明日、勇者は魔王城へ向かう。
@zeppelin006
勇者の悩み
――勇者には、悩みがある。
世界を救うとか、魔王を倒すとか、そういう大きな話ではない。
もっと細かくて、しょうもなくて、しかし物語全体の根幹に関わる種類の悩みだ。
「俺、ほんとに“勇者”でいいのかなぁ……」
焚き火の前で、勇者アレンはぼそりと呟いた。
「今さら?」
パーティの魔法使い・ミリアが、スープをかき混ぜながら冷たく言う。
「魔王城、明日よ? そこで存在意義ゆらぐの、だいぶ遅くない?」
「いやさ……」
アレンは火にくべた枝がぱちりと弾けるのを見つめながら続けた。
「最近ずっと、頭の上に“勇者”ってテロップが見えるんだよ」
「……は?」
「ほら、こう……」
アレンが指さした瞬間、ミリアの視界にもふわりと文字が浮かんだ。
【勇者】アレン
本作の主人公。
レベル:43 好感度:まあまあ
「……ねえ、それ普通に怖いわよ」
「で、その下にさ、たまに変なコメントが出るんだ」
【作者注】
・こいつそろそろ中二病っぽい悩み入れないと薄くなるな……
「見えた?」
「見えたわね。作者って誰よ」
「それが分からないから悩んでるんだよ!」
アレンは頭を抱えた。
「最近さ、道歩いてると“ここ、描写甘いですね”とか“このモブは後で再登場させましょう”とか、上からナレーションみたいに聞こえるんだ」
「それ完全にメタフィクションの自覚じゃない」
「そう! 俺、どうやら“物語の登場人物”らしいんだ」
ミリアはスプーンを止めた。
「……で、それの何が悩みなの?」
「え?」
「いいじゃない、主人公なんでしょ? 世界も救えるし、きっと読者もいる。どう考えても村人Aよりはマシじゃない」
「いや、そうなんだけどさ!」
アレンは身を乗り出した。
「問題は“勇者”という役目の方だよ。俺さ、戦闘そんなに好きじゃないんだよね」
「今言う?」
「中ボスとのバトルシーンとか、毎回“もうちょっと短めに”ってお願いしたい。読んでる人もどうせ、戦闘ログ長いと飛ばしてるだろうし……」
【読者アンケート】
戦闘シーンは
①じっくり読みたい ②サクッとでいい ③飛ばして会話だけ読みたい
空中に三択が出た。
「ほら、出た」
「アンケート機能まで実装されてるのね、この世界……」
ミリアは眉をひそめる。
「つまりあなたの悩みは、“勇者というロールに縛られてる感じがキツい”ってこと?」
「そう。本当はさ、もっと地味なスキルで生きていきたいんだよ」
「地味なスキル?」
「たとえば、“会話シーンを自然に続ける能力”とかさ」
「……それ、今めちゃくちゃ発揮されてるけど」
「あと、“モブNPCの背景を勝手に想像する力”もある」
「それ物語の尺食うやつでしょ」
ミリアはため息をつき、しかし少しだけ真面目な顔になった。
「でも分かるわよ。こっちにも“魔法使いヒロイン”的なお約束が山ほどあるもの」
彼女の頭上にも、文字が浮かぶ。
【ヒロイン候補】ミリア
ツン成分:60% デレ解放フラグ:未達成
「ほらこれ。勝手に“ツンデレ枠”に配置されてるのよ。誰が決めたのよ、こんなの」
「作者……かな」
「作者、出てきなさいよ」
【作者】
・いま別の原稿に追われているため、NPCとしての発言のみとなります。
「忙しいアピールやめろ」
アレンとミリアが同時にツッコんだ。
◇ ◇ ◇
沈黙が落ちた。
焚き火の炎だけが、ぱちぱちと音を立てている。
「……ねえ」
ミリアが先に口を開いた。
「あなた、“勇者の悩み”ってタイトル付けられてるの、気付いてる?」
「え、マジで?」
「ほら」
本日のサブタイトル:『勇者の悩み』
「うわ、本当だ……」
アレンはうなだれた。
「じゃあ俺、この短編の間はずっと悩んでなきゃダメじゃん」
「そういうことになるわね」
「悩み、そんなに在庫ないよ?」
「さっきから出してるじゃない。“戦闘したくない”“勇者ロールが重い”“読者の目が気になる”」
ミリアは指を折って数える。
「でもさ」
アレンは、焚き火の火の粉を見つめながら言った。
「いちばん怖いのは、きっと“悩むことすら許されない勇者”なんだよ」
「……どういうこと?」
「テンプレ物語の勇者ってさ、だいたい無駄にまっすぐで、“世界を救う!”って言って迷わないじゃん。悩みはあっても、“仲間の支えで乗り越えました!”って感じで綺麗にまとまる」
「まあ、お約束ね」
「でも実際は、“俺が救わなかった世界線”も無限にあるはずなんだよ」
アレンの頭上に、小さくテキストが現れる。
【分岐1】村を出る
【分岐2】村に残る
「俺が村を出なかったら、別の誰かが勇者やってたかもしれない。あるいは、世界が滅んで終わってたかもしれない。でもさ、その世界線って、物語にはならないんだよ」
「……まあ、読まれないものね」
「読まれた物語だけが“正史”になって、選ばれなかった選択肢は、じわっと闇に沈んでいく」
アレンは、拳を握った。
「勇者って、結局、“作者と読者にとって一番コスパのいい選択肢”を強制される役なんじゃないかなって」
「言い方が現代的すぎるわね」
「“旅を続けた方が物語として面白いから、旅は続く”。“ここで仲間を失った方がドラマが盛り上がるから、仲間は死ぬ”。……それ、俺の人生の自由意志はどこにあるの? って」
ミリアは黙って彼の横顔を見ていた。
しばらくして、静かに笑う。
「じゃあ、やってみる?」
「何を?」
「“物語として正しい選択”から外れてみる実験」
ミリアは立ち上がり、焚き火に枝を一本足した。
「明日、魔王城に行くのやめましょう」
「おい」
「作者、慌ててるわよ」
【システム警告】
・クライマックス直前での進路変更が検出されました
・構成崩壊の恐れがあります 本当に実行しますか?
→はい いいえ
「はい、押して」
「いやいやいや!」
アレンは慌てて手を振った。
「魔王城行かない勇者物語とか、誰が読むの!」
「いいじゃない。“勇者の悩み”って題材なんだから、“悩んだ末に逃げた勇者”だって一つの解答よ」
「それ、続き書いてもらえなくなるやつじゃん!」
【作者】
・実際、魔王城行かない勇者を書き始めると、だいたい途中で筆が止まりがちです
「ほら見ろ!」
アレンは必死だ。
「俺、打ち切りだけは嫌だよ! ちゃんと終わりたい!」
ミリアは肩をすくめる。
「じゃあ、こうしましょう。“魔王城には行く”。ただし――“物語として綺麗な悩みの解決”は放棄する」
「……どういうこと?」
「戦って、たぶん勝つでしょう。世界もまあ、救われるでしょう。でも、あなたの『勇者って何なんだろう』って悩みは、解決しないままにしておくの」
ミリアは、焚き火を見つめた。
「それがきっと、一番現実に近いエンディングよ。“世界を救ったからと言って、自分の生き方に100%納得できるわけじゃない”っていう」
「そんなモヤモヤした終わり方、読者が許すかな……」
「そこは知らない」
ミリアはあっさりと言った。
「でも、“悩み続ける勇者”がいたっていいと思うの。“決断してもなお迷っている人間”の方が、私は安心する」
アレンは、しばらく黙っていた。
やがて、ふっと笑う。
「……そうかもな」
「でしょ?」
「じゃあ、決めた」
アレンは立ち上がり、空を見上げる。
そこには、薄く次のテキストが浮かんでいた。
【次回予告】
勇者、魔王城へ行く(たぶん)
「俺は魔王城に行く。世界も、できれば救う。でも、帰ってきても、この悩みはたぶん消えない――ってところまで含めて、“勇者の物語”にしてもらう」
「……作者、聞いた?」
【作者】
・聞きました
・ちょっと締めづらいですが、がんばります
「がんばれ」
アレンとミリアが同時に言った。
◇ ◇ ◇
夜が更けていく。
焚き火の火が小さくなり、星が滲む。
――勇者には、悩みがある。
それは、“自分が物語の登場人物である”という自覚と、それでもなお“自分の選択に意味があると信じたい”という、ごくささやかな我儘だ。
彼の悩みが完全に解決することは、きっとない。
魔王を倒しても。
世界を救っても。
エンドロールが流れても。
その後、画面の外側で、彼はたぶんずっとちょっとだけ悩み続けるのだろう。
――それでも、明日、彼は魔王城へ向かう。
それが“物語として正しいから”ではなく、今日、この焚き火のそばで、たった一人の仲間にそう宣言した自分を、そこそこ気に入ってしまったから。
【作者メモ】
・勇者の悩みは解決していないが、話としてはここで終わります
・続きは、各読者の頭の中の別ルートにて
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