深淵の先は異世界?でした~村を助けたので発展させようと思います。あ、ついでに世界も復興(スローライフ)させますから~
波 七海
第1話 深淵(アビス)――異世界への扉
「
父親のあんまりと言えばあんまりな言い様に、
「ちょッ言い方ぁ! ……ってまぁ少しは精神的に楽になったよ」
そんなことを言いながらも、叡智はついつい遠い目になってしまう。
あれは先日退社した会社の話――
ゲーム系の企業で開発SEとして頑張って働いていた叡智だったが、あまりにも理不尽な仕打ちを受けていた後輩を助けるために激怒した。
その結果、自身も嫌がらせの対象になってしまい、精神的に追い詰められた末に止む無く会社を辞めることとなる。そんなことがあってから叡智は対人恐怖の気が出るようになり、精神的、情緒的に不安定な状態になってしまった。
もう人間関係はこりごりだ。
ただ理不尽を許さないと言う信念を貫けたことには誇りを感じている。
仕事で高いハードルを課されると言うのは期待の表れでもあり、まだ理解できる。
だが物理的に達成不可能なことを押し付けるのは違う。
「まぁ……お前の気持ちは理解できる。だがな、あまり潔癖に生き過ぎるな。いつか精神が壊れちまう」
「え? 潔癖かな? 確かに世の中におかしい人間が多いとは思ってるけどさ。いや……確かに苛立つかも。でも母さんも信念を貫くタイプだったじゃん」
課された無理難題の責任を問うて精神的、肉体的に追い詰めるのは理不尽極まりない卑劣な行為――いじめ、いや犯罪とも言える。
叡智としてはそんなことは断じて許せなかったし、関わっていた者全てに嫌悪感を抱いたほどだ。それ故に心に傷を負い、その多大なるストレスを少しでも解消するために、現在休養中と言う訳である。
心が晴れない中、父親は療養のために田舎にある先祖代々の屋敷を紹介してくれた。
しばらく醜悪な人間と関わりたくないと考えていた叡智にとっては、父親の提案はまさに渡りに船だった。
「ありゃ精神お化けだったからなぁ……信念を貫くのはいい。誰だって譲れない物があるしな。お前の行動で救われた人がいるんだから大したもんだよ。とにかく清濁併せ呑むってことも必要だと覚えとけ。お前なら分かってると思うけどな」
「……うん。分かってるつもりだけど、分かった」
「とにかく今は自然の中でゆっくりしてこい。所謂、スローライフってヤツだな」
父親にそんなことを言われた叡智は早速、自家用車を駆り、ナビを確認しながら山あいの街へと向かった。
賑やかな中心街の喧騒から逃れて1時間半ほど走ると、背の高い建物は姿を消し、徐々に一般的な2階建て住宅に変化してゆく。
あるのは大型のモールやホームセンター、遠目には商店街のようなアーケードが目に入る。
「へぇ……思ったりも田舎って訳じゃないのか……。っと……もうすぐ着くみたいだな。うん。父さんの言う通り、しがらみのない場所でまったり過ごすのも悪くない」
ナビにはガソリンスタンドやコンビニも表示されているが、その数は少ないようだ。とは言え、紹介された屋敷からは近いので、特段困ると言うこともないように思える。しばらく木々に囲まれた上り道を走り、山なりにカーブを曲がると途端に視界が開けた。
思わず叡智の口から感嘆の声が漏れる。
――美しい。
眼下には広大に整備された田園風景が広がっており、青く生い茂る稲穂が波打っている。直にその色を金へと染め上げることだろう。
先程見たばかりの大型モールもその存在感を大いに発揮しており、自己主張の強い奴だと叡智の心を和ませた。
「違うところに目を向けてみると意外なものが見えてくるもんなんだよな……忘れていた気持ちを思い出させてくれる」
そして目的地……日本古来の風景が目に飛び込んでくる。
昔ながらの古民家が多い中、ナビが指示しているのは、意外にもごくごく普通の一軒家。ただ敷地は広いので車が5台は楽に停められるし、庭に畑のようなスペースさえ存在している。
改めて屋敷に目をやるが、予想とは異なり外見は何処も傷んでいる様子はない。
長らく誰も住んでいなかったにもかかわらずだ。
裏手に回ってチラリと様子を見てみると雑木林のように木々が林立していたのだが、全然荒れている気配はなく、むしろ人の手が入っているように感じられる。
「へぇ……意外と良い感じの家だな……もっと古いかと思ってたんだけど。それに裏手は雑木林になってるのか。子供の頃を思い出すなぁ……もしかしたら昔来たのを忘れてるだけかも知れないけど」
となると気になるのは家の中。
鍵を開けて中に入ってみたが、埃っぽい訳でもなく小奇麗に保たれていた。
まるで誰かが管理しているかのような。
叡智は少年の心に戻ったかのような感覚で家の中を探検して回った。
廊下には昔懐かしいボンボン時計が取り付けられている。
思わずそのレトロ感、振り子やゼンマイと言った機械的な雰囲気に叡智の表情が緩む。
しかしそれも一瞬のこと。
――なんだこの部屋は?
何とも奇妙な部屋が1つ。
大抵のことには動じない自信があった叡智だったが……。
「怖いものは別腹……じゃなくて別の話なんだよなぁ」
流石にこんなものを目にしてしまっては聞いておかずにはいられなかった。
念のためにも父親のスマホに電話を掛けて聞いてみることに。
『あ、もしもし? 俺だけどさ。家に着いたんだけど、なんか襖に大量のお札が貼ってある部屋を見つけたんだが……?』
『ん? お札ぁ? そんなことは知らんぞ?』
『え? マジで? ドッキリとかじゃなくて?』
『アホかお前は。爺ちゃん……お前の曾爺ちゃんが住んでた家だぞ……! あっ……』
『あっ……って何だよ! あっ……って! 何でそんな含みのあること言うんだよ! 気になって着いていきなり家出するとこだぞ!』
『ったく……曾爺ちゃんの葬式挙げたのその家だろ。お前も行ってるんだし、そんなもんなかったやろがい。大体な――』
『ホントに? 俺が怖いの苦手って知ってんだろ! せっかく心を癒しに来たのに逆にトラウマになるわ!』
『知らんちゅーとるやろがい! 誰からも聞いてないんだから知りようがないだろ! 俺が言えることはただ1つ……すぐに開けろ! 間に合わなくなっても知らんぞ!!』
まさか父親も知らないとは思わなかったが、特段知らない振りをしている様子はない。
それにそんなことをして何の得があると言うのか。
そもそもの話、ちょっと何言っているのか理解できなかったと言うのもある。
人間、時に諦めも必要。
人知れずため息を吐いた叡智は仕方なく話題を切り替える。
『あーそれに誰もいない割りに綺麗だしなんかあるんじゃないの?』
『ああ、もしかしたら爺ちゃんが風を入れに言ってるのかも知れんな』
例の部屋はともかく取り敢えずは納得した叡智は、通話を切り再びお札付き襖の前に立つ。
だが次は別の問題が……。
部屋の中からガタッピシッと何やら変な音が聞こえてきたのだ。
空気が一気に冷え込んだ感じがして鳥肌が立つ。
「おいおいマジもんじゃねーか! 止めてくれよなーもう……。俺は昔っから霊感強めなんだよ……」
所謂、ラップ音と言う奴だろうかと顔を青ざめさせながらも、叡智は意を決して襖を開けてみることに決めた。
そう決めたはいいが、中々踏み切れないのは叡智が怖がりだからだろう。
思わず遠い目になり叡智は幼少期の頃を思い出す――曾祖父に恐ろしい物語の数々を吹きこまれ続けたあの頃を。
懐かしさよりも怖い話をして叡智を怖がらせるのが好きな人だったなと言う印象が勝る。
怖い人間は別に何ともないのだが、こと心霊現象や恐ろしい魔獣、滅びた世界などの話となるとそう言う訳にもいかない。
全部、曽祖父が叡智に面白おかしく聞かせてきたことで、軽くトラウマになったほど。
あの衝撃は……忘れない。
「幽霊なんか怖くない……ってかいない。見えないと言うことは存在しないんだ……それに今は昼間だぞ! えーい! いて堪るかそんなもん!」
念仏を唱えるが如く、ぶつぶつと呟いていた叡智であったが、ようやく覚悟を決め、目を固く瞑ると思い切って襖を開いた。
同時にボンボン時計の音が叡智の耳に届き鼓膜を振動させる。
ボーン♪ ボーン♪ ボーン♪
何も起こらない。
何も感じない。
ただ時計の音が叡智の頭の中で余韻として残るだけ。
このままでは埒が明かないとの結論に至った叡智は、恐る恐る少しずつ目を開いていくが――
そこは――普通の和室であった。
ゆっくりと視線を彷徨わせると、障子ガラスの向こうには手入れされた庭も見える。
「なんだったんだよ……びびって損したわ……」
拍子抜けした叡智は安堵のため息を吐くと、何の気なしに敷居を跨ぎ一歩足を踏み入れた。
瞬間、風が吹いたような気がした。
何かが自分の体の中を通り過ぎた感覚がして、いやに心が騒めき鼓動が高鳴る。
はっと我に返り周囲を見渡すが、そこには先程見た和室の面影など全くなくなっており、目の前には有り得ない光景が広がっていた。
びっしりと重厚な本が並ぶ本棚や、材質も分からない
まず部屋の広さからして全く違う。
入る前は12畳ほどの和室に見えたが、今いるのは20畳、いや30畳はあるかと言う大部屋で洋室だ。
様々な用途不明な物で溢れているが雑然とした感じでもなく、きっちりとスペースで分けて整理されているように見える。
そして何より――
唖然とする叡智に向かって突然、"ナニカ"が大音声で話し掛けてきた。
もちろん聞き覚えがない声なのだが、何処か叡智を誘うかのような意志の強さが感じられる。
理解の埒外の言葉がその脳内に響き渡り、思わず叡智は絶句してしまった。
≪よくぞ来た! 我が血脈に連なる者よ! ここは特異点――
こうして異世界への扉は開かれた。
が、謎の声のあまりにも勝手な言い分に叡智は両の拳を硬く握りしめてキレる。
「誰だか知らんが
とは言えこの刻、自らの未来がどうなるのか叡智は予想だにすることができずにいた。
次の更新予定
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