あの子と俺とエナドリと

Lemon

1本目 あの子と俺とエナドリと

 大手酒屋チェーン、「やみや」。


 その店のラインナップは、地酒から海外のワインまで、安い発泡酒から超高級シャンパンまで、業界一の品揃えを誇る。

 それだけでなく、おつまみの品揃えも豊富で、選んだ酒に合うつまみが見つからない方が珍しいほどだ。


 全国展開していて、気楽に立ち寄れるうえ、大人たちの財布の味方としても有能。

 酒を愛する者ならば、誰しもが立ち寄ったことがあるであろう、偉大な酒屋なのである。



 そんな「やみや」の東京の端っこにある店舗で働く男が一人。


 胸元に光るネームプレートには「三木ミキ」の2文字。


 その瞳は、対して特徴があるわけでもなく、輝いているわけでもない。

 強いて言うならジト目の三白眼である。


 彼の広い肩幅とそのガタイに、やみやの制服であるマゼンタのエプロンが似合っているとは、少し言い難い。


 なんとも形容し難い短髪で、前髪は申し訳程度にかき上げられている。


 いわゆる「普通の青年」だ。



 そんな彼には、気になる常連さんがいる。



 奴は今日もやって来て、店の中へ歩いて行く。

 そう、レジから5メートルほど先にある、あの冷蔵ショーケースを目掛けて、一直線に。

 手に取る商品は、いつもと同じ青い缶。

 その間、約15秒。


 そして、他の商品には目もくれず、、三木の立っているレジに向かってくる。


「いらっしゃいませ」


 三木が丁寧にお辞儀をする。


「お願いします。あ、レシート要りません」


 そう言いながら、奴は缶をレジに置いて、紺色の長財布からお金を取り出す。


「かしこまりました。やみや会員カードはお持ちですか?」

「持ってないです」

「袋はご要り用でしょうか?」

「大丈夫です」


 その会話、約7秒。

 三木はレジを操作し、缶にテープを貼る。


「ありがとうございました」


 そして、笑顔で頭を下げる。


 これだけならば、他の常連さんと変わりない。


 そう。



 このお客様が、いつも明らかに学校指定のジャージを着ていて、何故か毎回エナジードリンクを買って行くような奴じゃなければ。


 冷静に考えてくれ。ここは酒屋だ。

 20未満の子が来るところではない。

 バイト中の俺は何度アル中の面倒くさいオッサンたちの相手をしたことか。

 絡まれたらどうするつもりなんだあの子は。



 しかも何がタチの悪いかって


「ありがとうございました〜」


 そう言っているその声が、男なんだか女なんだかもわからないところだ。


 見た目から推測するに、男なら中学生、女なら高校生といったところだろう。

 身長は160cmあるかないかぐらいだ。


 髪型は、黒のマッシュウルフカットで、黒縁メガネの内側に隠された瞳は、薄く紫がかっている。


 いつも必ず、紺色の生地に水色のラインが入ったジャージを着ている。

 上は長袖、下は短パン。

 ジャージの胸元と短パンのには「源」の文字があることから、おそらく苗字は源なのだろう。


 この源さんが必ず買っていくのは、「GHOST」の青。


「GHOST」は、日本の人気エナジードリンクブランドである。

 缶の色によって味が異なる。

 源さんがいつも買っていく青は、糖分0でも満足感抜群の、スッキリとした味が特徴だ。

 カフェイン含有量は150mg。

 しかし、他の味の方がポピュラーであるため、あまり人気がなく、この店の青GHOSTの売り上げは、ほとんどがこの子の分だろう。



 三木はまだ大学生。

 酒屋でバイトをしていて、シフトは月曜と金曜。

 行くたびやってくる常連は、必ずエナドリを買っていく、男か女かもわからない学生。


(何故いつもエナドリを……? 何故いつもジャージなんだ……? そして、近くにスーパーがあるっていうのに、何故わざわざ酒屋に……?)


 気になって当然である。



 そして、そんなふうに源さんを気にしている三木だからこそ、気づくことがある。


「あ、お客様!」

「え……」


 自動ドアの前まで行きかけていた源さんが、振り返る。

 そして、三木が追いつく。


「いつもご来店ありがとうございます」

「あ、いえ……」


 源さんは、三木から顔を逸らす。


「お客様、GHOSTをお買い上げになっていらっしゃいましたよね?」

「あ、はい。さっき」


 そして、三木がエプロンのポケットから、一枚のカードを取り出す。


「今、やみやではソフトドリンクを10本買うと1本貰えるキャンペーンをやってまして……」

「はぁ」

「えと、だから、その……」


 もしかしたら、この子は、近所のスーパーで学校の人たちと遭遇することを防ぐために、ここに来ているのかもしれない。



「これからも、気軽にいらしてくださいね」

「……!」


 源さんは、見たことのない表情で俯いた。

 前髪が長いので、よく見えない。

 しかし、耳の先っぽが真っ赤なことから、十中八九照れているのだろうということはわかる。


「あり……がと……お兄さん……じゃ、じゃあ……」


 源さんは、走って行った。


「ご来店誠にありがとうございました」


 三木は、丁寧に、丁寧にお辞儀をした。






 帰り道。

 源は、GHOSTの缶を開ける。

 バチバチという音のあとに、炭酸の抜ける音。

 エナドリ特有の、エレクトリックな雰囲気の香り。


 少しだけ飲んで、リュックの中に入れた。

 缶ではあるが蓋付きであるため、持ち運びに便利なのがGHOSTのいいところだ。



 そして、ポケットからスマホを取り出し、動画サイトを開く。

 お目当ての動画をタップすると、広告が流れた。


 やみやのCMである。


 源は、慌ててスマホの電源ボタンを押した。


「ゔぁ〜……」


 小さく声を上げながら、その長い前髪をぐしゃぐしゃとかきあげる。


「逃げちゃったな…………」


 いつもレジにいる、あの人。

 自分に気づいていたのか。


 そして。



「ちょっとカッコいいの、やめてくれよ……」


 やはり、耳の先っぽは赤かった。


 でも。


 頬はもっと赤かった。

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