森に籠っていたらいつの間にか『森の賢者』と呼ばれるようになりました

わたがし名人

森に籠っていたらいつの間にか『森の賢者』と呼ばれるようになりました




 気がついたら見知らぬ場所に立っていた。


 ああ、これが噂に聞く異世界転生というやつか。


 ステータスを確認するといわゆる異世界転生セットと呼ばれるスキルを所持していた。


 ひとまず近くの街を目指そう。






 俺が異世界転生をしてから1年。


 俺は街を出ることにした。


 目的地は人が立ち寄ることのない遠くの森。



 この世界に転生して1年、冒険者として活動していたが俺には性が合わなかった。


 冒険者の活動はまぁまぁ楽しかったが、元ニートの俺にとって何よりキツかったのは人付き合いだ。


 なるべく人と関わらないように行動していたが、この世界の人々はお節介な人が多いらしい。


 それが善意からくる行動だとわかっていても人と接するのが苦手な俺には苦痛だった。


 幸い転生セットのおかげで1人で生きていけるだけの力はある。なので人のいない場所でのんびり暮らすことにした。


 目的地は街から遥か北にある超危険地帯の通称『死の森』。


 ここなら流石に人も来ないだろう。


 俺はギルドに他の街に拠点を移すと嘘を言い街を出た。





 街を出発してから数ヶ月。


 いくつかの国を跨ぎようやく辿り着いた『死の森』。


 現在ここは人の立ち入りは禁止されているため監視の目をくぐり抜けるのに苦労したが、森の入り口の前に俺はいる。



 早速森の中へ入る。


 森の中はとてもひんやりとしている。


 日が入らないほど木々が鬱蒼としているのもあるがそれだけではない。たくさんの視線や殺気が俺に集中する。


 流石は立ち入り禁止区域とされた場所。今まで経験したことのない感覚に思わず身震いしてしまう。


 しかしそんなことで怯む俺ではない。


「ふんっ!」


 身体強化をかけると近くの木へと飛び乗る。そしてすぐさま別の木へと飛び移る。


 まるでチンパンジーのような軽やかな動きでその場を離れる俺。




 多数の視線からどうにか逃れることができた俺は森の深いところまでやってきた。


 ここまでくると周囲に気配はなく、ようやく一息つけそうだ。


 そんなことを思っていると、ちょうど良さげな場所を見つける。


 少し開けた場所で僅かだか日の光が差している。


 周囲の安全を確認した俺は休憩することにした。


 無限収納からパンと水を取り出し、少し遅い昼食をとる。



 森に入った直後はどうなることやらと思っていたが、今いるような場所が存在するのならばここで生活するのも難しくはなさそうだ。






 それから1ヶ月後。


 森での生活にも慣れてきた。


 拠点に選んだのは初日に見つけた場所。どうやらここは一種のセーフティゾーンのような場所らしく、魔物が現れることがなかった。


 とりあえず簡易的な小屋を作りそこで寝ることができるようにした。


 今は少しずつこの森の調査を始めている。


 今後ここで暮らすのならこの森のことを知っておかなければならない。


 ちなみにこの森のことを街で調べた時には詳しいことはわからなかった。




 朝、食事の準備を始めていると、


『賢者サマ、おはようございますなのです』


 1匹のウサギがやってくる。


「ああ、おはよう」


 このウサギは森を探索中に倒れているのを助けたら懐かれてしまい、こうして俺の拠点に度々現れるようになった。


 ちなみに言葉がわかるのは転生セットにあった異世界言語のおかげだ。


 どうやら異世界言語は知性のある生き物であれば意思疎通できるようなのだ。



「メシは食ったか?まだなら一緒に食べよう」


『まだなのです。いただきますなのです』


 ウサギと一緒に食事をする。今日の朝食はリンゴとミルクだ。


 食料など必要なものはある程度買い込んで無限収納に詰め込んであるのでしばらくの間困ることはない。




『賢者サマ、今日もお出かけついていってもいいなのです?』


「ああ、いいぞ」


 食事を終え散策の準備をしているとウサギから同行をしていいか聞かれる。


 今日は近くの水場に行くだけなので同行を許可する。




 ウサギを連れ拠点から少し離れた場所にある水場へ到着する。


 森の中にしては大きな池がそこにはあった。


 この辺りも拠点にしている場所同様にセーフティゾーンの1つらしかった。


 どうやら『死の森』は奥に入れば入るほどこうしたセーフティゾーンが点在しているようだった。



「俺はここで釣りをしているからあまり遠くまで行くなよ」


『はいなのです!』


 ウサギに目の届く範囲にいるよう注意して俺は釣りを始める。


 草を食べるウサギを眺めながらのんびり釣りを楽しむ。



 俺はこういう生活を望んでいたのだ。




『釣れなくて残念なのです』


「ん?ああ別に構わないさ」


 今日の釣果はゼロ。いつものことだ。池の水を汲んで帰る支度をする。



『賢者サマ、さよならなのです』


「ああ、気をつけて帰れよ」


 拠点に戻るとウサギは自分の住処へ帰っていく。


 1人で過ごすつもりだったが、こうして話し相手がいるのも悪くない。たとえそれがウサギであっても。


 簡単なもので夕食を済ませ寝る支度をする。


 今日も1日が終わる。





 とある日。


 いつものようにウサギと朝食を食べていると、


『賢者サマ、長老が賢者サマに会いたいそうなのです』


 俺に会いたいという人物?がいるという。


 ウサギの知り合いなら危険はないだろう。


「ああ、わかった」


 俺は会いに行くことにした。




 ウサギの案内で長老と呼ばれる人物?の下へ向かう。


 ウサギの通る道は小さな獣道で、ウサギより大きい俺には大変窮屈な道のりだった。



 そうして苦労して進んだ先に見えてきたのは開けた場所に大きな一本の木がある場所だった。


『長老、賢者サマを連れてきたなのです』


 ウサギが呼びかけると、


『おおウサギ、ありがとう。ようこそお越しくださいました、賢者殿』


 大きな木の上から1匹のフクロウが降りてきた。


 ウサギの知り合いだからもしかしたらと思っていたが、やはり長老は人間ではなかった。


「こんにちは。早速ですが俺に何の用でしょうか?」


 長老と呼ばれるフクロウに用件を尋ねる。


『はい実は…』


 長老が俺を呼び出したのはとある問題を解決してほしいとの依頼だった。



『こちらです』


 長老に連れられやってきたのは大きな岩で塞がれた洞窟の入口。


 この中に動物が閉じ込められているとのこと。


『どうか賢者殿のお力で何とかして頂けないでしょうか』


 頭を下げる長老。


「わかりました」


 そういうと俺は身体強化を使う。


 今回は主に筋肉増強だ。


 上半身の筋肉が盛り上がり、まるでゴリラのような姿となる。


『おお、そのお姿はまさに昔見た賢者殿と瓜二つ』


 薄々気付いてはいたがやはり賢者というのはゴリラのことらしい。


 俺の今の姿は昔街にいた頃、ゴリラみたいだとよく言われていたから間違いない。


「ふんっ!」


 そんなことはさておき、まずは岩をどかすのが先決だ。


 俺は力任せに岩を持ち上げ横にどかす。



 すると、


『ふぅ~、ようやく出られたぜ』


 中から動物が出てくる。


 現れたのは大きなクマ。俺よりも大きく2メートル以上もある巨大なクマだ。


『あんたがこの岩をどかしてくれたのか。サンキューな』


 クマに感謝される。


『ありがとうございます、賢者殿』


『賢者サマすごいなのです!』


 こうして長老の依頼を無事終えたのだった。





 それから日が過ぎ、


『賢者サマ、皆のお願い聞いてほしいなのです』


 あれから俺は賢者として他の動物たちから頼られるようになっていた。


 今更だが、どうやら俺は人として見られていないらしい。


 確かに俺はよくゴリラに似ていると言われていたが、動物からもそう見えているようだ。


 別に容姿を気にするようなこともないし、ここにいられるなら良しとすることにした。



『おう、来たか。今日はよろしくな賢者!』


 今日はクマと一緒に周囲を荒らすモンスターを退治する。




 この森に来てわかったことだが、どうやら森の奥に住む動物たちと一般的なモンスターは別物らしい。


 こうして意思疎通できる時点で何か違うとは別の思っていたが、彼ら動物は精霊、霊獣の一種らしい。


 難しいことはわからないが、要は彼らは俺の敵ではなく良い隣人たちであるということだ。



『流石賢者だな。オレっち1人だとちとキツかったから助かったぜ』


 無事モンスター退治を終えた俺とクマ。


 森のモンスターは他の地域と比べかなり強いが、転生チートのある俺の敵ではない。



 人付き合いは苦手だが、動物たちとの交流は不思議と嫌ではなかった。


 やはりこの森に来たのは正解だったようだ。






 それから時は過ぎ、


 人里では相変わらず死の森は人が立ち入ることができない超危険地帯のまま。


 それでも定期的に調査の手は入っている。


 そんな中とある報告がされるようになった。


 大型の人型モンスターの姿を時折見かけるようになったと。


 その人型モンスターは巨大なクマを伴い、他のモンスターたちを狩っているらしい。


 その人型モンスターは初めて見る個体であった。


 普段は森深くで生活しているのか滅多に見かけることはないが、要注意モンスターとして指定される事となった。



 森の外ではそんな事になっていることを知らない俺は森の賢者として今日も動物たちと仲良く暮らすのだった。


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