祈り、焔の出、待ちぼうけ。

やまなし

幻燈

 私には従兄妹が二人います。

 一個上の洋介ようすけと、二個下の真央まおちゃんです。

 ずっと遠くに住んでいるから、祖母の家で年に二回だけ会えるのです。


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 私は長い長い、ずっと続くんじゃないかと思えてしまう道に立っています。

 目の前には一面の田畑が広がっていて、風とともに土の香りが舞い込んできました。

 ふっと息を吐くと、白い帯がたなびいていきました。

 すると、後ろから懐かしい声に呼ばれます。

 真央ちゃんでした。

「ねえ、兄ちゃんまだ起きんの。一緒に起こしに行こ。」

「あ、うん…。そうだね。」

 おかしいな、と心のどこかで私は思いました。

 兄ちゃんを置いてって、こんなところにいるはずがないからです。

 でも真央ちゃんに押されてしまって、兄ちゃんを二人で起こしに行きました。

 家に入ると、冷たかった指先がじんわりと融けるかのように温まります。

 頭の奥をかすめ、鼻をつつくようなストーブの匂いが。

 ブラインドの隙間から差し込む日の光が。

 これは現実なのだと、そっと囁いてくるのです。

 さっきの違和感は何だったんだろう、と思いましたが真央ちゃんの手に引かれるまま、二階へ続く階段を駆け上りました。


 家の奥の部屋では、洋介が布団にくるまっていました。

 私と真央ちゃんが声をかけると、兄ちゃんはいつものように寝ぼけ眼を擦りながら言います。

「んー…もう朝か。」

「はよ起きて兄ちゃん。」

 真央ちゃんは兄ちゃんがくるまっている布団を剥がし始めました。

瑠衣るいちゃん、そっち引っ張って。」

 言われるがまま私も布団を剥がします。

 寒さに驚くように、兄ちゃんはうずくまりました。

「何すんねん寒いわ...お前ら元気すぎ。」

 私もなんとか兄ちゃんを起こしたくて、こう言いました。

「外、すごく綺麗だよ。それに今日で帰っちゃうんでしょう?」

 今日で兄ちゃんと真央ちゃんは帰ってしまうのです。また半年後まで会えません。

 兄ちゃんは仕方ないなと小さくため息を吐き、少し悲しそうな表情を浮かべます。

「ほな...行こか。代わりに後でクラッシュブラザーズ付き合え。」

「ええよ。」

 私はそう答えます。

 この泊まりで二人の方言が感染うつったのです。

 いや、そうなったふりをしています。三人のなかで、私だけ兄妹きょうだいではなく従兄妹いとこだから。

 洋介を兄ちゃんと呼ぶのも、二人に混ざりたいからです。


 兄ちゃんはぼさぼさ頭のまま顔を上げました。

 三人で外に飛び出すと、空気はとても冷たくて、吐く息が走るたびに白い尾を引いていきます。

 祖母の家から続く田畑の道を、さっきのように並んで駆け上がると、小さな神社の鳥居が朝の色に染まっていました。


「お賽銭入れるか。あ、五円玉二枚しかないから、真央だけ十円な。

 ご縁がないなぁ。」

 兄ちゃんは財布をまさぐりながら、悪戯っぽく笑いました。

「別にええもん。逆にご縁が二倍で私のが得や。」

「確かに。真央ちゃんすごいわ。」

「やろ?」


 そんな他愛もない話をしているうちに、あっという間に本殿に着きました。

 手を合わせたとき、私はなぜか

“兄ちゃんが受かりますように”

 と願っていました。

 その願いが空気に消えていく瞬間、心の奥がふっと揺れます。

 ...どうして私は、こんなことを祈っているんだろう。

 私達は神社に来ている場合ではないのだと頭の奥で気づき始めました。

 そんな中、隣で兄ちゃんが、東の空を見上げて言いました。

「朝日、綺麗やなあ。」

 その声を聞いた途端、景色の色が少しだけ薄くなって、風の音が遠くなって。


 私はようやく気づきました。

 ああ、これは夢なのだ、と。

 兄ちゃんと真央ちゃんは、今年の年末は帰って来れなかったんだった。

 目をあけると、窓の向こうで本当の朝焼けが家々の屋根を照らしていました。

 夢の中で見たのと、同じ色でした。

 柔らかに燃えるような、温かい橙色です。

 私はそっと呟きました。


「応援してるね。待っとるから。」

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