第5話 Brilliant
王都の近くの丘の上、
そこには王都を見下ろすように大樹が立っている。
その足元で、大柄な青年が小さな少年に稽古をつけていた。
「おりゃーっ! おりゃーっ!」
甲高い掛け声とともに、木の棒が空を切った。
シエルはその一撃を軽く受け流し、力を入れずに身体を傾ける。少年――カイトはバランスを崩し、そのまま前につんのめった。
「よっと」
シエルは軽やかに木の棒を伸ばし、カイトの額へ軽く触れさせる。
トン、と小さな音。
「くそっ! また当たんねぇ!」
額をさすりながら、カイトは唇を尖らせた。
昼下がりの草原。
少し強めの風が、二人の髪を揺らす。
「悪くなかったぞ。
棒を振るだけじゃなくて、
ちゃんと狙いを定められてきてる」
「そういうフォローいらね!」
カイトの悔しがり方に、シエルはつい苦笑してしまった。
そこへ、元気いっぱいの声が飛んでくる。
「はーい! お昼にしませんかー!」
振り向けば、バスケットを抱えたリーナが走ってきた。
青い聖印のローブが揺れる。
いつもと変わらない、明るい笑顔。
自然と、この数日……
シエルは彼女たちと過ごす時間が増えていた。
魔王討伐遠征の準備期間――不安と孤独で押しつぶされそうな心が、少しだけ軽くなる場所。
その中心に、いつもリーナがいた。
◇
草原に腰を下ろし、弁当を広げながらの談笑。
「なあシエル、必殺技とかないの?
あったら教えてくれよ!
そしたら俺、もっと強くなるんじゃね?」
サンドウィッチを頬張りながら、
カイトがふと思いついたように言った。
「ひ、必殺技?」
シエルにそんなものを考えて戦った記憶はない。
思わず苦笑した。
「…回転切りとか…ジャンプ切り…とか?」
「えー、そんなの地味ですよー!」
すぐ横からリーナが身を乗り出してきた。
目を輝かせ、右手を突き出す。
「こんなのはどう?
ブリリアント・シュルタンシオン!
……みたいな!」
風を切るように腕を構えるリーナ。
全力で恥ずかしげもなく。
「姉ちゃん、またそういうの……
いい歳して、やめろよ恥ずかしい…」
カイトが顔を覆う。
「いいじゃん別に。
ブリリアント・シュルタンシオン…
暴走する光の波動……みたいな!
かっこよくない?
シエルさんも、そう思いますよね!?」
(……流石に…それは恥ずかしいしかも…)
結局、言葉にはせず、苦笑いを浮かべ頬をかくしかなかった。
だが、その無邪気さが、妙にあたたく感じた。
シエルはふとリーナに尋ねる。
「リーナは、どうしてプリーストに?」
リーナは「え?」と目を瞬かせ、それから静かに語り始めた。
「……昔、魔物に両親を殺されました。
それからは弟を守って生きていかないとって思って。
私、回復魔法だけは少し得意で……
それが役に立つならって」
語る声は、強いようでどこか震えていた。
でも次の瞬間、彼女は柔らかく微笑む。
「でもね、人を癒やして……
“ありがとう”って言われるたび、
自分の居場所があるって感じられるんです。
だから今は、好きでやってます」
「……そうか」
シエルは、それを羨ましいと思った。
自分の力は“破壊”ばかり。
救いたいほど、傷つけてしまう。
リーナは続けた。
「でも、兵士が言ってたことも確かに事実なんです。
戦う力はありません。
だからカイトも……私のせいで馬鹿にされて」
「だから違うって言ってるだろ!」
口を挟んだカイトは拳を握る。
「弱いのは俺だから……姉ちゃんは悪くない!
だから俺、強くなりたい。
シエル、もっと稽古つけてよ!」
まっすぐな目。
シエルは、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。
「……いいけど。
俺に教えられることなんて、少しだぞ」
「少しでも強くなる!
そうすりゃ、姉ちゃんを守れる!」
その言葉に――シエルは、救われた気がした。
リーナはふわりと笑う。
「やっぱりシエルは優しいんですね」
「俺は……優しくなんてない。
空っぽだ。
何も守れなかったし……これからだって」
「違いますよ」
リーナはきっぱりと言った。
「救えなかった命があるのは、誰だって同じ。
でも救われた命だって、ちゃんとあるんです。
私だって、カイトだって――
あなたに救われた一人です」
シエルは言葉を失う。
胸の奥に、熱が灯ったような感覚。
拒絶してきたはずの世界が、少しだけ色づいて見えた。
◇
穏やかな時間は流れる。
だがその裏で――魔王討伐の遠征は、着々と近づいていた。
シエルの心は変わり始めていた。
それは希望か、あるいは残酷な運命の前触れか。
ただひとつ確かなのは。
彼らと過ごす、この小さな幸せは失いたくないという想いだけだった。
後書き
第5話を読んでいただきありがとうございます。
この先の展開も楽しんで頂ければ嬉しいです。
第6話は12/23、13時に投稿予定です。
Obliterator んご @Yn19870331
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