残痕

たこやき

残痕

あいつが嫌いだった。

 

俺たちは趣味も好きなものも似ていたが、あいつはいつも俺の先を歩き、勝った顔をするようなやつだった。

周りは「親友」と呼んでいたが、俺は一度もそんな風に思ったことはなかった。


あれは雲一つない快晴の日だった。

二人でよく使っていた山奥のプレハブ小屋で、ふいに揉み合いになった。

あいつのほうが身長も体格も優れており、喧嘩は圧倒的にあいつが優勢だった。


「このままじゃ、やられる」


そう思った瞬間、横にあった灰皿を手にし、気づけば奴の頭へ全力で振り下ろしていた。

なにか硬いものを砕く感触があった。

時間がたつにつれ衝撃が手から腕、そして背骨へと響く。

もう一度、もう一度と振り下ろすたびに、血と肉のぬるい手ごたえと骨の割れる音、感覚が混ざりあい私にこびりついた。


その感覚は今でもふとした瞬間に蘇る。

もう戻れないと知らせるように。


あいつが動かなくなったあと、俺はずっと自分の保身に必死だった。仕方がなかった。

今までずっと勝ち誇りやがって、と。

そうでもしないと、正気でいられなかった。


数日後、妻の妊娠が発覚した。

不幸の次には幸せが来るのか。

神はまだ俺を見放していない、そう思った。


そして、赤ん坊がうまれた。初めて抱いたとき、胸がぐっと熱くなるのを感じた。

「あなたに似てるよ」と妻は言ったが、まだ俺にはよく分からなかった。

ただ、小さな手が俺の指を握った瞬間、あの感覚が薄れていく気がした。

ようやく俺は解放されたんだと思った。

涙が止まらなかった。

「もう、あなた泣きすぎよ」

妻の笑い声が響いた。


仕事が長引き、夜遅くに帰った夜。

少し成長したわが子がぐずっており散歩へ連れ出すことにした。

まだ大人にはほど遠い小さな手を引き歩いていると、月明かりがその横顔を照らした。


眉の形。

鼻筋。

口元の癖。


妙に、あいつに似ていた。

奴を殺したあの日のことが蘇る。


「似てるなあ、ちょっとだけ」


もしかすると。あいつはいいやつだったのかもしれない。

俺が子供だったのかもしれない。

しかし、それはもう確かめようがない。


そのとき、子どもが俺の目を見た。

その瞳の光が、一瞬だけ、奴の、あいつの目に重なった。


俺は深く考えなかった。

考えれば、何かが壊れる気がしたから。


「………似てるなあ」


そう呟いて、夜の静けさに溶かした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

残痕 たこやき @wh9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画