冒険者ギルド受付嬢の平穏

萌愛字

第1話

ギルドの午後というのは、大体いつも少し眠たい。


昼の喧騒がようやくやわらいで、受付窓口の古い木の枠が陽射しを浴びてぬるく温まる。肘を置くとミーナさんに「姿勢、姿勢」と小声でピシッと叱られるので、彼女が見ていない隙を狙って、こっそりほっぺを机に寄せて目を細める。


あぁー、ぬくい。

_‾ω‾ )_〜♡


このギルドは小さな町の端っこにある古びた建物で、華々しい英雄譚が生まれる場所じゃない。登録されている冒険者はほとんど地元の若者たち。依頼は森の薬草採り、川辺の魚獲り、山の山菜採り。


魔物討伐の依頼なんて…なんて……あれ?

いつだっけ…… まぁーいいや。

_‾ω‾ )_〜⚪︎


さて、そんな油断だらけの時間帯に限って、騒がしい出来事は起きる。今日のそれはドアを勢いよく開ける音から始まった。いつもなら控えめに入ってくるリュッセが、今日は血相を変えて駆け込んできた。

(✿☉。☉)!


透き通るような明るい茶発で、いつも少しはにかんだような笑みを浮かべるリュッセは、この町で育った生え抜きの若手冒険者。


こちらに辿り着くまでに素早く観察。

装備に真新しいキズは見つからない。苦しそうなのは走ってきたからだけ、と判断する。

( •̅ω•̅ )


「すみません! あの、えっと……」

息が先に来て、言葉が追いかけられない。慌てた人を見ると水を飲ませるべきか話を聞くべきか迷うが、リュッセは「話を聞かないと水も喉を通らないタイプ」だと知っていたので、私は黙って待った。

( ㅎ.ㅎ) …


ようやく息を整えたリュッセが、掠れた声で続ける。

「ポポスが……まだ帰ってきてないって聞いて……」


ポポスというのは、最近ギルドに顔を出していた流れの魔術師だ。

銀色の髪を肩まで伸ばし、黒いローブを羽織ったポポスは、二十代前半くらい。穏やかでどこか人を寄せ付けない、でも一度話すと妙に人懐っこい笑顔を見せる。


依頼台帳をめくる。森の奥での薬草採取の依頼を受けていた。出発は早朝、予定帰還は十二時。今は三時になろうかというところ。

「あの、なんていうか……嫌な予感がして」


『嫌な予感』

(; ・`д・´)


冒険者がそれを口にするとき、八割は気のせい。でも残り二割が妙に的中するから厄介だ。特にリュッセは昔から勘が鋭い。


緊急依頼用の申請用紙を引っ張り出しかけたところで、ミーナさんが横からそっと肩をつついてきた。

つついた指はギルドの窓を指し…その窓の向こうに見える町の外へ続く小道を、誰かが歩いている。


ポポスだ。

そして両手に抱えているのは……花束?

( * ॑꒳ ॑*)?


青いリボンでまとめられた色とりどりの野花。森の入り口では見かけないものも混じっている。

私たちの視線を追いかけて、窓の外を見たリュッセの顔が、みるみる複雑な色に変わっていく。


心配が崩れ、安心が広がり、驚き、あきれ、そして……なに、その表情。

( ´•ω•` )


ポポスはギルドに入ってきて、私たちに気づくと軽く会釈し、そのままリュッセの前まで歩み寄った。


「いやぁ、いい天気だから寄り道してさ。そしたら珍しい花が咲いてて。リュッセ、こういうの好きかなって思って……あれ? 違った?」

あまりに自然な流れで手渡された花束を受け取ったリュッセは完全に固まっていた。


その顔色は……見事に真っ赤っか。

( ´ㅁ` ; )


その光景があまりに可笑しくて、私は下を向いて笑いを噛み殺した。横目で見るとミーナさんはもう遠慮なく笑っている。


「……無事ならいいです」

リュッセはうつむきながら小さな声で呟くと、花束を胸に抱えたまま踵を返した。

マントで隠すかどうか迷うそぶりを見せたあと、結局そのまま外へ。

ポポスは少し首を傾げながら後を追い、二人の背中が小道を並んで遠ざかっていく。


(✿ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾ペコリ


事件、と呼べるほどのものではない。

でもこういう、急に他人の感情が揺れる瞬間が、ギルドの日常に静かに波紋を広げる。


窓の外を見ながら机に置いた手のひらには、まだ午後のぬるい温度を感じることができた。


なんでもない一日の、事件なんて言うほどでもない小さな出来事。

でも、きっとこういう小さな出来事を積み重ねて、人は少しずつ“冒険者”になっていくのだと思う。

(* ˘꒳˘)⁾⁾ウンウン



数日後、ギルドに再びリュッセとポポスが現れた。

今度は二人揃って依頼を受けに来た。

リュッセは少しはにかみながら、ポポスはいつもの穏やかな笑みで。


依頼者にサインをするリュッセのマントを留めるブローチが、樹脂に押し花が埋め込まれたものになっていた。あの日の花束から取ったものだろう。

(ΦωΦ)


手続きを終えてギルドを出ていく二人を見送る私に、ミーナさんが後ろからそっと耳打ちする。


--少し前にね。『リュッセの好きな色を知ってるか?』って聞かれたのよ


びっくりしてミーナさんの方を振り返れば、片目をつむりペロッと小さく舌を出していた。

(๑>ڡ∂๑)


…さっすがパイセン。今日は奢りますわ。



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