第14話 人間社会で生き抜く為に
たぬきちは、マンション一階、踊り場の階段を降りた先にある、ゴミ捨て場に来ていた。
臭いに耐えながらも、ゴミ袋を口で咥え、こんな時の為に夜なべをして魔改造したお腹のポケットに、回覧板を差し込み、四足歩行でダッシュ、ダッシュ――野性と理性を掛け合わせたかいもあって、まだゴミ収集車の姿も、あの特徴的なメロディも聞こえてこない。
「間に合ったポン!」
山のように積まれた燃えるゴミを前にして、思わず嬉しくて、尻尾をブンブンと勢いよく振るたぬきち。
だが、良いことはそれだけでなかった。
なんと周囲には、恐れていた宿敵カラスもいないのだ。
「ククッ、ポン♪ 今日はラッキーポンね!」
たぬき特有の鳴き声を上げつつ、四足歩行から二足歩行へと、ゴミ袋を口から右手に持ち替えては、害鳥用のネットを持ち上げて、ゴミ袋が破けないように、そーっと燃えるゴミを捨てる。
(放り投げないように――ポン♪)
これは当然の配慮。
穴が空いてしまっては、またカラスが寄ってきてしまうし、仮にカラスが現れなくても、次にゴミを捨てる人間は、不快な思いをしてしまうのだ。
ただのゴミ捨て、されどゴミ捨て。
こういった日常の配慮の積み重ねこそが、人間社会で生きていくには大切なのである。
(どこで誰が見ているかわからないポンからね!)
野生動物の世界とは違って、干渉し合う生態系。
それでいて、支え合うといった不思議な部分も持ち合わせているのだ。
三年という月日を経て、人間社会を理解しているたぬきちである。
そして、なにより、
(こうすることで、ご主人の評価も上がるポン!)
飼い主という立場にある、沙也加の立場が向上するのだ。
なんとも健気なママたぬきである。
そんなたぬきちが、ゴミ捨て場で満足そうな表情を浮かべていると、後ろから声を掛けてくる人物がいた。
「たぬきちちゃん、おはよう。今日もゴミ捨てご苦労様♪」
柔らかい声色を響かせるは、田中幸恵六十五歳。
たぬきちと、沙也加の住まうマンションの管理人であり、沙也加がたぬきちを拾って来た時に、自治体への手続きを手引きした佳き理解者であった。
「さち――」
(ポ、ポン! 危なかったポン! ついつい声をあげそうになっちゃったポン!)
数少ない心許せる存在に、ついつい嬉しくって名前を呼びそうになるたぬきち。
実は、このたぬき家以外では、日本語を話さないという約束を沙也加としているのだ。
これも人間社会で生き抜く秘訣。
日本語が喋れることを他人に知られてはいけないのだ。
動物が人間社会に馴染んでいるだけでも、いざ知らず、日本語を話す者なんてまずいない。
そもそもたぬきというだけで、色々と弊害があるのだ。
沙也加と約束しなくとも、生きてきた中で十二分に理解している。
「キュキュッ」
仕切り直しをするかのように、頭をブンブンと振って、たぬきらしい鳴き声を響かせて応じる。
(ポン……だから、カラスがいなかったポンね!)
この幸恵という人物は、カラスの知能が高いことを利用して、自分が来た時に、絶対にゴミが取り出されないように、杭を取り付けてネットを引っ掛けたり、色々な工夫をするところを敢えて見せているのだ。
その結果、知能が高いカラスは、幸恵がいる時には、ゴミ捨て場に現れなくなった。
つまり、沙也加と違って当たりの人間であり、シゴデキ側の人間である。
「ふふっ、誰も見ていないから大丈夫よ♪ それよりも、もう三年になるのね……すっかり芸達者のたぬきになっちゃって!」
「クキュッ」
「うふふ♪ 今も徹底しているのね! でも、そうね……沙也加ちゃんと約束した大切なことですものね。いつもご苦労様」
「ありがとうございますポン!」
たぬきちは、自分の選択を認められたのが嬉しくて、ついつい日本語でお礼を言ってしまう。
このたぬき、普段はシゴデキママとして、自堕落なOL沙也加のお尻を叩いて回っているのだが――実は褒められることや、認められることに、めっぽう弱いのである!
いわゆるツンデレさんなのだ。
だから、ストレートに好意を伝えてくる沙也加と相性がいいと言えるのかもしれない。
本人――もとい本たぬきは、全く気付いていないのだけれど。
「ポ、ポン! キュキュッ!」
飼い主である沙也加のようなポンコツ加減に、あたふたあたふた! 動揺したことで、尻尾もブンブン振ってしまう。
(あの飼い主にして、ボクあり! なんて思われたくないポーーーーン!!!)
「あらあら〜言ったそばから、うふふ♪」
心と体が裏腹になってしまうたぬきちであった。
江ノ上さんの同居人は、犬でも猫でもなくて、シゴデキたぬきです! ほしのしずく @hosinosizuku0723
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