裏アカに投稿した「魔法使い募集」が本物の異能者を引き寄せてしまった。

源 玄武(みなもとのげんぶ)

第1話 銀髪賢者の訪問

 朝のキャンパスは、やけにキラキラして見えた。

 いや違う。目が霞んでるだけだ。寝不足で。


「……またレポート三本重なってるじゃん……教授たち、会議で結託してんの?」


 佐倉誠は、大学という場所に対する信頼を五割くらい失っていた。

 特に三限の社会心理学講義と四限の情報処理概論、この二つが揃って課題を出す日は“滅亡の日”として学生たちに恐れられている。


 誠は机に突っ伏し、隣の席の友人にボールペンを投げられて起きた。


「おい誠。昨日のバイト、また延長させられたって?」


「うん……。閉店前に来たお客さんが“レシート無くしたけど返品したい”とか言い出してさ……」


「地獄じゃん」


「地獄だよ」


 二人して無言になる。

 この大学、割と自由で居心地は良いのだが、社会は容赦なく学生をすり潰してくる。レジ打ちもそうだし、レポート量もそうだ。


 誠の心はすでに枯れかけていた。


 家に帰ると、直行でベッドに倒れ込む。

 そしてスマホを取り出し、裏アカウントを開く。


 フォロワー数は少ない。けど、なぜか最近じわじわ増えている。

 自分でも理由はよく分からない。


「さーて……今日も現実逃避するか……」


 タイムラインには、雑に作られたミーム画像が流れてくる。


『課題に追われる大学生の画像』

『バイトと学業を両立する者は勇者である』

『教授「締切は前倒しにします」学生「異世界転生してえ……」』


「だよな……異世界いきてぇ……。いや、異世界で働くのは嫌だな……逆がいいな……」


 誠はごろりと寝返りを打ち、指を動かす。


 脳が半分寝ていたせいで、妙なテンションになっていた。


 そして――やらかした。


『【募集】異世界で疲れたので現代で事務仕事をしてくれる魔法使い求む。時給1200円〜。コーヒー飲み放題』


「……ふふっ、バカだこいつ……いや俺だ……」


 自分で笑って、自分で虚しくなり、スマホを顔に乗せたまま力尽きる。


 ふと画面が光った。


《既読》

《興味があります》


「……は?」


 だが誠は睡眠には勝てず、そのまま画面を閉じて寝落ちした。


 この“既読”が、人生をぶっ壊す第一歩だということに気づくのは、翌朝だった。


 ――ピンポンピンポンピンポンピンポン!!


「……は? 早朝の嫌がらせ……?」


 誠は眠気で意識が朦朧としたまま玄関へ向かった。

 時計を見ると、朝の七時半。学生にとっては暴力的な時間だ。


「もしもし……どちら様ですか……?」


 ドアを開ける。


 そして誠は固まった。


 銀色の髪が光を受けて揺れていた。

 まるで雪を溶かし込んだような白。

 瞳は深い蒼。

 整った顔立ちの少女が、澄んだ声で言った。


「おはようございます。応募に来ました」


「……はい?」


「昨日の投稿を拝見しました。“魔法使い募集”。あれです」


「……あれ……?」


 誠の脳内で、昨日の自分の悪ふざけが再生される。


『異世界で疲れたので現代で事務仕事をしてくれる魔法使い募集』


「あれって……あれ……?」


「はい。私は魔王討伐を終え、休暇でこちらの世界に来ました。時給1200円で働かせていただきます」


「いやいやいやいやっ!!」


 誠は慌てて周囲を見回す。


 カメラは?

 スタッフは?

 YouTuberのドッキリ?

 宗教勧誘の新しい手口?

 コスプレイヤーの撮影?


 しかし少女は気品ある姿勢のまま、平然としていた。


「まずは面接を受けたいのですが、よろしいでしょうか?」


「待って! 整理しよう! まず君は誰!? 名前は!?」


「ルナ。ルナ=エルフェリア。Sランク賢者です」


「“Sランク”って何!? RPGの世界の話!?」


「そちらの分類体系で言うと、一番強い、という意味です」


「やめてその分かりやすい説明!」


 誠は目を覆った。


やばい奴来た……!


 それしか思えなかった。



「すみませんがお帰りください! ここ大学生のアパートなので! 魔法使いの職業紹介所とか無いので!」


「ですが応募に——」


「応募は!!あの投稿は!!悪ふざけで!!」


「……」


 ルナはじっと誠を見つめた。


「やはり、面接のために“実力の開示”が必要でしょうか」


「いや、いらないいらない!!」


「では、少しだけ」


「聞いて!? 俺の話聞い……って何してんだああああああ!!」


 ルナが空中に手をかざした瞬間。

 青白い魔法陣が――光った。


 誠は素で叫ぶ。


「出たぁぁぁ!! ガチの魔法陣!!」


 魔法陣から流れ出した光が、部屋の片隅にあった壊れかけの電子レンジを包む。


 次の瞬間。

 レンジは新品同様になっていた。


「……修復。これが魔法です」


「なんで!? どうして!? うちのレンジ、保証期間切れてたのに!!」


 誠は両手で顔を押さえる。

 物理学も工学も電気保証も、全てが無力化された瞬間だ。


「では、雇っていただけますね?」


「いやその理論飛びすぎてない!? でももう……何も言えねえ……」


 誠は膝から崩れ落ち、敗北を認めた。


「……とりあえず、中入って……話そう……」


「はい、失礼します」


 ルナは優雅に部屋へ入っていく。

 その一歩一歩が、誠の平凡な生活にとって完全なる“侵略”だった。



 中に入ったルナは、きょろきょろと部屋を見渡した。


「これは……“巣穴”ですね?」


「失礼な!? 一応大学生男子の平均的なワンルームだから!」


「平均的、というのは“最低限の環境”という意味でしょうか」


「そういう解釈やめて!!」


 誠は頭を抱えつつ事情を説明する。


 ――投稿は冗談。

 ――魔法に関わると危険。

――この世界には身分証が必要。

 ――大学に来るのは絶対にダメ。


 ルナは時折首を傾げながら聞いていた。


「つまり、私があなたの雑務をこなし、対価として“時給1200円”を貰う。これが契約内容ですね?」


「雑すぎるまとめだけど……まあ合ってる……」


「寝る場所はありますか?」


「ベッド……は俺のだから……床に布団敷く? いや、ベッド譲ったほうがいいのか……?」


「いえ。床で構いません。柔らかすぎると魔力の循環が乱れますので」


「何その理由!?」


「それと、現代料理というものを食べてみたいです」


「あ、食費は……まあ、俺が出すよ……」


「では働きます。私はすぐにでも動けます」


「そんな即戦力みたいに言われても!!」


 こうして――

 “時給1200円でSランク賢者を雇う”という、悪夢のような契約が成立した。




「ここが“コンビニ”……常時開いている商店……すごい文明です」


「魔法使いに文明を褒められるの、なんか嬉しくないんだが……」


 ルナはレジの前で財布代わりの小袋を取り出し――


「魔力を流せばよいのですか?」


「やめろ!? 電子マネーに魔力流すな!! 破壊される!!」


「では、温めは私が——」


「やめろっ!! 店燃える!!」


 店員が不審そうにこちらを見ている。

 誠はもう泣きそうだった。



「これが“スマホ”。魔導書に似ていますね」


「そんな高級なもんじゃないよ……」


 ルナは画面を見つめ、指でスクロールしてみる。


「……理解しました。これで裏アカも覗けますね」


「やめろォ!?」


「“裏の人格を発信する書”……素晴らしい文化ですね」


「語彙のせいで不穏すぎんだよ!」




「まずは掃除から始めます」


 ルナが手をかざすと、ホコリが無になった。

 消滅した。


「いやその魔法はやりすぎ!! 掃除機泣いちゃうよ!?」


「洗濯も任せてください」


 干す前に乾いていた。


「それ乾燥技術の暴力すぎる!!」


「ご飯は光魔法で炊けます」


 ふっくらツヤツヤのご飯が五秒で完成していた。


「米農家に謝れぇぇぇ!!」


 誠はとうとう開き直る。


(……まあ、便利だし……いっか……)


 まだ誠は、“これは変な同居イベントの延長”くらいに思っていた。

 本気で状況を受け止めるのは、もう少し先だ。



 夜の路地裏。

 薄い霧の中、黒いコートの男がしゃがみ込んでいた。


 アスファルトには、昼間ルナが使った魔力の残滓がうっすらと漂っていた。


「……間違いない。これは“異世界式魔力”」


 男は指先で魔力痕をなぞる。


「この世界に存在しない波長……帰還者か」


 彼の瞳が狂気じみた光を帯びる。


「……異世界帰還者を確認。追跡を開始する」


 その声は人間のものとは思えないほど冷たかった。


 こうして――

 誠の“くだらない悪ふざけ”は、裏社会と異能者たちの争いへとつながり、世界を揺るがす事件の幕を開く。


 まだ本人は、そんな未来など想像もしていない。

 だって今は――


「誠。ご飯が炊けました。三秒で」


「その早さは人類の敗北なんだよ……」


 そんな他愛もない日常の中にいたのだから。

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2025年12月19日 12:00
2025年12月26日 12:00

裏アカに投稿した「魔法使い募集」が本物の異能者を引き寄せてしまった。 源 玄武(みなもとのげんぶ) @123258

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