終章:愛の結末

「よし、邪魔者は消えた! 今のうちに伴蔵たちを……いや、待って」


ミカは新三郎の家の前で立ち止まった。伴蔵とお峰が裏切るのを止めるだけでは不十分だ。新三郎自身の心が折れてしまえば意味がないし、お露が諦めなければ、いつまでも続くだろう。


「直接、説得するしかないっしょ!」


ミカは震える足を叩き、新三郎とお露、双方に向かって大声で叫んだ。


もちろん、彼らには「天の声」のように響くだけだ。


「ちょっと待て、あんたら! 考え直して!」


「なんだ、今の声は……?」新三郎が耳を澄ます。


ミカは深呼吸し、精一杯の「強気なギャル」を演じた。そうでもしないと、幽霊への恐怖で逃げ出しそうだったからだ。


「新三郎! あんたさぁ、いくら好きだからって、相手の言いなりになってすぐに死んでもいいわけ? あんたの気持ちは、愛は、しばらく経てば消えるような愛なのか? そんなチャラい愛のために死ぬのかよ!」


「なっ……私の愛は真実だ!消えたりしない!」


「だったら証明してみせろっての! それに、そこのお露!」


ミカは恐る恐る、美しいがこの世のものではない顔をしたお露の方を向いた。


「いくら一緒にいたいからって、あんたのワガママで、相手の人生まで奪って、それで満足なのか! 愛する男を殺してハッピーとか、意味わかんないし! それに人間なんて、どうせいつかは死ぬんだよ、それまで待てないのか!」


「お黙りなさい! わたくしはただ、新三郎様と……」


「うるさい! 大体ね、お前が惚れた相手は、時間が経つと忘れて、別の女を好きになるような浮気ヤローなのか!?」


「……え?」お露が虚をつかれたような顔をする。


「もしそうなら、こんな男なんてやめて別のいい幽霊を探しな! なんならあーしが紹介するよ! もっと骨のあるヤツ!」


ミカの滅茶苦茶な提案に、新三郎とお露は同時に叫んだ。


「バカにするな!!」


二人の怒気が混じった霊圧に、ミカは「ひっ」と素に戻って縮み上がったが、すぐに咳払いをして開き直った。


「……ま、そんだけお互い想い合ってるなら、新三郎もお露も『今すぐ』じゃなくて、いいっしょ。愛が本物なら待てるはずだし」


「もちろんだ……」「……わかったわ」新三郎とお露が返事をする。


ミカは二人に背を向けた。これ以上は野暮というものだ。


「テンマ、マイ、これでいいっしよ」


ミカが戻ってくると、テンマが眼鏡の位置を直しながら頷いた。


「ええ。僕は選択肢がない場合なら、死のグッドエンドもしかたないと言うだけで、別の選択肢があるなら、それでいいと思いますよ」


「じゃあ、これからのことは二人次第だからね。帰るよ」


三人は光に包まれ、物語の世界を後にした。


元の教室に戻った三人は、すぐに文庫本を開いた。 文字が、物語が、書き換わっていく。


ミカたちが去った後、新三郎はお札を剥がそうとする手を止めていた。そして、戸の向こうのお露に語りかけたのだ。


『お露、俺が死ぬまで待っててくれ。俺の愛は変わらないから』


その言葉に、お露は涙を流し、首を横に振った。


『私の我儘で、愛する新三郎様の命を奪えません……わかりました、あなた様が天寿を全うするのを待っております』


お露は消え、新三郎は生き残った。 そして、物語はそこで終わらなかった。


数十年後――。 寿命を全うし、白髪の老人となった新三郎が、静かに息を引き取る。 彼がふと目を覚ますと、そこには、あの日と変わらぬ若く美しい姿のお露がいた。


『お露、待たせたね』 『新三郎様……ええ、これからはずっと一緒ですね』


二人が手を取り合い、光の中へ消えていく描写で、文庫本は終わっていた。


「うわ……マジで? 最高じゃん……」


ミカは本を抱きしめ、涙ぐんだ。


「やったー、大成功!」ミカが目を潤ませながら歓喜の声を上げる。


「イエ―!ミッションコンプリート!」マイコは涼しい顔で宣言した。


「やりましたね、これでグッドエンドだと思います」テンマは安堵の息を漏らした。


マイコが楽しそうにハイタッチを求め、テンマも穏やかに微笑んでいる。涙を拭うミカを見て、マイコがいたずらっぽく笑って言った。


「ねえミカ、さっきの啖呵、かっこよかったよ。『別のいい男紹介する』って言ってたけど……ミカに紹介できるような男、いるの?」


ミカは少し鼻をすすりながら、即答した。


「うん、テンマ」


「ぶっ」


横でペットボトルの水を飲んでいたテンマがむせた。 マイコはニヤリと笑う。


「だよねー、そうだと思った」


「ちょ、ちょっとミカさん!?」


テンマは慌てて口元を拭い、真面目な顔で、ぶつぶつ言い出した。


「確かにお露さんは確かに美人でしたが……僕はもっとこう、ゴツくてつよい女性がタイプでして……例えばさっきのビースト化したミカさんのような……」


その言葉に、一瞬の静寂が流れた。 ミカはすっと真顔に戻り、マイコの方を向いた。


「で、次どのバッドエンドな話を編集する?」


ミカは再び、スマホの画面をタップしながら言った。


「じゃあさ、次、『ロミオとジュリエット』にしよーよ!あいつらも早まりすぎだし、あんなに愛し合ってるのに、結局二人とも死ぬとか、最悪のバッドエンドじゃん? あそこは、絶対、親をぶっ飛ばしてでも、薬をすり替えてでも、二人を生き残らせて、ハッピーエンドにするっしょ!」


「ああ、それは有名な悲劇ですね。確かに、僕もグッドエンドに変えるべきだと思います。愛の成就のために生の結末を探しましょう」正気を取り戻したテンマが同意する。


「えー、マイはさ、『銀河鉄道の夜』とかどうかな? ジョバンニが一人だけ残されるって、さみしすぎでしょ? カンパネルラも一緒に戻ってこられるように、友情グッドエンドにしてあげたいな!」マイコが笑う。


「カンパネルラかー。ちょっと難しそうだけど、まあ、それも面白そうだけど。よし、どっちにするか、決めるよ!」


次に狙うのは、愛する二人を救い出すのか、大切な友人を救うのか。


彼らの「グッドエンディングマニア」としての活動は、これからも続く。


愛と、友情と、そして少しの勘違いを抱えながら、彼らは今日も悲しい結末を幸せな結末に改変していく――はずだ。


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GEM グッドエンディングマニア 牡丹灯籠編 しわす五一 @shikousakugo49

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