俺たちが殺したラベルマン
白井ソソソ
俺たちが殺したラベルマン
ラベルマンが殺された。
あくまで噂だが、頭を鈍器のようなもので殴られた末の失血死だったらしい。犯人はまだ捕まっていない。一週間ほど前のことだ。
警察車両が消えて、立ち入り禁止の黄色いテープが消えて、写真を撮っていく奴らが消えたらすっかり街は元通りになって、なんならラベルマンがいないほうが街がすっきり綺麗になったくらいに見えるので俺は一人モヤる。
だから俺のこのモヤモヤとしたものが消えてしまう前に、俺の知るラベルマンのことを残しておきたいと思う。
ラベルマンは駅前に現れた。必ず朝の10時。狂いはない。
ぼろぼろのニット帽をかぶっていて、いつも同じコートを羽織っていた。ラベルマンがそこそこ小綺麗に整えられた駅前に立っていると、強烈な異物感があった。浮浪者に見えるが、実際のことは誰も知らない。住んでいる場所も知らないし、もちろん名前も知らない。男だと思っていたが、もしかすると女だったかもしれない。ラベルマンの認識はせいぜいそんなものだ。
ラベルマンがなぜ「ラベルマン」と呼ばれていたかというと、いつもガムテープのようなものに文字を書いては、それを几帳面に長方形に切ってあちこちに貼り付けていたからだ。まるでラベルのように。「居酒屋てっぱち」「国道32号」「靴底」「青田君」「降水量」「湯呑み」これは俺が見つけたラベルマンの書いた文字だが、意味があるのかないのかは、ラベルマンしか知らない。規則性も感じられないし、読めない漢字らしきものが連なっている時もある。こういうものが、駅前のあちこちの場所に貼り付けられているのだ。誰でも理解できると思うが、要は不気味だったということだ。
最初のうちは駅前に居座るラベルマンをなんとかしようと駅の職員も頑張っていたようだが、結局は諦めたようだった。諦めというか、見放したというか、傍観することにしたというか、そういう曖昧な感じで放っておかれることになった。
だけど、いつ頃だっただろうか。いつの前にか「ラベルマンの貼り付けた文字を見つけたら良いことがある」みたいな風潮が生まれた。SNSに見つけられたら、あっという間にエンタメになる。ラベルマンみたいな不気味で得体の知れない奴でもそうなるらしい。高い場所から大勢で狂った人間を見下ろすのは良い娯楽だろう。話しかける奴が出て、付きまとう奴が出て、ラベルマンのラベルを欲しがる奴が出て、集める奴が出て、消費され尽くした後に殺された。
なぜ殺された?
俺が知るわけがない。
ラベルマンを殺した奴は、ラベルマンのラベルが欲しかったらしい。自分に都合の良い言葉が書いてあるラベルが欲しかったらしい。もちろん、あくまで噂だが。噂、噂、噂。全部が噂だ。噂の出どころはSNSで、俺もそれに踊らされている。とはいえ、ラベルマンのラベルなんて、ただのガムテープに書かれた文字なので、この街にはそんなものを欲しがるやばい奴が住んでいるわけ? と俺はびびる。噂に対してびびる。犯人はもちろんだが、ラベルマンを持ち上げて、わけのわからない付随効果をつけて盛り上げ、その死すらエンタメで消費しようとしている群衆もこわい。もしかするとこの街の人間が全員で一緒になって、「せーの」でラベルマンを殴ったのではないのか? なんて俺は考えてしまう。もちろんそこには俺も含まれていて、俺も一緒に笑顔で拳を振り上げている。
駅前にはラベルマンが貼り付けたラベルがいくつか残っている。その中には「地獄」と書かれたラベルがある。
地獄か、ラベルマン。俺が「わかる」と言ったら、ラベルマンは怒るだろうか。だって天国に比べて、どうして地獄はこれほどリアルに感じられるものなのか、俺だって不思議に思っているところなんだ。
俺たちが殺したラベルマン 白井ソソソ @shirai_sososo
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