第5話 Brilliant


王都の近くの丘の上、

そこには王都を見下ろすように大樹が立っている。


その足元で、大柄な青年が小さな少年に稽古をつけていた。


「おりゃーっ! おりゃーっ!」


甲高い掛け声とともに、木の棒が空を切った。

シエルはその一撃を軽く受け流し、力を入れずに身体を傾ける。少年――カイトはバランスを崩し、そのまま前につんのめった。


「よっと」


シエルは軽やかに木の棒を伸ばし、カイトの額へ軽く触れさせる。


トン、と小さな音。


「くそっ! また当たんねぇ!」


額をさすりながら、カイトは唇を尖らせた。

昼下がりの草原。

少し強めの風が、二人の髪を揺らす。


「悪くなかったぞ。

 棒を振るだけじゃなくて、

 ちゃんと狙いを定められてきてる」


「そういうフォローいらね!」


カイトの悔しがり方に、シエルはつい苦笑してしまった。


そこへ、元気いっぱいの声が飛んでくる。


「はーい! お昼にしませんかー!」


振り向けば、バスケットを抱えたリーナが走ってきた。

青い聖印のローブが揺れる。

いつもと変わらない、明るい笑顔。


自然と、この数日……

シエルは彼女たちと過ごす時間が増えていた。


魔王討伐遠征の準備期間――不安と孤独で押しつぶされそうな心が、少しだけ軽くなる場所。


その中心に、いつもリーナがいた。



草原に腰を下ろし、弁当を広げながらの談笑。


「なあシエル、必殺技とかないの?

 あったら教えてくれよ!

 そしたら俺、もっと強くなるんじゃね?」


サンドウィッチを頬張りながら、

カイトがふと思いついたように言った。


「ひ、必殺技?」


シエルにそんなものを考えて戦った記憶はない。

思わず苦笑した。


「…回転切りとか…ジャンプ切り…とか?」


「えー、そんなの地味ですよー!」


すぐ横からリーナが身を乗り出してきた。

目を輝かせ、右手を突き出す。


「こんなのはどう?

 ブリリアント・シュルタンシオン!

 ……みたいな!」


風を切るように腕を構えるリーナ。

全力で恥ずかしげもなく。


「姉ちゃん、またそういうの……

 いい歳して、やめろよ恥ずかしい…」


カイトが顔を覆う。


「いいじゃん別に。

 ブリリアント・シュルタンシオン…

 暴走する光の波動……みたいな!

 かっこよくない?

 シエルさんも、そう思いますよね!?」


(……流石に…それは恥ずかしいしかも…)


結局、言葉にはせず、苦笑いを浮かべ頬をかくしかなかった。

だが、その無邪気さが、妙にあたたく感じた。


シエルはふとリーナに尋ねる。


「リーナは、どうしてプリーストに?」


リーナは「え?」と目を瞬かせ、それから静かに語り始めた。


「……昔、魔物に両親を殺されました。

 それからは弟を守って生きていかないとって思って。

 私、回復魔法だけは少し得意で……

 それが役に立つならって」


語る声は、強いようでどこか震えていた。

でも次の瞬間、彼女は柔らかく微笑む。


「でもね、人を癒やして……

 “ありがとう”って言われるたび、 

 自分の居場所があるって感じられるんです。

 だから今は、好きでやってます」


「……そうか」


シエルは、それを羨ましいと思った。

自分の力は“破壊”ばかり。

救いたいほど、傷つけてしまう。


リーナは続けた。


「でも、兵士が言ってたことも確かに事実なんです。

 戦う力はありません。

 だからカイトも……私のせいで馬鹿にされて」


「だから違うって言ってるだろ!」


口を挟んだカイトは拳を握る。


「弱いのは俺だから……姉ちゃんは悪くない! 

 だから俺、強くなりたい。

 シエル、もっと稽古つけてよ!」


まっすぐな目。

シエルは、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。


「……いいけど。

 俺に教えられることなんて、少しだぞ」


「少しでも強くなる! 

 そうすりゃ、姉ちゃんを守れる!」


その言葉に――シエルは、救われた気がした。


リーナはふわりと笑う。


「やっぱりシエルは優しいんですね」


「俺は……優しくなんてない。

 空っぽだ。

 何も守れなかったし……これからだって」


「違いますよ」


リーナはきっぱりと言った。


「救えなかった命があるのは、誰だって同じ。

 でも救われた命だって、ちゃんとあるんです。

 私だって、カイトだって――

 あなたに救われた一人です」


シエルは言葉を失う。

胸の奥に、熱が灯ったような感覚。

拒絶してきたはずの世界が、少しだけ色づいて見えた。



穏やかな時間は流れる。

だがその裏で――魔王討伐の遠征は、着々と近づいていた。


シエルの心は変わり始めていた。

それは希望か、あるいは残酷な運命の前触れか。


ただひとつ確かなのは。

彼らと過ごす、この小さな幸せは失いたくないという想いだけだった。



後書き

第5話を読んでいただきありがとうございます。

この先の展開も楽しんで頂ければ嬉しいです。

第6話は12/23、13時に投稿予定です。

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