奪う女

雲乃琳雨

奪う女

 好きな人と親友が結婚する。

 その前に、好きな人から呼び出しがあった。


(バーに来るのなんか初めてだ)


 間野奈々まのなな斎賀さいがが指定した店に来た。薄暗い店内と静かな音楽。さざめくような会話。斎賀はもう来て、カウンター席に座っていた。奈々も隣に座る。


「どうしたの? 呼び出して。もしかして結婚式のサプライズの相談とか」

「いや違う。どうしても一度、間野さんと話しておきたかったんだ」

「ふ~ん。桜子から聞いたけど、式場はまだ決まってないらしいね」

「うん。ここはおごるから、飲み物頼んで」


 奈々はメニュー表を見た。


「う~ん、お酒飲まないから。ノンアルコールの飲み物はどれかな」

「え⁉ そうなの? ……じゃあ、ここじゃないほうが良かったね」


 斎賀は焦った。


「斎賀君が飲みたいならいいよ」

「いや、明日仕事だから、俺もお茶飲んでる」

「じゃあ、オレンジジュース」


 奈々はバーテンダーに飲み物を注文した。オレンジジュースが来てから、斎賀は話し出した。


「俺、桜子と付き合う前、間野さんのこといいなと思ってたんだ。でも、桜子に間野さんは、興味ないって言ってたって聞いて……」

「え⁉」


(そんなこと言ってないよ……)


 奈々は桜子に、「斎賀君いいね」と言ったことはあった。二人が付き合い出してからは、奈々は何も言わなかったが、それからもずっと斎賀のことが好きだった。


「今更だけど、自分で聞いたほうが良かったなと思って。いろいろ決まる前に聞いとこうと思って、え? どうしたの⁉」


 奈々は涙が出た。


(いろいろ思い当たることはあった……)



 桜子とは高校からの友達だった。

 二人で学校の帰りに、店の窓ガラスに貼ってあるアルバイト募集の紙を見た。


『この店で働いてみたいと思ったんだよね』

『ああ。ここ、この間面接受けたから。採用されたら募集終わると思う』

『そうなんだ』(残念だな)


 その後、桜子は採用されてそこでアルバイトをしていた。

 高3の就職活動中に学校で求人票を見ていた。地元で有名な食品会社の事務の募集があった。


『ここ、憧れの会社だったんだよね』(よし申し込もう!)

『そこ申し込んだら、定員一杯で早期締切だって言ってたよ』

(そうか、また遅かったな。就職、困ったな)


 その後私は両親が専門学校に行くことを勧めてくれたので、資格を取りに通うことになった。それを喜んで桜子に言った。


『へ~、良かったね』

『うん』


 その後、専門学校を卒業して、入りたかったその会社に就職できた。桜子には黙っていたので驚いていた。

 最近も、ショーウィンドウに飾ってあるバッグを見て、


『このバッグかわいい。今のバッグがくたびれてきたから、そろそろ買い替えたいんだよね』

『それ、こないだ買ったよ』

『そうなんだ』(私はいつも桜子の後追いなんだな)


 だから、趣味が合うのかと思っていた。今までのことがよみがえった。



「二人が付き合う前に私、桜子に斎賀君いいねって言ったんだ」

「! そんな……」


 店のドアが開いて、桜子が入ってきた。奈々はハンカチで涙を拭いて、斎賀に別れを告げた。


「じゃあ」

「ああ」


 奈々は足早に店を出た。桜子の顔は見れなかった。


「どうしたの? 二人で」

「ちょっと、相談してたんだ。よくここが分かったな」

「ああ、……奈々に連れてきてもらったことがあったのよ」

「そうなんだ」


 桜子は奈々が座っていた席に座った。斎賀は、まるで知らない人物を見るように桜子を見ていた。


(桜子は付き合う前に、間野さんは酒乱で、飲むと手が付けられないと言っていた。この店は間野さんがお酒を飲むと思って俺が指定したけど、彼女はお酒を飲まなかった……)


 桜子はメニュー表を見ながら言った。


「何の相談だったの?」

「俺のこといいなって言ってた」

「……泣き落としは、あの子の十八番だよ。何人もの男と遊んでるから。付き合ったことがないとか言ってたでしょ」

「そんなこと言ってないよ」


(聞いてもいないことを言うのは、逆だったりその通りなんだな……。間野さんは誰とも付き合ったことがないんだ)


 斎賀は苦笑した。


(桜子は初め間野さんのようにかわいく振る舞っていた。でも、結婚が決まってから素が出てきた。

 俺が好きなタイプの真似をしていたんだと思う。これが本当の桜子なんだ)


「結婚は止めよう。俺たち、合わないと思う」

「どうして、あの子のせい?」

「さっきの悪口だよね。間野さんの前でも言える? 間野さんは君のこと友達だと思ってたよ」



 翌日会社では、桜子と斎賀は別れたと噂になっていた。桜子は奈々には何も言わなかった。

 桜子は難しい顔をしていた。


(二人が会ってから、それまで上手くいっていたことの歯車が狂い出した)


 今まで奈々の言う通りにしていれば、問題なかった。アルバイトも就職も、服もバッグも男も。奈々が先に言ったことを、後からやすやすと手に入れた。

 高校生の頃、奈々が言った。


『森下君ってかっこいいよね』

『そう?』


 桜子が一人で廊下を歩いていると森下から声をかけられた。


『間野さんって彼氏いるのかな』

『奈々は森下君のこと笑ってたから、やめたほうがいいよ』


 奈々が後日、


『最近、森下君に睨まれるんだよね。残念だな』


 簡単だった。奈々は私の引き立て役でなくては……。


(奈々があきらめずにここに就職して、同じ部署になったのは想定外だった)


 歩きながら桜子は過去を振り返っていた。鈴木課長が棚の前でぼやいている。


「はあ、また書類の返却位置が間違ってるよ」

「ああ、それ間野さんです」


 桜子が通り際に言った。


「ああそうなんだ。またか……」


 鈴木課長は通り過ぎる桜子の後ろ姿を見ていた。そう言われても腑に落ちなかった。以前聞いても、間野さんはその資料を使っていなかったし、気にして間野さんの仕事ぶりを見ていたが、そんなことを繰り返すような子には見えなかった。

 それ以外にも会社では、主に間野さんのパソコンのコンセントが抜かれたり、コーヒーメーカーの使い方が間違って汚れていたり、砂糖などの備品がすぐに減って、間野さんの机から出てきたりと、おかしなことが起こっていた。


 鈴木課長は解決することにして、防犯カメラを見えないように設置した。

 そこには、桜子が写っていた。

 桜子は業務妨害で、懲戒解雇になった。


 朝礼の通達を聞いて、みんなざわついた。奈々はこれで良かったと思った。


(就職のことを話していたら、また先回りされてここに就職できなかっただろうな……)


 他の女子社員が言っていた。


「あの人なんか変だったんだよね。私わざとパソコン消されたりしたもん」

「いなくなって、会社もなんか落ち着いたよね。斎賀君が別れたのもそれかも」


 桜子は他の人にも嫌がらせをしていのだ。桜子は婚約破棄の時に、斎賀君に慰謝料を請求してきたそうだが、今回のことで連絡がなくなったという。私のほうにはたまにチャットで連絡が来る。私は返事をしたり、しなかったりだ。


『二人は今付き合ってるの?』


 画面を見て奈々はそのままにした。



 奈々と斎賀は、会社が終わってから待ち合わせをして会っていた。二人が受けた傷はまだ深い。

 その後、二人は携帯の番号を変え、しばらくしてから付き合うことになった。

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