花食う乙女は恋の罪

立花ひなた

花食う乙女は恋の罪

――とても美味しそうなピンクの……何だっけ?

 まあいいや、とてもきれいな花でした。

 気づけばペロリと、食べてしまいました。

 それはとても甘くて恋の味がしました。

 それから私は、花しか食べられなくなりました。

 

 

 

 

 7月が始まってすぐの事、国語のテストがボロボロな点数で帰ってきた。担任の烏羽からすば先生に、赤ペンで『もう少し、がんばりましょうね!』と書かれてしまい、私はへこんじゃった。……もう少し良い点数取れると思ったんだけど。

 

 

朝比奈あさひなさん、今日は先生と居残りしようね」

 

「……はーい」

  

 そうして蝉の鳴き声を聞きながら、先生と二人っきりの居残り勉強が始まった。

 

 

 ――カリカリ、カリカリ。

 

 

「……よし、朝比奈さん少し休憩しようか」

 

「やったー!」

 

「頑張った朝比奈さんだけに、先生のとっておきをごちそうしてあげよう」

 

「え!? なになに? アイス?!」 

 

「ははっ、残念ながらアイスじゃないよ」

 

 ――はい、どうぞ。

 

「……ジュース?」

 

「ハーブティーだよ。ちょっとすっぱいけど身体に良いんだよ」 

 

「……バラのにおいがする!」

 

 私がそう言うと、先生はにこりと笑って答えを教えてくれた。……へぇ、お花もお茶になるんだね。先生は何でも知ってってすごいなあ。

 

「それじゃ、休憩は終わりにして少しだけ続きして終わろうか」

 

「はーい!」

 

 そうして、居残りが終わって帰ろうとした時だった。

 ――教壇きょうだんの上に飾ってあるピンクのバラからおいしそうなにおいがしたのは。

 

 

 

 ――正直上手く行くかは、分からなかった。上手く行けば僕の“モノ”にできるけど、失敗すれば二度と手が届かなくなってしまう。……危ない綱渡りだった。こんなよく分からないインターネットの片隅で見つけた“おまじない”にすがるしかできない、臆病おくびょうな僕には強硬手段きょうこうしゅだんを取る事は出来なかった。でも、でも、神様は僕を見捨てなかった! あのおまじないは効果があった! ……ただ、僕の予想してない形でだけど。

 

 

 

 気がつけば、私は家のベッドで寝ていた。心配そうなパパとママと先生の顔がこちらを覗き込んでいる。

 

「ああ! やっと起きたのね桃子ももこ!」

 

「え、何があったの?」

 

「朝比奈さん、あの後君は教壇のバラを急に食べだして倒れたんだよ」

 

「真っ青な顔した烏羽先生が、家に連れて帰ってきた時はビックリしたぞ!」

 

「え、うそでしょ。覚えてないもん」

 

 全然記憶にない。口の中はスッキリしていて違和感がないし。何かのにおいがこびりついている訳でもない。……でもなんだか気味が悪くて、気持ち悪い。どうしてだろう?

 

 

「でも、良かったです。……無事に目が覚めて」

 

 ――それでは、僕はこの辺りで失礼します。

 

 先生はそう言って、帰っていった。パパとママが先生を見送った後、ママが私の晩ご飯はしばらくおかゆにしようねって言ってくれた。……でも、結局喉を通らず吐いてしまったけど。

 

 

 

 

 ――あの後帰宅して食事もとらずベッドへとなだれ込んで泥のように眠った。

 その晩の夢に、大変美しい美女が身体に蛇をまとわせてこちらを見ていた。彼女は僕を見つめてほほ笑んだかと思えば、姿を消して耳元でそっとささやいた。

 

「あなたの欲しいものを与えましょう」

 

「あの子と……朝比奈桃子と結ばれたい」

 

「いいでしょう、弱った彼女にアガパンサスを与え食べさせて吐き出させなさい。そうすればあなたのモノになるでしょう」

 

 そして目を覚ました僕は、アガパンサスの花言葉を調べてニヤリと笑った。

 

 

 

 

 ――それから今まで通りにご飯が食べられなくなり、ご飯を見ても食欲をそそられなくなった。流石にパパもママも困ってしまい、どうしたらいいのか分からなくて私は病院に連れまわされていた。飲み物は飲めたので、スポーツドリンクを飲むようになった。……あんまりおいしくないけど。

 

「ああ、君もしかしてだけどお花だけ食べられそうかい?」

 

「はい……? たぶんそう……です」

 

花食症かしょくしょう、だね……」

 

「かしょくしょう……?」 

 

「この病気はね、実は昔からあってね。がなる病気なんだ」

 

? 誰かがこの子に恋をしたから、まともな食事ができなくなったというんですか?!」

 

 ママがお医者さんに叫んだ。パパも驚いて言葉が出ないみたい。そして私は、ママうるさいなあと場違いの事を考えてた。

 

「よし、誰か急いでバラ買ってきてくれ!」

 

 数分後、バラのおいしそうなにおいと共に看護師さんが花束を抱えて戻ってきた。その濃厚なにおいに思わず、よだれが口からあふれ出た。お医者さんはそれを見逃さず、こう言った。

 

「お腹が空いてつらかったよね。さあ、このバラを食べなさい」

 

 お医者さんはバラの花びらをちぎって、私に差し出した。ママはぎょっとした顔をして口を金魚みたいにぱくぱくしていたけれど、私は気にせずバラの花びらを食べた。……おいしい! この世のありとあらゆる食べ物にまさる味がしたような気がする。ひたすら花束のバラの花びらだけちぎって食べ続けた。そんな私を見てパパとママが絶句していた。

 

「この病気はね、両想いにならないと治らないんですよ」

 

「そんな?! うちの子を勝手に好いてこんな状態にした男と両想い? ふざけないでください!」

 

「そうですよ、先生。どこの馬の骨とも知らない男にうちの娘はやれません!」

 

 ……なんか今、恐ろしい事を言われた気がする。バラの花びらをひたすら食べていたら、看護師さんに私は別室に連れていかれた。

 

 

 ――その後病院での出来事は私は覚えていない。ただ、そこの病院は潰れてしまって通えなくなった事ぐらいしか知らない。

 

 

 夏休みが始まるまでひたすら食べても大丈夫な花を、僕は彼女に渡し続けた。周りには病気で花しか食べられないと、彼女の状況について説明した。周りの反応に関しては、まあ……予想通り彼女を孤独へと向かわせた。僕が担任を持つようになってから、彼女はいじめを受けていたからだ。……そうなるように仕向けたのは僕だ。僕に頼るしかない哀れでかわいそうな彼女に頼られるのはとても心地良かった。優越感に浸れて幸せだった。夏休みに入る前日に、僕のこの愚かで浅ましい恋心を成就させなければならない。……ああ早く君が僕の物になればいいのに。

 

 

 ――夏休み前日、やっと家でゆっくりできる長いお休みがやってきた。つらい日々も、今日を我慢すればとりあえず終わる。……あと少しの辛抱だ、と思って登校したら私の席に紫の花が生けられた花瓶があった。

 

「やべーな、朝比奈の席に花瓶がある」

 

「ついに自殺でもしたんでしょ」

 

「あんな奴ただでさえ気持ち悪いのに、さらに気持ち悪くなったもんな」

 

「花しか食べられないんだっけ、誰かに好かれたせいでな」

 

 ――あんなの誰にも好かれるはずねーだろ。

 

 ズキリ、と心が痛んだ気がした。そのまま、教室へ入らず裏庭へと走り出す。誰かが叫ぶ声が聞こえたけど気にしない。ぜえはあと息を荒くしながら、裏庭にあるりんごの木へしゃがみ込む。荒い息を整えていたら、後ろに誰かが。

 ――ガコンと鈍い音と共に頭に痛みが走る。後ろを振り返ろうとしたけれど、その前に意識が途切れた。

 

 

 ――驚いた。今まで何を言われようが何をされようが、登校してきた彼女が逃げ出すなんて。流石に自分の席に花を生けた花瓶があったら、誰でも嫌か。逃げた彼女を追いかけて、こっそり裏庭へ。打撃できそうな花瓶の替えを持って背後から忍び寄る。僕のプレゼントは、直接食べさせないとやっぱり駄目らしい。彼女の背後にたどり着いたその瞬間、彼女に気づかれそうになったので頭を花瓶で殴った。……上手く気絶してくれたらしい。彼女を空き教室の教卓に、押し込んでカギをかける。そしてそのまま朝礼に向かった。

 

 

 目が覚めたら誰もいない教室で、先生に教卓へ押し倒されていた。いつもの優しい笑顔で、先生は私の両手を右手で押さえつけていた。左手は何かを隠すように先生の背中へと回されていた。

 

「駄目じゃないか、朝礼サボっちゃ」

 

「なに、しようと、してるの?」

 

 ――ねぇ先生。そう言う前に口をふさがれた。なにかあたかかくて、しっとりと水気のある――くちびる? 私、今、先生と、き、キスしてるんだ?! そう驚いていると、ぬるりと先生の舌が入り込んできた。追い返さなきゃと私も自分の舌を出したら、先生の舌に絡めとられた。

 

 ぴちゃぴちゃ、ずるっずるっ。

 

 卑猥な音が鳴り響く。やっとこれで、僕は幸せなまま眠れる。しばらくキスをしていたら、彼女が苦しそうにしだしたので名残惜しいが離れた。

 

「っけほ、せん、せえ、なにを」

 

「君を好きな男は僕だよ。……騙しててごめんね」

 

「そんな……」

 

「……さあ、これを食べなさい。そしたら治るから」

 

 そう言って先生――私に恋した男は一輪の紫色した花を差し出した。……教卓の花瓶は先生の仕業だったんだ。

 

「良いにおいするけどなんて花?」

 

「これはね、アガパンサスだよ」

 

「アガパンサス……花言葉は今日は教えてくれないんですか」

 

「花言葉はね……ラブレターと恋の訪れ、だよ」

 

 ――さあ、食べてごらん。

 

 そう言って恋に溺れた男は、少女の口に花を押し込んだ。

 

 ごくり

 

 少女が飲み干して眠りについたのを確認した男は、少女へ覆いかぶさって自らアガパンサスを食した。恍惚こうこつとした笑みを浮かべながら、男は微笑み少女にキスをして眠りについた。

 

 

 

 

 ――数時間後、冷たくなった一組の教師と生徒が空き教室から、見つかった。

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