『俺達のグレートなキャンプ201 超級ブッシュドノエルを作ってしまおう』
海山純平
第201話 超級ブッシュドノエルを作ってしまおう
俺達のグレートなキャンプ201 超級ブッシュドノエルを作ってしまおう
「いやあああああああああ!!」
富山の絶叫が、長野県某所のキャンプ場に響き渡った。
時刻は午前十時。澄み切った秋空の下、紅葉が美しく色づく林間サイト。他のキャンパーたちがのんびりとモーニングコーヒーを楽しむ中、石川のテントサイトだけが異様な熱気に包まれていた。
「落ち着けって富山!まだ何も始まってないだろ!?」
石川が両手を広げて必死になだめる。彼の目はギラギラと輝き、口角は限界まで上がっている。完全にスイッチが入っている顔だ。テーブルの上には、A4サイズの紙に殴り書きされた設計図らしきものが広げられている。そこには『超級ブッシュドノエル作戦』という文字が躍っていた。
「始まってない!?見せられた時点で始まってるのよこれは!!」
富山が設計図を指さして叫ぶ。その指は小刻みに震えている。彼女の額には早くも汗が浮かんでいた。
「でもさ富山さん、すっごく面白そうじゃないですか!」
千葉が目をキラキラさせながら設計図を覗き込む。彼の表情は純粋な好奇心に満ち溢れている。新品のアウトドアウェアがまだパリッとしていて、キャンプ初心者の初々しさが滲み出ていた。
「千葉くんは何でも肯定するからダメなのよ!!これ見て!?長さ二メートル、直径四十センチって書いてあるわよ!?ブッシュドノエルよ!?クリスマスケーキよ!?丸太サイズって何なのよもう!!」
富山が両手で頭を抱える。彼女のポニーテールが激しく揺れた。長年の石川とのキャンプ経験が、これから起こる混沌を正確に予測させているのだ。
「いやいやいや、聞いてくれよ富山!」
石川が興奮気味に身を乗り出す。
「俺さ、この前YouTubeで外国のパティシエが巨大ケーキ作ってるの見たんだよ。それでピーンと来たわけ!キャンプでデカいもの作るの楽しいじゃん!?前にジャンボ焼き鳥やったとき、みんな集まってきて盛り上がっただろ!?」
「あれは串が折れて地面に落ちたじゃない!!しかも隣のファミリーの子供が泣いたじゃない!!」
「でも結局みんなで食べたじゃん!美味かったじゃん!」
「問題はそこじゃないのよ石川!!」
富山の声がオクターブ上がる。隣のサイトの中年夫婦がチラリとこちらを見た。富山は慌てて会釈する。
「あのさ、富山さん」
千葉が穏やかに口を開く。
「でも僕、ブッシュドノエルって食べたことないんですよね。憧れなんですよ、あの木の模様。どうやって作るのかも知りたいし」
「千葉くん...!」
石川が千葉の肩をガシッと掴む。まるで戦友を見るような熱い眼差しだ。
「お前...わかってるな!!そうだよ、これは単なる奇抜キャンプじゃない!千葉のブッシュドノエル初体験を、俺たちの手で、しかも超絶グレートに演出するっていう、感動の物語なんだよ!!」
「どこが感動なのよ!!話盛ってるでしょ今!!」
富山がテーブルを叩く。コーヒーカップがカタカタと音を立てた。
「でもさ富山、材料はもう買ってきちゃったんだよね」
石川がニヤリと笑いながら、車の後ろを指さす。
富山がゆっくりと振り返る。そこには、業務用サイズのボウル、巨大な泡立て器、スーパーの袋が十個以上、そして何より...
「なんで丸太があるのよおおおおお!!!」
「型枠用!アルミホイルで包んでさ、この丸太を芯にしてスポンジ焼くの!天才的じゃない!?」
石川が得意げに胸を張る。その背後で、丸太が秋の日差しを浴びて鎮座していた。直径四十センチは伊達ではない。まさに丸太だ。
「管理人さんに許可取ったの?」
「取った取った!『面白いことやるね』って笑ってたよ!あと『失敗したら俺にも食わせろ』って」
「失敗前提じゃない!!」
富山の叫びに、石川は「大丈夫大丈夫」と手をひらひらさせる。
「よっしゃ!じゃあ作戦開始!千葉、薪割り場から焚き火台三つ借りてこい!」
「了解です!」
千葉が勢いよく走り出す。その後ろ姿は、遠足前の小学生のようだ。
「富山、お前は卵四十個割って!」
「四十個!?」
「スポンジケーキ大量に焼くんだから当然だろ!?俺は粉類混ぜるから!」
「ちょっと待って石川、落ち着いて、ね?」
富山が深呼吸をする。彼女の額の汗は増える一方だ。
「まず確認するけど、あなたブッシュドノエル作ったことあるの?」
「ない!」
即答だった。富山の顔が青ざめる。
「でも大丈夫!レシピはスマホで調べた!あとはスケール感を二十倍にすればいいだけ!簡単!」
「簡単じゃないわよ!!お菓子作りって繊細なのよ!?分量とか温度とか超大事なのよ!?」
「そこは気合いでカバー!」
「気合いでカバーできるのは筋トレだけよ!!」
「富山さーん!焚き火台三つ借りてきましたー!」
千葉が両手に焚き火台を抱えて戻ってくる。その顔は達成感に満ちている。
「よし!千葉、それを並べて!あとダッチオーブン三つ出して!」
「ダッチオーブン三つも持ってきてたんですか!?」
「今回のために買い足した!」
石川がサムズアップする。富山は天を仰いだ。
「石川...あなたいくら使ったの...」
「細かいことは気にするな!さあ、卵割るぞ!」
かくして、前代未聞の超級ブッシュドノエル作りが始まった。
石川がボウルに小麦粉を豪快に入れていく。粉が舞い上がり、彼の髪や服に白く付着する。
「小麦粉三キロ!砂糖二キロ!」
「計量しないの!?」
富山が卵を割りながら叫ぶ。既に十個割った。まだ三十個残っている。彼女の手には卵の白身がべっとりついていた。
「大丈夫!俺の目分量は完璧!キャンプ歴十年の勘を舐めるなよ!」
「お菓子作りに勘とか関係ないのよ!!」
「石川さん、バターこれでいいですか?」
千葉が業務用サイズのバターの塊を持ってくる。
「おお、ナイス!それ全部ボウルに入れて!」
「溶かさなくていいんですか?」
「今から溶かす!富山、あっちの焚き火台に火つけて!バター溶かすから!」
「あああああもう!!わかったわよ!!」
富山が着火剤に火をつける。秋の乾いた空気の中、炎がパチパチと音を立てて燃え上がる。その火の勢いが、まるで富山の内心を表現しているようだった。
「おおっ、いい感じ!よし、このバターの塊を鍋に入れて...」
石川が巨大な鍋にバターを放り込む。すぐに鍋底でバターがジュワジュワと音を立て始めた。
「あ、石川さん!卵黄と卵白、分けたほうがいいんじゃないですか?レシピ見たら分けるって書いてありますよ!」
千葉がスマホの画面を見せる。
「マジか!富山、今から分けられる!?」
「無理に決まってるでしょ!もう全部ボウルに入れちゃったじゃない!!」
富山が割った卵が入った巨大ボウルを指さす。黄色い液体がたぷんたぷんと揺れていた。
「まあいいや!そのまま行こう!混ぜたら一緒だろ!」
「一緒じゃないのよ!!メレンゲ作れないじゃない!!」
「メレンゲ?なにそれ?」
石川が首を傾げる。富山は自分の額を手で覆った。
「もういい...もういいわ...好きにして...」
完全に諦めモードに入った富山の声が、虚空に消えていく。
「よっしゃ!じゃあ全部混ぜるぞ!千葉、粉のボウル持ってこい!」
「はい!」
二人がかりで巨大なボウルを運ぶ。小麦粉と砂糖が入ったそれは、まるで漆喰を入れた桶のようだ。
「せーの!」
卵液の入ったボウルに粉類をドバッと投入する。もうもうと粉塵が舞い上がり、三人とも白くなった。
「うわあああ!」
千葉が咳き込む。富山も目をつぶって顔を背ける。石川だけが、粉まみれになりながらニコニコしていた。
「最高じゃん!これぞキャンプ!これぞアウトドア!」
「最高なのあなただけよ!!」
富山の叫びが虚しく響く。
隣のサイトの中年夫婦が、明らかに心配そうにこちらを見ている。富山は必死に笑顔を作って手を振った。
「よし、混ぜるぞ!」
石川が巨大な泡立て器を手に取る。それは、もはやパドルと言っても過言ではないサイズだった。
「いくぞ!ワン、ツー、スリー!」
石川が全身の力を込めて泡立て器を回す。ボウルの中の生地が、ゆっくりと、そして重々しく混ざり始める。
「重っ!!思ったより重い!!」
「当たり前でしょ!!何キロあると思ってるのよ!!」
富山が呆れたように言う。
「千葉!手伝ってくれ!」
「了解です!」
千葉が反対側から泡立て器を掴む。二人がかりで生地を混ぜる光景は、もはやコントだ。
「せーの、せーの!」
「石川さん、これリズム大事ですね!」
「だろ!?キャンプってこういうチームワークが大事なんだよ!」
ギシギシと泡立て器が軋む音。ボテボテと生地が混ざる音。そして二人の荒い息。
「あ、あの...」
背後から、遠慮がちな声がした。
三人が振り返ると、さっきの隣サイトの中年男性が立っていた。彼の表情は困惑と興味が入り混じっている。
「すみません、あの...何を作ってらっしゃるんですか?」
「ブッシュドノエルです!」
石川が満面の笑みで答える。
「は、はあ...クリスマスケーキの...」
「そうです!でも超デカいやつ!」
男性の目が丸太を捉える。そして設計図を見る。そして現在混ぜている生地を見る。
「...す、すごいですね」
男性の声が上ずっている。
「だろ!?あ、よかったら後で食べます!?」
「え、あ、はい...ありがとうございます...」
男性は困惑したまま自分のサイトに戻っていく。その背中が何かを物語っていた。
「石川、あんた...」
富山が疲れた顔で言う。
「どんどん巻き込んでいくわね...」
「いいじゃん!キャンプは交流だろ!?」
石川がウインクする。富山はため息をついた。
「よし!生地できた!次はこれを焼くぞ!」
石川が溶けたバターを生地に投入する。ジュワッという音とともに、バターの香りが広がった。
「うわあ、いい匂い!」
千葉が目を輝かせる。
「だろ!?これがバターの力!」
「いや、普通のバターの匂いよ...」
富山が冷静にツッコむ。
「さあ、ここからが本番だ!丸太の出番!」
石川が丸太をゴロゴロと転がしてくる。その重量感たるや、完全にキャンプの範疇を超えている。
「まずこれにアルミホイル巻いて...」
「何枚使うのよそれ...」
富山が絶句する。石川は業務用サイズのアルミホイルを取り出した。
「大丈夫、ちゃんと計算してある!」
石川がアルミホイルをビリビリと引き出す。キラキラと反射する銀色が、秋の日差しを受けて眩しい。
「千葉、反対側持って!ぐるぐる巻きにするぞ!」
「了解です!」
二人で丸太にアルミホイルを巻き始める。その光景は、まるで巨大なおにぎりを作っているようだ。
「もっと重ねて!三重くらいにしないと!」
「石川さん、これもう四重目ですよ!」
「よし!完璧!これで型は完成!」
アルミホイルでギラギラになった丸太が、地面に横たわる。その存在感は圧倒的だ。
「次は生地を...って、どうやって塗るんだこれ?」
石川が初めて躊躇する。富山の目が「言わんこっちゃない」という表情になった。
「ほら見なさいよ!計画性ないからよ!」
「いやいや、ここは臨機応変に...あ、そうだ!ヘラ使おう!」
石川が大きなヘラを取り出す。
「まずこの丸太を回転できるようにしないと...千葉、あっちから薪二本持ってこい!」
「はい!」
千葉が走っていく。その動きには疑問がない。完全に石川の作戦に乗っている。
「で、薪をこう...地面に平行に置いて...その上に丸太を乗せて...」
石川が丸太を薪の上に載せる。確かに、これなら転がせる。
「おお!天才か俺!」
「それくらい普通思いつくわよ...」
富山がぼそりと言う。
「よし!じゃあ生地を塗っていくぞ!富山、ボウル持ってくれ!」
「はいはい...」
富山が諦めたように巨大ボウルを持つ。その重さで彼女の腕が震えている。
石川がヘラで生地を掬い、丸太に塗りつけていく。ベチャッという音が響く。
「おお、なんかそれっぽくなってきた!」
「全然それっぽくないわよ!凸凹だし!」
「細かいことは気にするな!千葉、丸太回して!」
「はい!えいっ」
千葉が丸太を回転させる。ゴロゴロと音を立てて丸太が回る。
「よし!この調子!」
石川が次々と生地を塗っていく。だんだんと丸太の表面が茶色くなっていく。しかしその表面は、お世辞にも滑らかとは言えなかった。
「石川さん、これ焼くときどうするんですか?」
千葉が素朴な疑問を投げかける。
「それなんだよ!普通のオーブンじゃ入らないから、焚き火でじっくり焼く!」
「じっくり焼く...って、どうやって?」
富山の声に不安が滲む。
「簡単!焚き火の周りをぐるっと囲んで、遠火でじっくり!回転させながら!」
「人力かよ!!」
富山の叫びに、石川は「そうだよ」とあっけらかんと答える。
「大丈夫!ロティサリーチキンと同じ原理!」
「全然大丈夫じゃないわよ!!時間どれくらいかかるのよ!?」
「多分...三時間くらい?」
「三時間!?」
富山と千葉の声が重なる。
「まあまあ、キャンプなんて暇つぶしが本質だろ?時間かかるのも楽しみのうち!」
石川の言葉に、千葉は「確かに」と頷く。富山は頭を抱えた。
「よし、生地塗り終わった!」
丸太の表面が、いびつながらも生地で覆われている。その姿は、確かにケーキの原型のような、そうでないような、絶妙なラインだ。
「次は焚き火の準備!千葉、薪集めてきて!」
「了解!」
千葉が走り出す。富山は疲れた顔でベンチに座り込んだ。
「ねえ石川...」
「ん?」
「もうここまで来たら覚悟決めるしかないわね...」
富山が遠い目をしてベンチに座り込む。その表情は、まるで悟りを開いた修行僧のようだった。
「おお!富山も乗り気になってきたじゃん!」
「乗り気じゃないわよ!諦めたのよ諦め!」
富山が空を仰ぐ。秋の青空が、やけに広く感じられた。
「石川さーん!薪集めてきました!」
千葉が両腕いっぱいに薪を抱えて戻ってくる。その量は尋常じゃない。
「お、ナイス!じゃあ焚き火の準備するぞ!」
石川が生地まみれの手をズボンで拭く。富山が「汚い」と小さく呟いた。
「えーっと、丸太を中心にして、周りに焚き火を三ヶ所...いや、四ヶ所作ろう!」
「四ヶ所!?」
「そう!東西南北で囲むの!全方位から熱を当てる!これぞ究極の遠火焼き!」
石川の目がさらにギラギラと輝く。完全にスイッチが入りっぱなしだ。
「でもさ石川さん、これ回すんですよね?めちゃくちゃ重くないですか?」
千葉が丸太を見る。生地が塗られて、さらに重量が増している。
「そこなんだよな...」
石川が顎に手を当てて考え込む。その間も、隣のサイトの中年夫婦や、向かいのサイトの若者グループが、明らかにこちらを見ていた。
「あの...すみません」
また声がかかった。今度は向かいのサイトの若い男性三人組だ。大学生くらいだろうか。
「さっきから見てたんですけど...それ、本当に回すんですか?」
リーダー格らしき男性が、興味津々といった顔で聞いてくる。
「そうなんだよ!でも重くてさ!」
石川が苦笑いする。
「俺たち、手伝いますよ!面白そうだし!」
「マジで!?」
石川の顔がパッと明るくなる。富山は「また巻き込まれた...」と小声で呟いた。
「はい!僕らも暇だったんで!」
「よっしゃ!じゃあお願い!あ、ちなみに名前は?」
「田中です!こっちが佐藤と鈴木です!」
「ベタな名前だな!俺は石川!こっちが千葉と富山!」
「全員地名じゃないですか!」
鈴木が笑いながらツッコむ。千葉も「よく言われます」と笑った。
「あのー、私たちも混ぜてもらえます?」
今度は別のサイトから、女性二人組が近づいてくる。二十代後半くらいの、アウトドア慣れした雰囲気の女性たちだ。
「もちろん!人手は多いほうがいい!」
石川が両手を広げて歓迎する。
「静岡です!こっちは愛知!」
「また地名!?」
田中が吹き出す。
「いや、私たちニックネームなんです!本名じゃなくて!」
静岡が笑いながら説明する。
「でも偶然だね!地名繋がり!」
千葉が嬉しそうに言う。
こうして、いつの間にか総勢九名の大所帯になっていた。
「よっし!じゃあ作戦会議!」
石川がみんなを集める。丸太を囲んで車座になる光景は、まるで原始人の集会だ。
「まず焚き火を四ヶ所作る!で、この丸太を定期的に回転させる!多分一回転に五分くらいかかる!」
「重量どれくらいあるんですか?」
佐藤が丸太を押してみる。ビクともしない。
「丸太が30キロ、生地が20キロくらい?合わせて50キロかな?」
「50キロ!?」
全員の声が揃う。
「でも九人いれば大丈夫でしょ!一人6キロくらい!」
「計算おかしいわよ!均等に力かからないでしょ!」
富山がツッコむが、もう誰も止められる空気ではなかった。
「よし!まず焚き火作るぞ!」
石川の号令で、全員が動き出す。薪を運び、焚き火台をセットし、東西南北に配置していく。その動きは意外と連携が取れている。
「火、つけまーす!」
愛知が着火剤に火をつける。パチパチと音を立てて、四つの焚き火が燃え上がる。
「おお!いい感じ!」
「めっちゃ壮観!」
田中が感動したように言う。確かに、丸太を中心に四つの焚き火が燃える光景は、何かの儀式のようだ。
「よし!じゃあ丸太を中央に!」
「せーの!」
九人がかりで丸太を持ち上げる。
「うおおおお重い!」
「マジで重い!」
「これ本当に回せるの!?」
悲鳴が上がる中、なんとか丸太を焚き火の中央に配置する。全員が汗だくだ。
「よっしゃ!配置完了!」
石川がガッツポーズする。
「で、どうやって回すの?」
静岡が聞く。もっともな質問だ。
「えーっと...」
石川が考え込む。そして突然ポンと手を叩いた。
「ロープ!ロープ使おう!」
「ロープ?」
「そう!丸太にロープ巻いて、綱引きみたいに引っ張る!そしたら回る!」
「それ天才じゃん!」
千葉が目を輝かせる。
「天才...なのかしら...」
富山が疑わしそうに呟く。
石川が車からロープを持ってくる。それを丸太に巻きつける。
「よし!じゃあ最初は東側チーム!田中、佐藤、鈴木!」
「了解!」
三人がロープを掴む。
「せーの!引け!」
「うおおおおお!」
三人が全力でロープを引く。その顔は真剣そのものだ。
ギギギ...
丸太がゆっくりと、本当にゆっくりと回り始める。
「回った!回ったぞ!」
千葉が叫ぶ。
「すげえ!本当に回った!」
鈴木が興奮する。
「よし!そのまま!90度回すまで引け!」
石川の指示が飛ぶ。
「うおおおお!」
三人が歯を食いしばって引く。その姿は、まるで大きな獲物を引き上げる漁師のようだ。
「あ!生地が垂れてきた!」
愛知が指摘する。確かに、熱で生地が少し柔らかくなり、重力で垂れ始めていた。
「大丈夫!それも味のうち!」
石川が楽観的に言う。富山は「絶対大丈夫じゃない」という顔をしていた。
「よし!90度回った!次は南側チーム!千葉、静岡、愛知!」
「はい!」
次の三人がロープを掴む。東側チームは息を切らしながら地面に座り込んだ。
「くそ、重い...」
「筋トレになるわこれ...」
田中と佐藤が額の汗を拭う。
「せーの!引け!」
「えいやああああ!」
今度は千葉たちが引く。ギギギギ...とまた丸太が回る。
「いいぞいいぞ!」
石川が応援する。その横で富山が、温度計で焚き火の温度を測っていた。
「ねえ、これ温度バラバラよ?」
「マジで?」
「東側の火が強すぎる!」
「じゃあ薪減らして!」
石川の指示で、佐藤が東側の薪を減らす。
「90度回転完了!」
千葉たちも息を切らしている。その顔は達成感に満ちていた。
「次は西側チーム!富山、田中、佐藤!」
「私も引くの!?」
富山が驚く。
「当たり前だろ!」
「はあ...もういいわ...」
完全に諦めモードの富山が、渋々ロープを掴む。
「よし!引くぞ!せーの!」
「うぐぐぐぐ...」
富山が顔を真っ赤にして引く。その姿は必死だ。
「富山、意外と力あるじゃん!」
「褒めてないわよそれ!」
「頑張れ頑張れ!」
田中が応援する。
なんとか90度回転させると、富山はその場にへたり込んだ。
「もう...無理...」
「大丈夫?水飲む?」
愛知が心配そうに水を差し出す。富山は無言で受け取り、ゴクゴクと飲んだ。
「最後は北側!俺と鈴木と...あ、管理人さん!」
石川が手を振る。なんと、キャンプ場の管理人が様子を見に来ていた。
「おお、すごいことになってるな!」
管理人は五十代くらいの、日焼けした精悍な男性だ。
「手伝ってくれます?」
「いいぞ!面白そうだ!」
管理人もロープを掴む。
「よっしゃ!最後の回転!せーの!」
「うおおおおお!」
三人が引く。管理人の力は流石で、他の人より断然スムーズに回る。
「管理人さんパワフル!」
「毎日薪割りしてるからな!」
「90度回転完了!一周したぞ!」
石川が叫ぶ。全員が拍手する。
「よし!この調子で回し続けるぞ!目標は三時間!」
「三時間!?」
全員が驚愕する。
「マジで!?」
「マジで!ケーキってそれくらい焼かないとダメなんだよ!」
石川が断言する。根拠があるのかないのか、その自信はどこから来るのか。
「あの...石川さん」
千葉が恐る恐る聞く。
「三時間...36回転ですよね?」
「そうだな」
「一回転がこんなに大変なのに...」
「大丈夫!慣れる!」
石川の楽観主義に、全員が顔を見合わせた。
かくして、狂気の三時間が始まった。
一時間後。
「はあ...はあ...」
全員が疲労困憊だ。既に十二回転を終えている。
「ちょっと...休憩...」
愛知が地面に座り込む。
「わかった!五分休憩!」
石川が宣言する。しかし石川自身も汗だくだ。
「あのさ...」
管理人が口を開く。
「他のお客さんも気になってるみたいだぞ」
見ると、キャンプ場の他のサイトから、何人もの人がこちらを見ていた。
「あ、呼んできます!」
千葉が走り出す。
「ちょっと千葉!」
富山が止めようとするが、もう遅い。
五分後、千葉が十人以上の人々を連れて戻ってきた。
「みなさん!一緒にブッシュドノエル焼きませんか!」
「なんで勧誘してくるのよ!?」
富山が頭を抱える。
しかし、集まった人々の目は輝いていた。
「面白そう!」
「私もやりたい!」
「子供も喜びそう!」
あれよあれよという間に、総勢二十人を超える大所帯になった。
「よっしゃ!じゃあチーム分けするぞ!」
石川が張り切る。
こうして、六チームに分かれて、交代制で丸太を回すシステムが確立された。
二時間後。
「回せ回せ!」
「もっと引け!」
「いいぞー!」
キャンプ場の一角が、完全に祭り状態になっていた。
ロープを引く人々、焚き火の管理をする人々、生地の状態をチェックする人々、そして応援する人々。
「すげえ、本当にケーキっぽくなってきた!」
田中が感動したように言う。
確かに、表面がいい感じに焼けて、きつね色になっている。生地の垂れも、逆に「木の質感」のように見えなくもない。
「匂いもいい!」
「お腹空いてきた!」
子供たちが目を輝かせる。
「あと三十分!」
石川が叫ぶ。
「おおお!」
全員の士気が上がる。
その時だった。
ゴオオオオオ...
上空から、奇妙な音が聞こえてきた。
「ん?」
全員が空を見上げる。
「あれ...なに?」
静岡が指をさす。
空に、赤い何かが見える。
「鳥?」
「いや、でかすぎる...」
その「何か」は、こちらに向かって急降下してくる。
「うわあああああああ!」
全員が悲鳴を上げて散開する。
ドシャアアアア!
凄まじい音とともに、「それ」が地面に着地した。
土煙が舞い上がる。全員が目をこすって、その正体を確認する。
「...え?」
富山が絶句する。
そこに立っていたのは...
真っ赤な服を着た、白い髭の男だった。
「サンタクロース...?」
千葉が呆然と呟く。
しかし、その「サンタ」の様子がおかしい。
服はボロボロ、髭は乱れ、目は血走っている。そして何より、その表情が...疲れ切っていた。
「もう...無理...」
サンタがふらふらと立ち上がる。
「プレゼント配り...疲れた...世界中回るとか...無理ゲー...」
「ちょっと待って、あなた本物のサンタクロース!?」
石川が叫ぶ。
「そうだよ...でももう嫌...仕事放棄した...ストライキ...」
サンタがふらふらと歩く。そして、その鼻が何かを捉えた。
「...この匂い...」
サンタの目が、巨大なブッシュドノエルを捉える。
瞬間、サンタの目がギラリと光った。
「ブッシュドノエル...」
サンタが呟く。その声は、まるで砂漠で水を見つけた旅人のようだ。
「しかも...でかい...」
サンタがゆっくりと近づく。
「ちょ、ちょっと待って!まだ焼き上がってないから!」
石川が慌てて止めようとする。
しかし、サンタは止まらない。
「今年のクリスマス...プレゼント配り...子供たち...みんな...」
ブツブツと呟きながら、サンタが丸太に近づく。
「でも俺は...休みたい...癒されたい...」
そして次の瞬間。
「このブッシュドノエル、最高にキマるのおおおおおおお!」
サンタが狂ったように叫び、丸太にかぶりついた。
「ええええええええ!?」
全員が驚愕する。
ガブリ。
サンタが表面の焼けた生地をむしり取る。
「うまあああああい!」
サンタの目から涙が流れる。
「こんなに美味しいブッシュドノエル...初めて...」
「いや、まだ中まで焼けてないから!」
富山が叫ぶ。
しかしサンタは止まらない。次々とかぶりつく。
「最高!最高最高最高!これが本当のクリスマス!」
「テンションおかしいわよ!?」
富山が困惑する。
「あの...本当にサンタさん?」
千葉が恐る恐る聞く。
「そうだよ!北欧から来た!今年で仕事347年目!」
「347年!?」
「もう限界!ブラック企業!休みなし!」
サンタが泣きながらかぶりつく。
「でもこのケーキ...癒される...」
その様子を見て、石川がニヤリと笑った。
「なあサンタさん」
「何?」
「みんなで食べない?このケーキ」
石川の言葉に、サンタの動きが止まる。
「...みんなで?」
「そう。ここにいるみんなで。クリスマスには早いけど、いいじゃん」
石川が周りを見渡す。全員が頷いた。
「...いいの?」
サンタの目に、再び涙が浮かぶ。
「ああ。俺たちのグレートなキャンプ、みんなで楽しむのが一番だからな」
その言葉に、サンタの表情が崩れる。
「ありがとう...ありがとう...」
サンタがボロボロと泣き出す。その姿は、もはや「伝説の存在」ではなく、一人の疲れたサラリーマンのようだった。
「よし!じゃあ完全に焼き上げるぞ!あと十五分!」
石川の号令で、再び全員が動き出す。
サンタも、涙を拭いながらロープを掴んだ。
「俺も...手伝う...」
「おお!サンタパワーに期待!」
そして最後の回転。
「せーの!」
「うおおおおお!」
サンタの力は凄まじかった。一人で五人分くらいの力がある。
「さすがサンタ!トナカイ引っ張ってるだけある!」
「そりゃそうだよ!毎晩何百キロもプレゼント積んだソリ引っ張ってるんだから!」
サンタが得意げに言う。その顔には、ようやく笑顔が戻っていた。
「完成!」
ついに、超級ブッシュドノエルが焼き上がった。
全員が拍手する。
「すげええええ!」
「本当にできた!」
「写真撮ろう!」
みんながスマホを取り出す。
長さ二メートル、直径四十センチの巨大ブッシュドノエルが、夕暮れの光を浴びて鎮座していた。
「よし!飾り付けだ!」
石川が生クリームとチョコレートソースを取り出す。
「これはいつ買ったのよ...」
富山が呆れる。
「最初から計画してたんだよ!」
石川がニヤリと笑う。
生クリームをホイップし、チョコレートソースをかける。最後にイチゴとブルーベリーを散らす。
「完璧!」
「すごい!本当にブッシュドノエルだ!」
子供たちが歓声を上げる。
「じゃあ切り分けるぞ!」
石川が巨大なナイフを取り出す。
「どこまで用意してるのよ...」
富山のツッコミは、もはや恒例行事だ。
切り分けられたケーキが、一人一人に配られる。
「いただきまーす!」
全員が同時に口に運ぶ。
「...うまい!」
「まじで美味しい!」
「中ちゃんと焼けてる!」
「外カリカリ、中ふわふわ!」
歓声が上がる。
「やったああああ!」
石川が飛び上がって喜ぶ。
「石川...認めるわ。美味しいわこれ」
富山も、珍しく素直に認める。その顔には笑顔があった。
「石川さん!最高のキャンプです!」
千葉が感動している。
「だろ!?これが俺たちのグレートなキャンプなんだよ!」
石川が胸を張る。
サンタも、幸せそうにケーキを食べている。
「これで...明日からまた頑張れる...」
「仕事戻るんだ?」
千葉が聞く。
「うん...やっぱり子供たちの笑顔見たいから...でも今日、充電できた」
サンタが微笑む。
「よし!じゃあお土産に持って帰りな!」
石川がケーキを包む。
「いいの!?」
「ああ!トナカイたちも喜ぶだろ!」
「ありがとう...本当にありがとう...」
サンタが深々と頭を下げる。
そして、ケーキを抱えて空を見上げる。
「じゃあ、そろそろ行くね」
「え、どうやって?」
千葉が聞く。
サンタがニヤリと笑う。
「こうやって」
次の瞬間、サンタの体が宙に浮いた。
「うわああああ!」
全員が驚く。
「メリークリスマス!そして、グレートなキャンプを!」
サンタが手を振りながら、夕暮れの空に消えていく。
「...今の夢?」
富山が呆然と呟く。
「夢じゃないよ!」
千葉が指さす。空に、小さな赤い影が見える。
「すげえ...本物のサンタだった...」
石川が感動したように言う。
その夜、キャンプ場では史上最高の宴会が開かれた。
巨大ブッシュドノエルを囲んで、二十人以上の人々が語り合う。
焚き火の炎が、みんなの顔を優しく照らす。
「今日は最高だったな!」
「また来年もやろうよ!」
「次は何作る?」
口々に言葉が飛び交う。
石川は、その光景を見て満足そうに微笑んだ。
「なあ千葉」
「はい?」
「キャンプって、こういうのがいいんだよ」
「はい、わかります」
千葉が頷く。
「無茶苦茶でも、みんなで笑えれば最高」
「それが『グレートなキャンプ』ですね」
「そういうこと」
二人が拳を合わせる。
富山が呆れたように笑った。
「あんたたち...ほんとバカね」
「褒め言葉として受け取る!」
石川がサムズアップする。
星空の下、笑い声が響く。
これが、石川たちの『グレートなキャンプ201』。
超級ブッシュドノエルと、疲れたサンタと、たくさんの仲間との、最高の一日だった。
そして翌日。
片付けをしながら、石川が口を開く。
「なあ、次のキャンプなんだけど」
「もう次考えてるの!?」
富山が叫ぶ。
「当然だろ!次は...巨大おでんタワー作ろうと思って」
「タワー!?おでんの!?」
「そう!高さ三メートルくらいの!」
「絶対無理よ!倒れるわよ!」
「大丈夫大丈夫!」
「大丈夫じゃないわよ!」
いつもの掛け合いが始まる。
千葉は、その様子を見て笑っていた。
これからも、きっと色々なことが起こるだろう。
でも、それが楽しい。
それが、俺たちのグレートなキャンプだから。
空を見上げると、雲の隙間から太陽が顔を出す。
新しい冒険の予感がする、清々しい朝だった。
(完)
『俺達のグレートなキャンプ201 超級ブッシュドノエルを作ってしまおう』 海山純平 @umiyama117
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