第30話

◆現実:10月1日(水)


 秋。

 空は高く、雲は白い。

 風が冷たくなってきた。


 蒼真そうまは、屋上にいた。

 理沙りさ悠斗ゆうとも、一緒だ。


「……もう、一ヶ月か」


 悠斗が呟く。


「ええ」


 理沙が頷く。


「早いわね」


「ああ」


 蒼真も頷く。


 三人は、フェンスに寄りかかった。

 街を見下ろす。


「……なあ」


 蒼真が口を開いた。


「俺たち、何のために生きてるんだろう」


「……急に、どうしたの?」


 理沙が聞く。


「いや、ふと思ってさ」


 蒼真が笑う。


「俺たち、何かを忘れてる。……でも、それでも生きてる」


「……そうね」


 理沙が頷く。


「私たちは、何かを失った。……でも、それでも前に進んでる」


「ああ」


 悠斗も頷く。


「それが、生きるってことなのかもな」


 三人は、沈黙した。


「……後悔リグレット


 蒼真が呟いた。


「え?」


 理沙が聞き返す。


「俺たち、後悔してるんだと思う」


 蒼真が説明する。


「何かを忘れたこと。……誰かを救えなかったこと。……そして、忘れてしまったこと」


 その言葉に、理沙と悠斗が頷く。


「……そうね」


 理沙が呟く。


「でも、それでいいのかもしれない」


「どういうこと?」


 蒼真が聞く。


「後悔は、罪じゃないわ」


 理沙が続ける。


「私たち、ずっと後悔と戦ってきた。……でも、違ったの。後悔は、敵じゃなかった」


 理沙の目が、優しく輝く。


「後悔は、私たちが生きた証。……大切な何かを失った証。……それを忘れないための、心の傷なの」


「……ああ」


 悠斗が頷く。


「俺も、ずっと思ってた。後悔を消したかった。……でも、今は違う」


 悠斗が空を見上げる。


「後悔があるから、前に進める。……忘れた人を思い出そうとする。その気持ちが、俺たちを生かしてる」


 蒼真は、二人の言葉を聞いて、何かが腑に落ちた。


「……裁判トライアル


 蒼真が呟く。


「裁判……?」


「俺たち、ずっと裁かれてたんだ。……自分で、自分を」


 蒼真が説明する。


「『才能がないから』『逃げたから』『完璧じゃないから』。……ずっと、自分を責めてた」


 蒼真の拳が握られる。


「でも、それは裁判じゃなかった。……ただの自己否定だった」


 蒼真が顔を上げる。


「本当の裁判は、違う。……後悔と向き合って、それを受け入れて、それでも前に進む。……それが、リグレット・トライアルなんだ」


「……リグレット・トライアル」


 理沙が繰り返す。


「後悔の裁判。……でも、それは罪を裁くんじゃない」


「ああ」


 蒼真が頷く。


「後悔を抱えて生きていく覚悟を問う裁判。……俺たちは、その裁判に合格したんだ」


 悠斗が、ふっと笑った。


「全員無罪、か」


「ああ」


 蒼真も笑う。


「俺たちは、後悔を抱えて生きていく。……それが、俺たちの物語なんだ」


 三人は、空を見上げた。

 青い空。

 白い雲。


「……行こうか」


 蒼真が言った。


「どこへ?」


 理沙が聞く。


「海へ」


 蒼真が答える。


「もう一度、あの場所に行きたい」


「……いいわね」


 理沙が微笑む。


「ああ」


 悠斗も頷く。



◆現実:10月2日(木)


 翌日。

 三人は、再び海に来ていた。


 青い海。

 波の音。

 ザザーン、ザザーン。


「……綺麗だな」


 蒼真が呟く。


「ええ」


 理沙が頷く。


「ああ」


 悠斗も頷く。


 三人は、砂浜に座った。

 波を見つめる。


「……なあ」


 悠斗が口を開いた。


「俺たち、これからどうする?」


「……どうするって?」


 理沙が聞く。


「いや、これから先のこと」


 悠斗が説明する。


「俺たち、何かを忘れてる。……でも、それでも生きていかなきゃいけない」


「……そうね」


 理沙が頷く。


「私たちは、前に進むしかない」


「ああ」


 蒼真も頷く。


「忘れた人の分まで、生きていく」


 三人は、空を見上げた。

 青い空。

 白い雲。


「……約束しよう」


 蒼真が言った。


「何を?」


「俺たちは、後悔を抱えて生きていく。……でも、それでも前に進む」


 蒼真が二人を見る。


「それが、俺たちの約束だ」


「……ええ」


 理沙が微笑む。


「約束する」


「ああ」


 悠斗も頷く。


「約束だ」


 三人は、手を重ねた。

 温かい。

 この温もりが、三人の絆を象徴しょうちょうしている。


「……さあ、行こう」


 蒼真が立ち上がる。


「これから、新しい時間が始まる」


「うん」


 理沙が頷く。


「ああ」


 悠斗も頷く。


 三人は、歩き出した。

 前へ。

 新しい未来へ。



◆現実:10月2日(木)・夕方


 夕日が沈んでいく。

 オレンジ色の光が、海を染めている。


 三人は、堤防ていぼうに座っていた。

 夕日を見つめる。


「……綺麗だね」


 理沙が呟く。


「ああ」


 蒼真が頷く。


「ああ」


 悠斗も頷く。


 その時、風が吹いた。

 温かい風。

 まるで、誰かが微笑んでいるような。


 そして、三人の耳に、かすかな声が聞こえた気がした。


『ありがとう、みんな』


 誰の声かは分からない。

 でも、その声は、とても優しかった。


「……どういたしまして」


 蒼真が微笑む。


 三人は、夕日を見つめた。

 沈んでいく太陽。

 それは、終わりを意味していた。


 でも、終わりは始まりでもある。

 新しい朝が、必ず来る。


「……帰ろうか」


 理沙が言った。


「うん」


 蒼真が頷く。


「ああ」


 悠斗も頷く。


 三人は、立ち上がった。

 砂を払う。


 背後で、波の音が続いている。

 ザザーン、ザザーン。


 それは、永遠に続く時間の音のようだった。

 潮の香りが、鼻腔びこうをくすぐる。

 寄せては返す波音が、彼らの背中を優しく押しているようだった。

 終わりであり、始まりでもある音。



◆現実:10月2日(木)・夜


 蒼真は、自分の部屋にいた。

 ベッドに座り、窓の外を見る。


 空には、星が瞬いている。

 その一つ一つが、誰かの願いのように見えた。


 蒼真は、スケッチブックを開いた。

 白いワンピースの少女の絵。


「……お前は、誰なんだ?」


 蒼真が呟く。


 思い出せない。

 でも、大切な人だったことは分かる。


「……ありがとう」


 蒼真が微笑む。


「お前のおかげで、俺は生きてる」


 蒼真は、スケッチブックを閉じた。

 そして、ベッドに横になった。


 明日も、学校に行く。

 屋上で、理沙と悠斗に会う。

 そして、一緒に笑う。


 それだけで、十分だった。


「……おやすみ」


 蒼真が呟く。


 そして、眠りについた。


 部屋の隅で、かつてカウントダウンの数字があった場所が、ほんの一瞬いっしゅんだけ金色に光った。

 そして、完全に消えた。


 ループは、終わった。

 新しい時間が、動き出す。


 記憶は失っても、たましいきざまれた絆は消えない。

 後悔を抱えて、それでも前に進む。


 それが、リグレット・トライアル。

 後悔との向き合い方。


 三人の物語は、これからも続いていく。

 一度きりの、掛け替えのない時間の中で。



◆エピローグ


 空は青く、雲は白い。

 風が吹き、波が寄せる。


 三人は、それぞれの道を歩いている。

 でも、心は繋がっている。


 忘れた人の分まで、生きていく。

 後悔を抱えて、それでも前に進む。


 それが、三人の約束。

 それが、三人の物語。


 リグレット・トライアル。

 後悔との向き合い方。


 物語は、終わらない。

 新しい時間が、動き出す。


 そして、三人は、笑顔で前に進んでいく。

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【完結】リグレット・トライアル くらのふみた @humita

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