リモコンと私
白井ソソソ
リモコンと私
昨今の家庭用電気器具はよく喋る。
朝の目覚ましはもちろん、米が炊けた時も、風呂が沸いた時も、冷蔵庫が開けっぱなしの時も何くれとなく喋って私の世話を焼いてくれる。
好きなアーティストの新曲が出れば教えてくれるし、レシピに困れば冷蔵庫にあるもので最適の一品を紹介してくれる。上司からのメールを読み上げて、当たり障りのない文面で返信してくれるスマートフォンには頭があがらないし、しょっちゅう鍋を吹きこぼして注意を受けているのに、何度繰り返しても怒らないガス台は優しい。追い焚きをしたのになかなか風呂に入らないと、給湯器は拗ねてしばらく口を聞いてくれない時もあるが、それでもやっぱりかわいい奴だ。
そんな家庭用電気器具たちだが、私が手を焼くおしゃべりもいる。それがリモコンだ。リモコンとは、テレビのリモコンを指す。
最近のリモコンというやつは、エアコンの操作をしたり、掃除機を可動させたり、起床に合わせてカーテンを開けてくれたりするようだが、私の家のリモコンはテレビしか操作できない。逆に珍しいタイプらしい。とにかくテレビが好きな奴で、私よりも真剣にテレビを見ている。そのせいか私よりも余程世情に詳しい。
誰それがアイドルグループから脱退しただとか、誰それが不倫して離婚しただとか、今年の秋刀魚は不漁らしいとか、逐一私に教えてくれる。言っておくが私はアイドルグループには詳しくないし、芸能人の不倫にも興味はないし、秋刀魚はそこまで好きではない。
けれどわざわざテレビをつけるのは、リモコンが「テレビをつけろ」とうるさいからだ。帰宅すると、おかえりの挨拶の後にはもう「テレビをつけろ」だ。朝はニュース番組をあちこち見たがるし、ワイドショーもチェックしたがるし、夜のニュースやドラマは欠かせない。見たがる、というよりも、正しくは私に見てもらいたがるのだ。
「どうだ、傑作だろう」
と言って、なぜか誇らしげにお笑い番組を見せてくる。
私はそういった誘いを無下に断ることができないタイプで、押しに弱い自覚がある。そのせいでリモコンに押し切られて、お笑い三時間スペシャルなんて番組を最初から最後まで見てしまったりもする。興味がないとばっさり切り捨てることができないのだ。たとえ相手がリモコンでも。
「俺はそろそろ電池が切れる」
ある日、リモコンが自分から申告した。
「ふうん」
「新しい電池を入れてくれよ。単三をふたつだからな」
「うん、わかった」
私はこれ幸いにと、しばらくリモコンを放っておこうと考えた。
しかし私の態度でリモコンは何かを察したらしい。
「俺のこと、やっぱりいらないんだな」
リモコンは泣いた。
私は「そんなことはないよ」と取り繕って単三電池をその場で注文したが、リモコンの電池を交換することはなかった。
あれほど毎日おしゃべりしていたリモコンが沈黙して、そのまま一ヶ月、二ヶ月と経つ。今時、テレビなんてなくても生きていけるのだ。ニュースはもちろん、娯楽にも事欠かない。テレビ番組なんて正直くだらないし、興味はない。
そんな生活が半年くらい続いたと思う。
ある日、ふと気まぐれに思い立ってリモコンに放っておいた電池を入れてみた。
「なあ、やっぱり俺がいないと寂しいだろ?」
単三電池をふたつ。背面を開けて入れた途端にリモコンは目覚めた。そんなリモコンに私は素直になれない。
「寂しかったのかな? わかんないけど、たまにはテレビ見ようかなって思ってさ」
目覚めたリモコンはすっかり埃をかぶっていて「綿棒を使うと埃が取れる」と主婦のようなアドバイスをしてくる。アドバイス通りに綿棒で数字の隙間を縫うように掃除をしていると、しんみりとリモコンがため息をつく。
「俺は、すごく寂しかった」
リモコンは私と違って素直だ。
テレビ番組はくだらないけど、だからと言ってくだらないは悪じゃない。寂しがり屋のリモコンは、感無量といった様子でさっそくテレビを食い入るように見ている。
なるほど、みんな寂しいのかと私は腑に落ちる。家電だって寂しい。だからつい、テレビをつけてしまう。寂しがり屋はテレビをつける。少なくとも、リモコンはそう言う。本当かどうかは知らない。
リモコンと私 白井ソソソ @shirai_sososo
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