第2話 

「ブチ転がすぞ」


「師匠。やめてください、そんな風にお客さんを睨みつけるのは」


 店内の狭いカウンターに座り、リリムとアザミは客と向かい合っていた。


 目の前の椅子に座っている青年は随分と憔悴している。身に纏っている紺色の制服は───郵便配達員のものだ。よくよく見ればその姿は何度か見かけたことがある。

 カウンター越しに見る今の彼の顔は、どう見ても健康的とは言い難かった。脇にきりきりと眉を吊り上げて睨みつけているアザミ師匠が存在しているだけが理由ではないだろう。

「ウチは返品は7日以内までって決めてるんだよ……。今更返品してくれだなんて言われても、困るんだよなぁ?」

青年よりも遥かに高い長身で、震え上がる男の肩を掴み上げ、脅しつけている姿は地獄の番犬のようである。溜め息を吐くが、私にだってアザミ師匠の言い分が分からないでもない。


「せっかく買った品を、どうして返品しようだなんて思ったんですか?」

子犬のように震え上がっている青年に対して

、リリムは問うた。

「そのう……申し訳ないんですが……」


 郵便配達員の男───名前はムルソーという───は、先月頭にひとつの人形を買った。それは私も覚えている。何せ何週間かぶりに客が来て人形を買ってくれたものだから、覚えていない筈がない。彼は制服も着ておらず、休日の散歩のついでに店に入ってきたという風体だった。ぶらぶらと店内に展示されている人形たちを眺めている姿は、正直に言うとあまり有望な客では無かった。にこやかに挨拶をし、口上を述べるリリムに対しても上の空で返事をして、人形にもさして興味のない様子だった。どうせ、たまにやってくる冷やかしの客だろう───そう、腹の中で考えていた時。

 それは40セルト(40cm)の、少女人形だった。つんとした鼻に、そばかすが散った頬。華美ではない素朴な美しさを宿したようなメイク。……なんと言っても目を引くのは、美しい亜麻色の髪だった。アザミ師匠の手で丁寧にウェーブを掛けられたそれは滝のように肩から降りて、椅子に腰掛けている人形の背を流れている。上半身をわずかにひねって、椅子の背に頬杖をつくような姿勢をしている。ぱっちりとした愛らしい瞳が私と青年を見返していた。


『これ───これ、幾らですか?』

その人形を見るなり、興奮まじりに青年はリリムに声をあげたのだった。

人形に傷はないか、メイクに欠けはないか。そんなことを持ち主となる青年とともに一つ一つ確認しながら、彼のために人形を用意する。人形の取り扱いについても一通り説明をする。

「髪の毛……ウィッグは特に気をつけて保管をしてくださいね」

青年にむけて、そう説明をしたが、あまり聞いてもらえなかった気がする。ぼーっとして、箱のなかに横たえられた人形の姿にすら惚れ惚れとした表情を浮かべていた。

そして最後に、箱を渡す時。

『箱をラッピングしてください、恋人に贈るためなんです』

たしか、そう、顔を綻ばせて彼は言っていた気がする───。



「恋人のために購入したんですが……その恋人に絶縁されたんです……」

めそめそと泣き出しそうに、ムルソーという青年は事の顛末を吐いた。


「そ……そんなこと言われても、こっちとしてはどうにもできないんだよ」

アザミ師匠も鬼ではない。そんな事情を話されるとどうにも気がひけるらしい。掴んでいたムルソーの肩を離した。


「返品可能期間の七日間はもう過ぎてる。とっとと箱を持って帰りな」

「代わりに貴方が大切にしてあげたらいいんじゃないですか?……これも何かの縁なんですから」


「そう思ったんですが……人形が、その恋人に似ているんです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界人形譚 〜サイコメトラーとゴーレム使いの日々〜 こだのいはい @kodaigyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画