第22話【Side:魔王】 聖女の襲名

 魔王ゼウロンが魔王国の王都・アムダリヤを出発してから十日後。魔王一行は、小さな丘の上に到着していた。


「魔王様。あそこに見えますのが、エトワの街でございます」


 魔族の幹部ジスランが、ゼウロンの斜め後ろから説明を加えた。

 丘の向こうには、小さな街が見えていた。人口はせいぜい二、三千人程度だろうか。ただし、人口は小さいものの、カーペンタリア王国との国境近くの街として建設されたため、規模のわりには頑丈な城壁を備えている。魔王はうなずいて、


「ここに来るのも、ずいぶん久しぶりのような気がする」

「真祖たる魔王様においでいただけたのですから、街の者たちもさぞかし、喜ぶことでしょう」


 魔王に向けて改めて一礼しながら、ジスランが言った。

 彼が礼を向ける魔王は、重厚で漆黒の全身鎧を身につけていた。頭には兜をすっぽりかぶっているので、どんな表情をしているのか、外からうかがい知ることはできない。今は敵と面しているわけではないのだが、ジスランの進言もあってか、ゼウロンは魔王に就位して以来、この姿を変えたことがなかった。

 四天王であるドレアムやゼルファーが「もう少し休まれた方が」と言っても、魔王は「カーペンタリア王国を滅ぼすまでは、心も体も休めることはない」と言って聞かなかった。兵たちが就寝している夜の間も、その例外ではなかった。


 そもそも、死から蘇った反魂者には、眠ることなどできないのだから。


 魔王たちは、丘を降りて街へ向かった。入り口には警備の兵がいたものの、ゼウロンの名を聞きその姿を目にした番兵は、最敬礼して一行を通した。

 街に入ると、ジスランは街おさの宅へ向かい、彼以外はそのまま宿に入った。小さな街のため、長の公邸などはなく、そこに泊まることはできなかったからだ。ただ、現在魔王に同行しているのはドレアム、ゼルファー、ジスランといった魔族幹部の他には、数十人程度のごく少数の兵だけである。宿や長の関係者の家を借りるなどして、なんとか部屋を取ることはできた。 

 やがて、長の家からジスランが戻ってきた。そして、魔王の部屋で待っていた魔王と四天王二人に向けて、状況を報告した。


「住民たちは、魔王様を厚く歓迎しております。が、街全体の活気は、あまりないようですな。ヒト族の住む街が近いこともあって、ヒト族からの襲撃がときどきあるとのことでした。

 厚い城壁のおかげで、街への侵入はなんとか防げてはいるようですが、中には街の外で襲われ、殺されて財貨を奪われた住人もいるようです」

「こうして我々が来た以上、そのような賊を生かしておくわけにはいかぬ」

「まったくそのとおりです。が、少々問題ではありますな。魔王様の御復活からまだまもなく、魔族をまとめての戦いは始まったばかりとあって、今回引き連れている兵は多くありません。賊対策に人手を割くとなると、肝心のカーペンタリア王国へ向ける兵が、ますます少なくなります」


 ドレアムの言葉にうなずきながらも、ジスランはこんな懸念を述べた。

 だがゼウロンは、側近の言葉に首を振った。


「ジスラン。おまえはまだ、わかっていないようだ」


 そして続けて、


「私も、そこにいるドレアムもゼルファーも、反魂者となってただ蘇ったのではない。筆舌に尽くしがたいほどの恨み、怒り、そして和らぐことなど決して無い永遠の復讐心をもって蘇ったのだ。おまえも知っているように、こうした感情を伴った復活は、時として復活した者を変質させ、その者に絶大な力を与える。

 我が軍が寡兵で出撃したのは、兵をまとめる時間がなかったからではない。我々だけで、十分だからだ。この街を通る道を選んだのも、単に我々が良く知っている道だから、それだけの理由に過ぎぬ。この単純な事実を、やがてはおまえも知ることになるだろう」

「ははっ、失礼いたしました」

「残る問題は、賊がどこに潜んでいるか、だな。力はあっても、それを差し向けるべき場所がわからないとなると──」

「その心配はございません」


 突然、部屋のどこかから声が響いてきた。驚き、とっさに戦闘態勢に入ろうとするジスランたち。しかし、ゼウロンは身じろぎもせず、


「デミーロか」


とだけ返した。するとその声に応じて、魔王の背後、部屋の入り口近くに一人の男が姿を現した。それまで使っていた隠密のスキルを解いたのだろう。タキシードのような黒の服を身につけ、この世界では珍しいくせ毛の黒髪を、肩まで伸ばしているのが見える。そこに現れたのは魔王軍四天王の残る一人、デミーロだった。


「はい。魔王様の命を受け、カーペンタリアの情勢を探っておりましたが、少々報告しておきたいことができましてね。いったん戻って参りました」

「そうか。ところで、賊の場所を知る心配はない、と言っていたな」

「先ほど話されていた賊というのは、隣にあるヒト族の街、エリートンの住人だからですよ。山賊として街の外にねぐらを持っているのではなく、堂々と街の中に住み、堂々と街の検問を通っているのです。中には、正規兵でありながら賊に加わっているものもいるようですね」

「ふむ。なんとも卑怯千万な行いだな。実に、あいつららしい」


 ゼルファーが息巻く。ゼウロンは納得したと言った表情で、


「なるほど。つまり隣の街を攻め滅ぼせば、同時に賊も滅びる、と言うことか」

「そのとおりです」

「では、明日にでもここを出発することにしよう。それで、おまえが急いで報告したかったこと、と言うのは?」

「はい。カーペンタリア王国で、次代の聖女が選定されました。聖女は既に襲名の儀を終えており、魔族軍との戦いに加わるため、すでに王都をった、とのことです」


 デミーロの言葉に、部屋の中はしんと静まりかえった。


 やがて、くつくつという、忍び笑いの音が漏れてきた。それはすぐに嘲笑へと変わった。笑っていたのは、ゼウロンだった。ゼウロンはひとしきり笑うと、


「……とうとう動き出したか。となればいよいよのこと、私自ら、聖女を出迎えに行かなければなるまいな。ではデミーロ」

「はっ」

「おまえには引き続き、カーペンタリア王国の諸情勢を探るよう命じる。この私がいる限り、我が軍の勝利は揺らぐことはない。かの国の滅びは、既に定まっている。が、魔族からでる犠牲者の数は、できるだけ少なくしたいからな。我が軍側に臨機応変の対応ができるよう、敵軍の動きをつかんでおいてくれ」

「承知しました。

 ところで魔王様。私の方からも、一つお願いがあるのですが」

「お願い? なんだ」


 ゼウロンはいぶかしげに尋ねた。配下から魔王に頼み事をするのは、かなり珍しいことだったからだ。デミーロは改めて深く頭を垂れて、


「先日、私は四天王の一人として、『デミーロ』の名を授かりました。が、私には両親につけられ、多くの仲間や友人たちに呼ばれてきた、元からの名前があります。ですので、新たな名を授かるのは光栄ではあるのですが、元の名に戻していただきたいのです。

 特に魔王様。あなたには以前から呼んでいただいていた名前で、私を呼んでいただきたいと思っておりす」

「……そうか、わかった。それでは特例として、おまえを四天王に任じたまま、名前を戻すことを認めよう」

「ありがとうございます。私が、この身も心も捧げ、永遠の忠誠をお誓いするのは、あなただけです」

「うむ。では頼んだぞ、ハイライン・・・・・


 その翌朝、魔王一行はエトワの街を出発した。


 カーペンタリア王国に向けて、魔王がいよいよ、本格的に動き出したのである。



──────────────



 これにて、第1章は終了となります。旅の仲間が一人増え、主人公はいよいよ、本格的な旅に出ることになりました。2章では、旅先で出会ったとある事件を解決しながら、仲間をもう一人増やす予定です。いや、一人じゃなくて二人かな? この先もマリーたちの冒険を見守っていただけたら幸いです。


 それから、もしもこの話が気に入っていただけましたら、レビューやフォローをいただけたらうれしいです。作者にとっては、はげみになりますので、よろしくお願いします。


 あ、それからもうひとつ。1章が終わってちょうど区切りもいいので、今年の更新はここまでとしたいと思います。次回更新は、3が日を過ぎたあたりを予定しています。


 それでは皆さん、良いお年を!



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召喚されたおおまか聖女は、ハッピー・エンドを希求する ココアの丘 @KokoaNoOka

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