第4話 Dawn
王城の一室。
厚いカーテン越しに差し込む朝の光は、眩しいほどなのにどこか冷たい。
シエルはベッドに腰かけ、掌をじっと見つめていた。
ドラゴンに剣を振るった瞬間、腕に走ったあの異質な力。
( あの力…あの時体に流れ込んできたものだ。
何故だかそれだけは分かる。
そしてその力は少しずつ大きくなってる……)
力は確かにある。
だが、それを扱っているのは自分ではないような違和感。
「……俺は、一体」
言葉にはできない不安が喉にひっかかった。
◇
王座の前に立つと、国王はこれ以上ないほどの笑顔を浮かべていた。
「昨日はすまなかった!
まさか一人でドラゴンを討つとは!
神の加護を受けた光の勇者よ!」
つい昨日まで不審者扱いだったことなど無かったかのようだ。
シエルは曖昧に頷くだけ。
胸は少しだけ痛んだ。
(……勇者なんて立派なものじゃない、
結局たくさんの人が死んだ)
国王は玉座にふんぞり返り、声を張り上げる。
「そこでお前に勇者としての使命を与える。
諸悪の根源たる魔王! そいつを倒して参れ!」
「……魔王? 本当に、そんな存在がいるのか」
「この世界ヴェルグレイスは魔王の脅威に晒されておる。
だが貴様が倒せば世界は救われるのだ!」
シエルは思わず問い返す。
「……それは、誰かの……役に立つのか」
「むろんだ! 悪を倒すのだぞ?
人々は歓喜する!」
その言葉に、わずかな期待が芽生える。
(誰かの役に……?
俺にも、そんな価値が……あるのか)
シエルは小さく、しかし確かに頷いた。
「……分かった」
◇
兵舎へ戻る途中、聞こえてきたのは冷たい囁き声だった。
「アイツが勇者? 正体不明だぞ」
「魔物を一人で全滅とか……おっかねぇ」
「ドラゴンまで倒しちまったからな」
「強すぎて逆に怪しい。魔王の手先じゃねぇのか」
シエルは聞こえないふりをする。
こういうことは慣れている。
ただ、胸の奥がわずかに疼くだけだった。
◇
魔王討伐の遠征は1ヶ月後、
それまで特にすることもためシエルは、街の中を歩いていた。
その時、耳に入った子供の騒ぐ声。
見ると、小さな少年が数人に囲まれ、殴られていた。
「やめろ」
短い一言と同時に、シエルは手を伸ばし、少年をかばう。
いじめていた少年たちは大柄な彼を見上げ、青ざめて逃げ出した。
「大丈夫か?」
少年は涙目で頷く。
その背後から慌てて駆け寄ってきた少女。
白い法衣に身を包んだプリースト、リーナ。
「助けてくれてありがとうございます!
怪我は……えっ!
あなた、まさか……
ドラゴンを倒した光の勇者様ですよね!?」
シエルは戸惑い、視線を逸らす。
兵士たちの冷たい影口を思い出す。
立ち去ろうとした彼を、リーナは慌てて呼び止めた。
「お礼に食事をご馳走させてください!」
◇
酒場。
机を囲む三人。
リーナはキラキラした目でシエルを見つめ続けた。
「だって、ドラゴンを倒すなんて!
本当にすごいです!」
隣の少年──カイトも拳を握って興奮して言った。
「シエル、おれも強くなりたい!
特訓してくれよ!姉ちゃんを守れるように!」
シエルは俯いたまま、何も返せない。
「お前たちは……怖くないのか?」
ぽつりと漏れた声。
リーナが首をかしげる。
「え?なにがです?」
「俺が……兵士たちの言うように、
何者かわからないから」
「なに言ってるんですか!
あなたは一人で戦って、
たくさんの人を救ったんですよ?」
その言葉は真正面から胸の内に届いた。
だが、次の瞬間──
酔った兵士がふらふらと近づき、嘲るように笑った。
「よく言うぜ。
こいつは魔王の手先かもしれねぇんだぞ」
リーナが立ち上がる。
「そんなことありません!
彼は必死に戦って──!」
「うるせぇな偉そうに!
テメェらプリーストは俺たちの後ろに
隠れてるだけだろ!」
今度はリーナに矛先が向く。
シエルは静かに立ち上がり、兵士の前に立った。
無言。
ただ、鋭い眼光で見下ろす。
酒場の空気が凍りつく。
兵士は一歩後ずさった。
「……ちっ。化け物め」
吐き捨てて去っていく。
沈黙。
リーナが申し訳なさそうに視線を落とす。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「いや……俺のせいだ。巻き込んで悪かった」
リーナはふっと微笑んだ。
「やっぱり、優しいんですね」
シエルは言葉を失う。
胸の奥に、生まれて初めて灯ったような温かさが広がった。
それは確かに──希望だった。
後書き
第4話を読んでいただきありがとうございます。
この先の展開も楽しんで頂ければ嬉しいです。
第5話は12/22、13時に投稿予定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます