸い込んでから、正面を向いて言った
「竹村が好き」
「えっ、聞こえない」
その瞬間——フィナーレが終わった。
ドドドドドーーン
フィナーレの爆音から一気に訪れる静寂。観衆のざわつきさえ聞こえない中、僕は1人で叫んでいた。
「さきが好きーー! 」
周りに数千人はいたであろう、大観衆が
一斉に皆、こちらを向いた。
「ええぞー、にいちゃん! 」
「青春しとるなーー」
「ヒュー、ヒュー」
と、見ず知らずの人たちから歓声があがっていた。
すっごい恥ずかしい。
こんなに目立ったことは生まれて初めてだった。
運動会のリレーのアンカーでこけたときより恥ずかしかった。
でも、何か気持ち良かった。
咲に気持ちを伝えられたから……
真っ赤に頬を染めた、咲はうつむいて、
「森山くんのバカ……」
と、小さく言って、僕の手を握り返してきた。
——淡い、夏の夜のできごと。
夏の夜空に kokoro_hashiru @kokoro_hashiru
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