THE AGE

ネコビッツ

第1話:SEA SIDE PALADE

最近同じ夢ばかりを見る。

 大きな舞台でマイク向かって立つ景色。

 これが一体何なのかはわからない。

 願望なのか妄想なのか後悔なのか。

 "あの日"以来定期的に何度もこの「夢」を見る。

 まるで自分を奮い立たせようとしているかのように。


PiPiPiPi PiPiPiPi

 軽快な音が耳元で鳴り響く。

 その音で目覚めた彼は手で枕元の音の発生源を探り、それを手にする。

 寝起きで上手く開かない目を精一杯開き、画面の「停止」をタップした。


 ああ…またこの夢か…。


 そう心でつぶやく彼はゆっくりと起き上がり、ベッドを後にする。

 この夢を見るようなったのはあるきっかけがあった。



 ーーーー3か月前。

 特別仕事が出来ないわけでもなく、そつなく業務をこなす日々。

 平日はいつものように仕事をし、家に帰れば好きなことをする。

 お休みには友人と出かけたり、一日中家でダラダラしてみたりとなんの変哲もない、普通の生活を送っていた。


柄家がらか、お前昔フェスとか興味ある?」

 プリンターの前で職場の同僚である佐々木ささき良弥りょうやに声かけられた青年、柄家星二がらかせいじは突然の質問にへ?と反応する。


「俺の姉貴の彼氏がバンドやってんだけど、今度フェスに出るらしくてよ」


「へえ、フェスに出れるとか普通にすごいじゃん」


 プリンターで資料のコピーを取りながら会話を進める。


「それでチケット確保してくれるらしくて、よかったら行く?久々にそういうのもいいじゃないかなあって。あ、チケット代はかかるからね。チケットを取っておいてくれるってだけで」


 星司せいじは手を動かしながらも「そうだねえ〜」と少し斜め上見て考える。


「暫く行ってなかったし、久々に行ってみたいかも」


 おっ、と良弥りょうやはポジティブな返しに思わず笑顔になる。


「じゃあ、詳しい日程とかはまた連絡するから!楽しみだなあ!」


 別れを告げ、良弥が自分のデスクに戻るのを見守りながらコピー機から出てきた資料をまとめつつ心の中では気持ちが弾むのを感じていた。


「フェスとか久しぶりだなあ。佐々木の姉ちゃんの彼氏がバンドやってるなんて初めて聞いたけど、地元の若手のフェスとかそんな感じなのかな。」


「何独り言しゃべってるんですか??」


 ぶつぶつと言っていると後ろから髪を肩ぐらいの長さに揃えた小柄な女性が話しかけてくる。

 彼女は池田いけだつくし、星司の同じチームの後輩にあたる。


「びっくりした!?あ〜佐々木が今度フェス行こうって誘ってきてね。それで行くことになって」


「そうなんですか!?私も今年の夏行きますよ!柄家さん音楽好きだったんですね。ちなみになんのフェスなんですか??」


「まぁ昔はよく行ってたんだけどねえ。それが聞きそびれちゃってさ。何でも佐々木の姉ちゃんの彼氏さんがバンドやってるらしくて。」


 へえと目をまんまるにして話を聞くつくしの方にコピーを終えまとめた書類を抱えながら向き直す。


「私は今年の夏も行きますよ!"シーパレ"!」


 《シーサイドパレード》

 公式には英語表記で《SEA SIDE PALADE》となっている。

 九州の港町で開催される音楽フェスである。

 毎年、東京ドーム一つ分満たないくらいの海辺の公園で開催される地元民に愛されている音楽フェスで、よく聞く大型フェスに比べるとさすがに規模は劣るが、出演アーティストが発表される頃には地元誌やラジオ、テレビで大きく話題になる。

 もともと盛り上がりもすごいフェスではあるが、ここ数年で県外の音楽好きの間でもロケーションも含め話題性が強くなり、最近では会場が参加者でパンパンに埋め尽くされるほどになった。


「確かに池田さん毎年行ってますよね…」


 ハハ…と尊敬に近い呆れたような笑いを含みながら星司は言う。


「やっぱりフェスは最高ですよ!行っても行っても全く飽きないですね!」


屈託のない無邪気な笑顔で話すつくしをみて、わからんでもないが…思っていると後ろから少し前に聞いた声が聞こえてきた。


「お、つくしちゃん今年も行くんだねシーパレ!」


「そうなんですよー!元々地元で愛着もありますし、何より今年は…」


「うちの姉貴の彼氏も出てるらしくてさ、俺らも行くからよろしくね!」


「えー!そうなんですか!?めちゃくちゃすごいですね!」


あっ、行くフェスってシーパレなのね。と突如発覚した事実を心の中で理解しつつも咄嗟に驚きが生まれる。


「え!?シーパレに出るの!?」


なぜ、星司が驚いているのか。

 それも無理はない、実のところ開催される港町は星司の地元なのだ。

 冒頭に書いたように星司もかつてバンドをして、大きなステージを夢見ていた。

 さらに地元バンドにとってそのイベントは大きな憧れの一つなのだ。


「めちゃくちゃすごいじゃん…!びっくりしたよ…。」


 まさかの流れに思わず声が大きくなる。


「だったら今年は皆さんで行きましょうよ!」


「おー!たしかにそりゃいいね!柄家もいいだろ!」


「ま、まぁ俺は全然…」


 立て続けに知る事実に驚きを隠せないでいる星司であったが、自分でも感じるほど内心どこかで僅かに高揚を感じている自分がいる。


「せっかくならグループ作りしょ!」という池田の提案によりメッセージアプリで3人のグループを作り、連絡先を交換する。


「詳しいことがわかったらまた連絡するな!」


 その日はそれ以降フェスに関して会話することもなく、帰宅する。


 ご飯やお風呂を済ませ、ベッドの上でスマホを開き検索アプリを起動する。


「えーっと…『SEA SIDE PALADE 出演者」 と…」


 画面の虫眼鏡マークをタップすると該当するサイトの一覧が表示され、公式サイトを選択するとサイトの初めに出演者入りのフライヤーが表示される。


「なんか今年有名どころ多いな…『LAST DANCE』に『BLUE WALL』…。え!『田畑田(タバタデン)』出るじゃん!…ゲッ…。」


 名だたる日本を代表するアーティストが並ぶ中とあるバンド名が目に入る。


「だから今年やたらと話題なのか…。」


 多くは語らずそのままアプリを閉じる。

 そのまま動画配信アプリを開き、心の何かを掻き消すようにいつものように深夜まで動画を漁るのであった。


 それから時折佐々木と池田とフェス当日の動き等を確認しながら普段と変わらない日々を送り2ヶ月後、ついにシーパレ開催当日。


「来たぜシーパレー!!」

「来ましたねシーパレー!!」


 入場ゲートに差し掛かり擦り合わせたかのように興奮して突然同じことを叫びだす2人に驚きつつも、内心では自分もそう感じていた。


「良弥さんは今年のお目当てのバンドいますか??」

「いやぁ、なんやかんやで姉貴の彼氏さんのバンド好きなんだよね〜。でもやっぱり『BLUE WALL』かなぁ」


「良弥さんぐらいの歳だとまさに青春のバンド!って感じですもんね!いってもそんなにかわらないですが!」


「いやぁそうなんだよねぇ!言ったら正直今回5割はそのバンド目当てだし。つくしちゃんは?」


 この2ヶ月、妙にこの3人は絆が深まり2人は「良弥さん」「つくしちゃん」と呼び合う仲にまでなっていた。

 もちろん星司のことも「星司」「星司さん」と読んでいるが、当の本人は慣れないのもあり今だに名字にさん付けである。


「私はやっぱり『オーブル』ですね!」


 オーブル。正式名称は『オーガストブルーム』。

星司の地元出身のバンドで、現在は海外公演も行うほどの人気ぶり。

 ドラマや映画、アニメの主題歌などのタイアップに引っ張りだこの大人気バンドである。


 その名前を聞いた瞬間、思わず顔が引き攣る星司。


「どうしたんですか?」


 表情がこわばる星司に気がついたつくしが声をかける。


「いや、なんでもない。それよりほれ、入場ゲート通るぞ。」


 3人は入場ゲートでチケットを提示し、それぞれ手首に参加者の証のテープがまかれる。


「ステージ正面辺りの芝生に基地を作っちゃいましょう!」

「あちぃから俺は飲み物買ってくる!俺ビール飲むけど2人はどうする??」


 ゲートを通り終えた3人は各々役割分担の話をしながらステージ近くの芝生エリアに歩みを進める。

その間やたらと後ろがザワザワするなぁと感じていたが、この3人同様アドレナリンが出ている人間がこの会場を埋め尽くしているのだから、気のせいだろうと思っていた。


「星司!」


 突然背後から声をかけられ、思わず体がビクンと跳ね上がる星司。

 急になんだとなる3人が振り返るとそこには、高身長にすらっとした身体つき、セミロングのおしゃれな黒髪を揺らしオーラ満載で笑顔で立つ男がいた。


「よ、よう…、祐介ゆうすけ。」


 その姿に一瞬驚くが、すぐにその顔は苦笑いに近い笑顔に変わる。


 

 この時、この男に再会してしまったことが柄家星司の運命を大きく変えてしまう始まりとなるとは、誰も思っていなかった。

 突然現れたこの男1人を除いて。


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