セピア色のプリクラ

しとえ

セピア色のプリクラ

 喪中ハガキを手にした時、

彼女が死んだことを知った。


 もう30年も会ってない友人だ。

同じ中学の同級生。あの頃の一番の親友だった。

毎年、年賀状だけは交換していたのだ。

年賀状の中で少しずつ変わっていく彼女の生活を見ていた。

結婚したこと息子が生まれたこと年賀状には毎年家族写真が載っていた。

記憶の中の彼女はあの頃と変わらないのに。

もう彼女がいないのだという実感がわかない。


 私はキッチンでコーヒーを1杯入れた。

彼女の家族に連絡を取りたいが、残念ながら電話番号がわからない。しばらく迷って、手紙を書くことにした。

宛先は彼女の家族に。

一言お悔やみを言いたいのと、できればお線香をあげたいので訪問させて欲しいと。

どうして生きているうちに会いに行かなかったのだろう。

たとえ、年賀状だけになったとしても彼女とは毎年一度は繋がっていたというのに…

胸のうちに広がって行くのはコーヒーよりも苦い感情だった。

キッチンにマグカップを置くと郵便局まで自転車で、2〜3日すればきっと手紙は届くだろう。

返事をくれるだろうか…

一抹の不安が胸に宿る。


 1週間ほどして彼女の家族から手紙が届いた。

訪問の頼みを快く聞いてくれたのと電話が番号が記してあった。

彼女の家に電話して家族に連絡を取る。

私はお線香とお供えを買った。

 数日後、彼女の家を訪ねた。

玄関のチャイムを鳴らすとまだ大学生ぐらいの青年が扉を開けてくれる。

結婚が早かった彼女からの手紙には赤ん坊だった頃の彼の姿、小学生になった彼の姿、中学生になった彼の姿、そして大学に入ったことも記されていた。

初めて会ったはずなのに親戚の子供を見たような気分だ。

「母のためにありがとうございます」

そう言っって玄関で会釈してくれる。

彼とあったことがないにも関わらず「成長したなぁ」と心の中でつぶやいた。


 遺影の写真は着物姿。

おそらくこんなに早くなくなってしまうなんて彼女自身も考えていなくて、家族が後で葬儀屋に合成してもらったのだろう。

私の知っている彼女の印象とはずいぶんと違う。

……家族の目から見ればどうだろう。

やはり不自然な合成写真なのかそれとも実際の彼女に近いのか。

ふと記憶の中の彼女が、頭を持ち上げる。

笑った顔が目の前に浮かぶ。

遺影の写真とは似ていない。

彼女の30年を私は写真でしか知らない。

年賀ハガキでなんとなくはわかっているとはいえ、一体どんな人生だったのだろう。

今となってはもう知るよしもない。


 本当に中学の時は仲の良い親友同士だったのだ。

それなのにどうして会わずにいることができたものなのだろう。

私は心の中のどこかで自分よりも先に彼女が死んでしまうことなど考えたこともなかったのだ。


 闘病していたことを家族の口から聞いて知った。

年賀状には全く書いていなかった。確かにそんなことは書きたくなるようなことではないのかもしれないが……

電話の1本もすれば良かったと後悔ばかりが募る。

お線香の煙は渦を巻いて上がって行く。

そういえば 死んだ人が食べるのはお線香の煙だっけ。

彼女の遺影の写真が少し 線香で霞んでいるように見えた。

声を聞きたい。

そんなことを考えたが もうそれは決して叶わぬことなのだ。

しっかりとした好青年に育った彼女の息子を見て随分と長い年月が流れたんだと思った。

私の知っている彼女よりずっと大きくなっている彼の息子。

その歳月を支えてきたのは彼女自身なのだ。

本当に私は彼女のことを何も知らない。

中学の時の思い出がまた頭を持ち上げる。

2人で一緒に帰った部活の後。クラスでつまらない話をして2人でつまらない話で笑って、たまに休日も遊んでたっけ。


別れの挨拶をして家に帰る。

電車の中で女子高生ぐらいだろうか女の子たちが 楽しそうに話している。自分の中学時代と重なる。

最も中学生の時は徒歩通学だったが。

こんな風に笑い合い 一緒に帰ったものだ。

夕焼けの空の下町はゆっくり褐色に染まってゆく。

思い出というのはいつもこの夕焼けのような色に染まる。

記憶のフィルターを通し、夕焼け色に染まった思い出たちはいくらか色褪せて辛かったことも楽しかったこともどちらも優しい色に染まっている。

彼女の声が今でも耳の中で響いているような気がした。

死んでしまったという実感がまるで湧かない。

彼女の思い出は永遠に心の中に生きていて、だがゆっくりとそれは夕焼けのように褐色に染まっていくのだ。


 家に帰れば子供達が、お腹を空かせて 待っている。

夕飯の支度をしなくては。

だがその前に自分の部屋の机のところに行くとバックを置いた。

ふと机の隅にプリクラが貼ってあることを思い出した。

それはとっくに色褪せていた。

私と彼女 狭いプリクラ機の中でピースをして笑ったあの日。

「ねえプリクラ撮ろうよ」

「私、撮ったことないよ。どうするの」

「あれそうなの ?操作簡単だからさ。いいから入ろ」

彼女にそう言われて一緒に撮った思い出。


色褪せた写真はセピア色

思い出の底に沈んで……

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