プロ作家への道と、私(続編:独白)

不思議乃九

プロ作家への道と、私(続編:独白)

Ⅴ. 恥の輪郭線


充電器に差したiPhoneの画面は暗いまま。夜明けの白さが窓を通して部屋に入り込み、家具の輪郭線を曖昧にしている。午前零時半に燃えていた創作の熱は、今はただのぬるい灰になったように感じる。


二週間で五十本。毎日平均五本。ブログとTwitterで言葉を磨いてきた過去。

つい先ほどまで、私はこの事実を、まるで勲章であるかのように頭の中で並べ立てていた。プロへの道を計算し、効率を語り、水平思考を誇った。


でも、本当にそうだろうか。


「不思議乃九」。いや、ここで私は**「私」**として、読者であるあなたに、そして、誰にも言えなかった真実を、静かに独白しなければならない。


私は、この創作の種明かしをすることが、酷く恥ずかしい。


私が毎日五本の短編を書き続けているのは、プロへの情熱だけではない。それは、根本にある**「恐怖」**の裏返しなのだ。


ブログやTwitterで、私は論理や機知で武装していた。しかし、小説を書き始めて、すぐに気づいた。私の文章には、**「魂」**がない。


量産される五本の短編は、完璧に構成され、技巧を凝らしている。けれど、それはまるで、感情の入っていない、ただ美しいだけの設計図みたいだ。ブログの論理性とTwitterの瞬発力の残骸で書かれた、無機質な文章。


> 私の言葉は、どこか常に、乾いているのです。

> それは、まるで、水彩絵の具の「水」を、すべて計算式に置き換えてしまったような、痛ましいほどの乾燥なのです。


この恐怖から逃れるために、私は**「行動」**で自己を誤魔化している。「毎日五本」という物理的なノルマを課すことで、「私はちゃんと頑張っている」「私はプロに近づいている」と、自分の心に嘘をついている。


真の純文学作家が持つ、あの**「静かな狂気」や「内面の湿り気」**が、私には全くない。


水平思考で *Weltschmerz* や *L'esprit de l'escalier* という概念を輸入しても、それは知識の皮を被った借り物に過ぎない。それを自分の血肉に変える作業を、私は「五本の執筆」という名の逃避行でスキップしようとしていたのだ。


この恥ずかしさを誰かに打ち明けたら、私の「作家への道」は一瞬で崩れ去る気がしていた。だから、私は、iPhoneの辞書に**「微睡みの波紋」**という詩的な言葉を登録する一方で、**「逃避」「空虚」**という言葉の登録を、いつも避けていた。


あなたの手のひらで読まれている、この私の独白こそが、私の**「五十一本目の短編」**なのだ。これは、これまでで最も技巧がなく、最も醜く、そして、最も「私」自身の真実の水分を含んだ文章かもしれない。


私は今、この独白を終えた後、再びiPhoneを手に取るだろう。

そして、その画面に、私が逃げ続けていた**「空虚」**という三文字を打ち込み、そこから物語を始める勇気が、自分にあるのかどうかを試すのだ。


夜明けの光が、私の頬に触れる。それは冷たい。しかし、ようやく、凍てついていた私の心に、創作の恥という、ひとつの温かい傷ができた気がした。

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