【短編】むすんでひらいて、また泣いて

春生直

第1話

「お嫁に行くって、本当かい」

息を切らして玄関を開けた清吉は、走ってきたのか、ずいぶんと赤い顔をしていた。

「ええ、そうよ」

梅子は頭につけた大きなリボンを揺らすこともなく、すました顔で答えた。

「せいせいするわ。もうあんたの顔を見なくて済むんですもの」

清吉には、いつものような威勢はなく、しおれたように元気のない顔をした。

「そうかい。梅子ちゃんが幸せなら、俺アいいんだ」

なんだか清吉のそんな顔を見ていると悲しくなってしまって、下唇を噛む。

「なんだい、そんな顔しないでおくれよ。梅子ちゃんが悲しいと、俺も悲しい」

そんなことを言われたものだから、余計につらくなって、ぽろぽろと涙がこぼれる。

「なによ。清吉なんて、嫌いよ。嫌いなんですから」

そう言い終わらないうちに、部屋に入ってぴしゃりと扉を閉めた。

これでいい。

これで、いいはずだった。


清吉と梅子は、家も近くて、幼馴染だった。昔は、犬の子のように泥だらけになるまで遊んでは、親に叱られていた。同じ寺子屋に通い、お互いの家の店の手伝いをしたりして、兄弟のように仲良くしていた。


しかし、そんなことも梅子が十五にもなるとなくなった。

「お前も、もう少し大人らしくするんだな。清吉くんは三男で、家督も継げないんだから、仲良くしていたら勘違いされるだろう。良いところにお嫁に行けるように、よく努めなさい」

お父やんにこれっぽっちも悪気が無いことなんて、分かりきっていた。

だけど、梅子はその日からお天道様がまったく曇ってしまったような心地がして、ご飯もおいしくなくなった。


その日から、梅子は清吉を避けるようになった。会ったらまた、子供のようにふざけた話をしてしまう。

そうしたら、お父やんに迷惑がかかるのだ。


清吉は梅子に何度か話しかけようとしたが、梅子がつんとした顔で

「それでは」

なんて言うものだから、諦めたように話してこなくなった。


そうして二人は話さなくなって、梅子の縁談が決まったのだった。

相手はご立派な大店おおだなの跡取り息子で、いかにもしっかりした気立ての、良い男だった。

両親がうんと喜んだので、梅子はこれが幸せというものなのかしら、と思った。不思議なくらい、心は浮き立たなかった。


お嫁入りの準備の買い物をすませた帰り、むすんでひらいて、という歌が聞こえる。

ああ、清吉と何度も歌って遊んだっけ。

梅子もその歌を口ずさむ。

むすんでひらいて、手を打ってむすんで。また開いて、手を打ってーー

梅子は目頭を抑えた。

清吉に会いたかった。


お嫁入りの日、清吉は見送りに来なかった。

白無垢で花嫁行列を歩きながら、梅子は黙っていた。

幸せになるんだよ、とみんな言う。

好きでもないひとと一緒になる幸せって何かしら、と思う。


「梅子ちゃーん!」

そんな大きい声がして、その方向を見つめると、清吉の姿が道中の酒屋の屋根の上にあった。

彼は、あらん限りの力で両腕を振る。

その顔は、いつもの能天気な清吉の笑顔だった。


「清吉は、ばかね」

梅子は誰にも聞こえないくらいの小さい声で、そう言った。

手を振りかえす訳にもいかず、黙って通り過ぎる。

むすんで、ひらいて。

手を打ったのなら、どうしたらいい。


梅子の頬には、いく筋もの冷たいものが伝っていた。


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