【聞いて驚け!】たいりょく値は270だけど、攻撃力外三項目の値が729百万のゆうしやとは人呼んで俺のことである

梛猫ブラン《勇者774》

第一話 其はありふれたプロローグにて

 端的に言えば、熊に齧られて俺は死んだらしい。


 俺の目の前で鼻唄を吹かせながら、小躍りめいた足取りで動き回る、小娘。

 働き者ではあるのだろう。くるくるとしたその両目に見下されながら、俺は悟った。


 もっとも、感情面では、納得どころの話ではない。

 ようやく「億り人」になって、社畜生活からもオサラバできたハズの矢先なのだから、尚更である。


「というわけて勇者さま」

「なあ、これってやっぱりスキルしかもらえない流れ?」

「いえ、パラメータ設定も可能です。聞かれたらそうお答えするよう上から申し付けられてますので」

「上?」

「ええ。魔王と竜帝とか」


 どんな上だよ。詳しく聞きたいけど。

 思った俺に、


「聞かれます? 後戻りできなくなりますけど?」

「え、まだ戻れるの?」

「はい。スキル以外のオプション設定その他の情報提示の料金は、一メニュー当たり、勇者さまが前世で築かれたと同額になりますが。それでもよろしければ①を押してくださいね」


 いち?


 ああ、そっちね⋯⋯な落胆に続けて疑問に思った次の瞬間には、両腕の間に、ローマ字のⅠが、デカデカと印字された弾力のある球体を抱えさせられていた。


「⋯⋯一応聞くけどさ、そのメニューの中に、元の世界への黄泉がえりみたいなのは」

「申し訳ないんですが、今は提供していないんです。昔はあったんですけどね。ちょっと色々あったらしくって。で、押します? 押しません? 押さないならスキル付与の儀式になりますけど、わざわざ確認されるあたり、ご希望なさいませんよね?」


 編み込みにした銀髪頭ごとエルフみたいな長い耳小さく振って、小娘が口を開いた。

 八重歯にしては異様に大きい犬歯がちらりと覗く。

 そのさまを見つめながら、ダメ元をあっさり却下された俺は手元のⅠをグッと押し込む。

 コンタクトを入れる時に日々触れていた、眼球の手触りとちょっと似てるかも?

 そんな思考を最後に、視界が暗転する。


  気づけば、小さなカウンターデスクを挟み込むように、先程の小娘と相対させられていた。


「勇者さまはオツな方ですね。皆さん、だいたいは取り乱されるか、スキルのお話しかなさらないんですよ? 次のメニュー選択は、上についての情報提供と、ステータス選択どちらにいたします?」

「選択で」

「承りました。⋯⋯⋯⋯。む、享年の割に、なかなかのお金持ちさんだったんですね。さぞかしご心痛のことと、お見舞い申し上げますね。この額ですと七項目のうち四つまでは好きにできますけど、どうなさいます?」

 中途半端に慇懃な定型句混じりの小娘の言葉とともに、Ⅰのボールが掻き消えた。


 判読できない文字らしきものが隅に、レ点用らしい一マス分の四角付き七種類のパラメーター項目(こちらはHPだのATKだのといった隷書風の英語表記だった)ごとに四つの四角が真ん中に印刷された一束のメモ用紙とともに、ホテルのフロントにありそうな金色の鎖付きペンを手渡される。


「いきなりアナログだな」

「恐れ入ります」

「別にいいけどね。マスは四桁なのか。⋯⋯この数字でも通せる?」


 四項目分だけ埋めたメモを小娘に晒す。

 すると、一瞬の沈黙を経て、


「もちろんですわ。残りはこちらで決めさせていただきますね? ――こちらでいかがでしょうか? FAでよろしければ首を縦にお振りくださいね」


 そんな声が戻ってきて、残りの三項目に小娘の丸文字の筆跡が走り書きされたメモを提示された。

 小娘の書き込んできた数字へと、俺は素早く目を走らせ、大きく首肯する。


       ◆


「ねえ、ミネア。先月の処理簿だけど、裏面のチェックリストもちゃんと確認してもらった?」

「してもらってるわよ。書き漏らしあった?」

「うん。一件だけ。あの変な桁数のヤツ。アレって勇者への重説は済んでるわよね? ならこっちで赤じゃなくて黒で入れとくから、次は気をつけてね?」

「ありがと、マイカ。今度さ、二人で飲みに行かない? こないだの送り先で、すっごくいいお店見つけたんだよね⋯⋯」


 そんなやり取りが行われることになるとは、露ほども知らないまま、次に目を開けた俺が対面せざるを得なかったのは、ふんぞり返るように高級ソファーへ沈み込む、まるで見覚えのない金髪翠眼の少女の仏頂面と、ソファーの脇に控えた二十歳はたちほどの眼鏡をかけたメイドさんの姿だった。

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