混沌の子供

箔塔落 HAKUTOU Ochiru

混沌の子供

「生の未来形が死であるとするのなら、生の過去形はなんだろう?」

 わたしがふとそうつぶやくと、

「『混沌』じゃない?」

 きみは言下にそう答え、愉快気な笑い声を喉の奥から漏らした。

「なに?」

「いや、また変なことを考えてるなあと思って」

「変なのは、それに即答できるきみのほうだよ」

 わたしもまた言下にそう答える。

 わたしたちは手をつないで横になっている。夏の夜の蒸し暑さは、わたしたちの手を、わたしたちの手のあいだにないようであるものを、じっくりと汗ばませる。

「混沌の中からいくつかを、あるいはどこかを選び取ってこの世界に産まれるから」

 天井を見ながらきみがそう言ったので、きみがわたしの何の気なしの問いかけに対して思索を深めていたことを、わたしはようやく知る。

「きっときちんと形にならないものが多すぎるよね。わたしたちはみんな、この世に生きている限りにおいてはいつだってプロクルステスの寝台に横たえられている」

 ふっときみが小さな息を漏らす。わたしは内心では、きみの言うことにおおきくうなずいていたけれども、「そうだね」のひとことも言うことができない。同意するという行為は、混沌の中から生のありかたを選び取ったはずのわたしたちには、いかにも不似合いな、きれいな型にはまったもののようにも思われたから。わたしは、にぎっている手に力をこめることすらためらわれてうまくできない。

「ねえ」

 きみが言う。

「ううん」

 わたしが答えになっていない答えを返す。

「一生混沌としていようね」

「もちろん」

 なぜかはわからないけれども、今度はたやすく強い肯定のことばが口をついて出た。

 やがてきみが、わたしの隣でしずかな寝息を立てはじめる。なぜかわたしは自分の目から涙がこぼれ落ちそうになるのを感じ、二、三度暗い天井に向けてまばたきをした。この意思は、勝ち負けや善悪のものさしで測れるものではない。そう思いながら、手をつないでいるがために寝返りを打てない自分を、少しだけ誇りにしたい、と思った。

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