ログインまでの数十階層認証

ツキシロ

ログインまでの数十階層認証


『パスワードを打つ仕事』が生まれた。


現代社会の分業と、多段階認証が融合して新たに生まれたビジネスだ。


ユーザーのログインには、数十回ものパスワード入力が必要となっていた。すべては、不正アクセスを防止するために。


数十回のうち、ユーザー一人に対して三階層ぶん程度の入力を、一人の労働者が行っていた。


三階層ぶん入力したら、別の人に引き継いで、また三階層ぶん入力してもらう。これを何回も繰り返して、ユーザーはようやくログインできるのだ。


いつしか、何かのシステムにログインするユーザーは、コーヒーや紅茶を用意して気長に待つようになるほどだった。


鉄壁のセキュリティとうたわれていた。――しかしある日、不正アクセスの被害を受けた。


最終階層のパスワード担当者が、ユーザーの権限を横取りして情報を盗み出したのだという。


対策として、最終確認にはユーザーの指紋認証を必須とすることにした。


第十六から十八階層を担当する労働者たちが、休憩時間に話し合っている。


「結局指紋認証するなら、俺たちのいる意味って何なんだ?」


「俺たちは安心感を売ってるんだよ」


「どういうことだ?」


「何十階層もあれば、大丈夫そうな気がするだろ?」


「そりゃ、階層は多いほど良いだろ」


「階層ひとつひとつのパスワードが、『1234』とか『password』だとしてもか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ログインまでの数十階層認証 ツキシロ @tsuki902

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画