僕と魔女の動物園~ひきこもりの僕が動物園の経営をすることになったけどカワイイ魔女が隣にいてくれるならヨシ!

シルヴィア

第1話 赤毛の魔女(とってもカワイイ)

 芹沢翼せりざわつばさの家に、魔女がやってきた。


 僕は家から出ない。

 それどころか部屋からもほとんど出ずにいる。

 六畳一間が僕の領域であり、書物とネットが僕の世界を構成していた。

 活字が僕を呼吸させる酸素であり、ネットが僕の世界に光をもたらす太陽だ。


 本物の太陽とは長らく対面していない。

 雨戸は開け放しだが、カーテンは常に閉まっている。

 カーテンからこぼれて差しこむ光が昼夜をしらせた。


 今は夜。

 カーテンからは一条たりとも光が差しこまない。

 書物の言葉は現実の人々が交わす言葉よりも色彩を放ち、ネットに氾濫し映し出されるCGやイラストは現実の景色よりも爛々と輝く。

 それ以上に欲する物など無い。


 コンコン、と音がした。

 コンコン、とする音は三つと相場が決まっている。

 狐の鳴き声か、咳の音か、ノックの音。

 狐がいる訳はないし、僕は咳もしていない。

 となれば残るのはノックの音だ。


 ドアをチラリと見る。

 世界を閉ざして、六畳一間をノアの方舟にして活字やネットの海を漂流するようになってから僕は気付いたのだが、ノックの音には性格が現れた。

 耳を澄まし、ノックをした人物を特定する。


 再びコンコン、と音がした。

 それはどうやらドアを叩く音では無いらしい。

 コンコン、と音がする。

 やはりノックの音だ、と僕は思う。


 注意深くノックの音を聞くと、カーテンの向こうから伝わってくる事に気付く。

 僕は戦慄した。

 なぜならば僕の部屋は2階にあり、窓辺には足場となるようなものなど無いのだから。

 時計を見ると0時丁度。

 真夜中に来訪しながら、いかなる理由から律儀にノックを続けるのだろう。

 僕は好奇心に背中を押されて立ち上がる。


 そろりそろりと足音を潜めて、カーテンに手を伸ばす。

 一気にカーテンを開けた。

 僕がカーテンを全開にした時、奇しくも月を隠していた雲が風に流れて満月が姿を見せる。


 煌々ときらめく月明かりが彼女を照らしだす。

 翼の部屋の窓をノックしていたのは、ホウキに乗った魔女だった。


 彼女はルビーのような赤毛を風になびかせて、エメラルドの目は夜の月明かりで幻想的に輝く。

 透きとおりそうなくらい白い肌をした彼女は黒いハットを被り、黒いローブをまとっている。

 紫色の水晶を嵌め込んだ金色のネックレスと彼女の特徴的な外見が、かろうじて黒いハットとローブを闇から切り離していた。


 市販のホウキとはちがい、枝のように均一性に欠ける柄に両足をそろえて腰かけている。

 僕がカーテンを開けると彼女は窓をノックすることを止めた。

 窓越しに『あ・け・て』と唇を動かす。

 最初はとまどっていたが、風が再び雲を動かして月光から彼女を隠そうとした時、焦燥感から窓を開けた。

 いなくなってしまうかも知れない、消えないで欲しい、と思ったのである。


 解錠して窓を開けると、夜の冷たい風が部屋になだれこむ。

 カーテンは留め具が外れそうなくらいめくれ上がり、乱雑に積み上げられた書物はパラパラと疾風に読まれた。

 ドアはドンドンと軋み、部屋中がごった返す。


 夜風は眼にしみた。

 涙ぐみ目を細めても、ホウキに乗った彼女からは目を離さない。

 予感したのだ。

 退屈な日常を引っ繰り返す突風が吹いてきたのだと。

 逃してはならない、と感じたのである。


 風が吹き止むと彼女は座ったままホウキ、ふわりと窓から部屋へと入った。

 足の踏み場もさだかではない部屋に、突風で姿をあらわした床。

 そこに彼女は足をつけておりたつ。


「今夜は冷えますね」


 それが僕の前にあらわれた彼女の第一声だった。



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