魔術適性ゼロでも最強になれるって本当ですか? ~学園落ちこぼれの俺、禁呪で時間停止を習得したら天才ヒロインに目をつけられました~
@tamacco
第1話 不合格の少年、運命の本を拾う
王立ルミナス魔法学園――王都セレニア中央区にそびえ立つ白亜の塔は、魔法の最高学府としてあまりに有名だった。貴族の子弟や魔術士志望の若者たちは、毎年ここで行われる入学選抜試験に挑んでいる。
今年も例外ではなかった。
広場の空気は緊張と興奮で満ちている。試験官たちが浮遊魔法で掲げる名簿には、合格者の名前が金文字で刻まれていた。歓声と嘆きが交錯する中、その人混みの端にひとりの少年がいた。アレン・クロード。灰色の髪と薄い瞳。どこにでもいそうな、少し頼りない顔立ちの少年だ。
「やっぱり……ダメだったか」
掲示板には、彼の名前はなかった。何度も指で追うが、見間違いではない。周囲のざわめきが一層遠く感じられる。去年は補欠。再挑戦した今年も不合格だった。
「魔力測定、ゼロ……か」
試験官にそう告げられたときの冷ややかな視線を思い出す。王立学園の基準は厳しい。魔力量が一定以下なら合否の土俵にも乗れない。いくら魔法理論を頭に詰め込んでも、動かせる力が伴わなければ意味がない世界。
仲間たちは次々と喜び合いながら帰路につく。アレンだけが、沈んだ足取りで広場をあとにした。
王都の夕暮れは美しい。だがいまはその輝きさえ苦い。彼の肩には、古びた革鞄。中には受験に使った参考書と、父から譲り受けた壊れかけの杖だけ。貧しい家の出身ではないが、名門でもない。魔術士の家系を名乗るには、あまりに地味な家柄だった。
(来年もう一度挑戦……無理だな。これ以上、家に学費を頼める余裕なんてない)
路地の向こうから、合格者たちの歓声が聞こえてきた。きっと、祝賀パーティーでも開かれるのだろう。アレンは足を止めると、小さく息をついた。その足下で、紙束に何かが挟まっているのに気づく。
「……ん?」
古びた皮装丁の本だった。背表紙には、擦り切れた金文字で『禁術概論 第七章 拾遺』とある。ページの端は焦げ、ところどころに魔法陣の跡。誰かが廃棄したのかもしれない。だが――どこか、異様に惹かれる気配があった。
アレンは何気なく手に取った。すると、ページの一部がひとりでに開く。
《禁呪・クロノスシフト――時間干渉型特級魔法》
その瞬間、視界の端で青白い文様が淡く光った。まるで、彼に反応したかのように。反射的に本を閉じる。だが遅かった。指先が、痺れるように温かい。
「……今の、魔力反応?」
魔力ゼロのはずの自分が、何かを感じ取った。ありえない。夢でも見ているのかと頬を叩くが、確かな熱が残っている。
ページの下には小さくこう書かれていた。
《魔力を持たざる者、または器なき者のみ、これを開く資格を得る》
アレンは息を呑んだ。それが何を意味するのか、すぐには理解できない。ただ、胸の奥で何かがはじける音がした。
結局、その日は宿に戻らず、王都裏路地の古い倉庫に身を寄せた。夜灯りひとつない中で、アレンはランプをともして本を開く。ページの中には、常識を超えた理論が並んでいた。
《時間を「点」として扱う。干渉とは、有限点の接続であり、修復と再結合は意識操作によって可能》
「………何だこれ。まるで、時間理論か数学の書でも読んでるみたいだな」
読める。意味がわかる。通常の魔導書とは違う、直感的な構造。魔力ではなく「思考」や「意識集中」に反応して動くように書かれている。これなら、魔力量がゼロでも扱えるかもしれない――そんな考えが脳裏をよぎる。
彼は恐る恐る詠唱の構文をなぞった。
「クロノスシフト、第一段階……時間の流れを一点で固定……?」
不意に、周囲の空気が凍りついた。
部屋の中のランプの炎が止まり、埃が空中で静止する。静寂。完全なる停止。アレン自身の心臓の鼓動だけがやけに大きく響いている。
「う、嘘だろ……?」
外の時計塔の鐘の音までもが、途中で途切れていた。アレンは息をのんだ。数秒後、強烈な頭痛が走り、視界が弾け飛ぶ。
「っ――!」
意識が戻ったとき、ランプの炎は再び揺れていた。まるで何もなかったかのように。
「今……時間が……止まってた?」
手の平から汗が滴る。その瞬間、また指先に微かな光が走った。魔力の波動。だがそれはかすかなものだった。燃え尽きる寸前の火花のように。
「やっぱり……俺でも、魔法が使えるんだ……」
胸の奥で熱が広がった。あの冷たい試験官たちに「ゼロ」と断じられた自分が、確かに魔法を使った。誰にも見せられない秘密の奇跡。
その夜、アレンは眠らなかった。何度も禁呪の記述を読み返すたびに、光の粒子がページから立ち上っては消えていった。疲労で瞼が重くなったころ、外が白み始めた。
翌朝。王立学園の門前では、再試験の準備が始まっていた。特例枠――上位試験者が急病や辞退の際、補欠から繰り上げる制度。可能性は限りなく低いが、それでもゼロではない。
アレンは鞄に古書を入れ、ふらふらと学園へ向かった。寝不足で足取りはふらついている。だが心の奥には奇妙な確信があった。
(もう一度だけ、試してみよう。もし、あの魔法が本物なら――)
門前で、試験官の一人が目に留めたのか声をかけた。
「おい、君は昨日の……不合格者だな? 何をしている?」
「すみません。もう一度だけ、測定をお願いできませんか」
周囲の受験者たちがざわめく。不正と取られても仕方ない。だがアレンの目は真剣だった。
試験官はため息をついた。「規定では本来できないが……まあいい。魔力測定装置に手を置きなさい」
アレンはうなずき、装置の水晶球に両手をかざす。昨日と同じ光景。だが今回は、頭の奥で何かが繋がる感覚があった。静かに言葉を紡ぐ。
「クロノス……第一段階」
すると、水晶球の中心がかすかに光を放った。淡い青の連なりが回転し、試験官が驚いたように身を乗り出す。
「待て……これは、魔力反応だ。昨日は完全なゼロだったはずだ!」
アレン自身も信じられなかった。数値は極端に低い。だが「ゼロ」ではない。確かに、目に見える力として現れたのだ。
試験官が顔をしかめながらも書類に何かを書き込む。
「……特例審査対象として、後日連絡しよう。それまで王都に滞在しておくように」
「は、はい!」
アレンは深々と頭を下げ、その場をあとにした。背を向けるとき、遠くでクラスメイトの歓声がまた聞こえた。今度は不思議と胸が痛まなかった。
(俺は、まだ終わってない)
その日、学園の裏庭では、金色の髪の少女が花壇の整備をしていた。紅の制服。整然とした動き。王立学園首席候補、エリナ・ヴァレンシュタイン。
彼女の視線がふと、校門の方を向く。知らず、アレンと目が合った。
「……あなた、誰?」
短い一言。だがその声は不思議と印象的で、アレンの心に焼きついた。
まだ何も始まっていない。だが、運命の歯車は確かに回りだしていた。
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