Episode.27 白と黒の間

 夜の帳が静かに落ちる頃、間と夢幻は、黙して向き合っていた。


「火撃」


 間は火球を放ち、白魔、雷神、風神を焼いて弔った。

 燃え盛る炎の中、夢幻へと問いを投げかけた。


「なぜ、白魔の命を奪ったのですか?」


 夢幻は呵々と嗤った。


「力及ばず。故に斬却したまで」


 間の中で怒りが込み上げてくる。


「……そんな理由で、命を奪ったのですか!」


『間、頭を冷やせ。

 もとからコイツはこうだった。

 違うか?』


 夢幻とは、出会った時からそうだった。


 だからこそ、自分以外の者を巻き込むのだけは許せなかった。


 二本の刀を抜き、強く握りしめた。


『間、俺の二天一流は最強だ!』


 間は静かにうなずいた。


『思いっきりやれ。免許皆伝だ!』


 直後、師匠の記憶が脳内に流し込まれ、間は頭痛がした。


「師匠……俺に何をしたんですか?」


 俺の質問に師匠は答えようとしなかった。


 だが、先ほどから溢れんばかりの力が湧き上がってくる。


 免許皆伝は、以心伝心と似たようなものか。

 俺と以心伝心できない以上、師匠は何かしら策を講じた。

 すべてが終わった後にでも聞いてみるか。


 間は二刀を構えた。


「吾は此の刹那を待ち望んでおった」


 夢幻は刀を抜き、鞘を捨てた。

 一歩、また一歩と、こちらへ向かってくる。


「一刹にて決すは興醒め也。故に阿修羅腕は用いぬ」


「なら、俺も応じるとしよう」


 間も歩み寄り、一側一刀の間合いで互いに足を止めた。


 間は己の鼓動を耳の奥で聴いていた。

 剣を握る手には微かな熱。

 だがそれもすぐ、無へと沈む。


 夢幻は笑っていた。

 己が生を愉しむように。


 間合い一杯。

 呼吸が交錯する距離。

 視線が絡み、熱気が漂う。


 ――刹那。


 刃が空を裂いた。

 火花が夜を照らす。


 夢幻の踏み込みは早かった。

 だが、それを見越していた。

 間は下段を潜り、刃を左から振り上げた。

 刀が袈裟に斬り込む……はずだった。


 空振り。

 視界から夢幻の姿が消える。


 間の背後、風を裂く音。


 反射で身を翻し、二刀を交差させる。


 火花。衝撃。骨が軋む。


 だが、斬られていない。


 夢幻の口角がわずかに吊り上がった。

 戯れを嗜むかのように、間の動きを読み切っていた。


「よいぞ、間。よき技量よ」


 それを、褒め言葉とは受け取れなかった。

 夢幻が前へ出る。

 間は斬り下ろし、斬り上げ、刃を重ね、距離を奪い返す。

 だが、夢幻は一歩も退かない。

 むしろ、すべての動きを「見切った」と言わんばかりに、次の瞬間を支配していた。


 一合、二合、三合――十、二十……数えきれぬ、刃の交錯。


 だが、わずかに。


 ほんのわずかに、夢幻の刃が、速い。


 肩が裂け、血が飛び散る。

 続いて足。

 さらに腹。

 肉が割け、骨が軋む。

 膝が、沈んだ。


 それでも――踏みとどまった。


「俺の二天一流は最強だ!」


 己に喝を入れ、二刀を握り直す。


 次こそは、届く。


 そう信じて踏み込む。


 夢幻もまた動いた。

 だが、今度はわずかに、ほんのわずかにその踏み込みが――深い。


 斬り結ぶ、刹那。

 音が、消えた。

 視界が、緩やかに傾ぐ。

 己の首が、重力に従い、地へと落ちていった。


 それが、自覚よりも早かった。


 夢幻は刃を振り払ったまま、その場に立っていた。

 宙を舞う血飛沫が、ゆっくりと地に還る。


「ようやく、愉しめた」


 満足げな笑み。

 だが、その眼には光が宿っていた。


「間よ。吾の所望、既に果たされし。

 汝の望み、一つ聞き届けて遣わそう」


「――芦屋道満を討ってください!」


 夢幻は呵々と高笑いした。


「吾に未練は無し。直ちに討ち果たしてくれよう」


 夢幻は鞘を拾い、静かに刃を納めた。

 口元に笑みを浮かべたまま、その身は霧のごとく掻き消えた。


 間は肉体が再生し、師匠を鞘に収めた。


「師匠……俺の剣、届きませんでした」


 だが、師匠は黙ったままだった。


「もしかして、怒ってますか?」


 師匠が返事をしない。

 ――返ってこない。

 あり得ない。


「師匠……冗談ですよね?

 師匠……?」


 この時、間は師匠の気配が消えていることに気づき、膝から崩れ落ちた。


「……免許皆伝。

 そういうことか、師匠」


 間は立ち上がり、夜空を見上げた。


 師匠、俺の二天一流はどうだった?


『まだまだだな』――


 そんな声が、どこか遠くから聞こえた気がした。

 それだけで、ふと、笑みがこぼれた。


 次第に身体の感覚が薄れてゆく。

 夢幻は約束を果たしてくれた。


「勝った奴が正しい、か……」


 これで、神州維新府の計画を防ぐことができた。


 だが、これで本当によかったのだろうか。


 ――正義とは何か?


 未だ、それだけが、わからなかった――

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白と黒の間 大人のおもち @OmochiR18

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