みづの記憶
須甲ひをん
第1話 これって誰得?
「あのぉー、
第二小会議室と書かれたドアの前でパイプ椅子に座っていた
「いえ、違います」
「そうですかー、すみません。ここで待ち合わせをしているもので」
相手の会釈に合わせて軽く返した。
この人も自分と同じアルバイトの面接だろうか?
「あのー」今度はこちらから声をかけた。「いま、高見さん、っておっしゃいましたよね」
「えっ?あっ、はい」
「もしかして、あなたも高見さんという方とお約束ですか?」
「ええ、そうですが」
丸顔で少し垂れ目のその男は、一瞬怪訝そうな表情を見せたが、速人が「自分も高見という人間と待ち合わせだ」と告げたからだろうか、顔がほころんだ。
「あー、そうなんですかー。そうなんですね。同じなんですね。じゃあ、ネットで募集してた、あれですか?」
「ええ、そうです、面接です。そちらもですか?」
「はい、私もなんです。いやー、そうかー、よかったー。場所を間違っちゃったのかなって思って」と速人の横に腰をかけた。「だってほら、ここってワークシェア・スペースっていうか、レンタル・オフィスみたいな所でしょ。面接って普通、その会社に行くのかなって思ってたんで」
たしかに、メールで指定されたこの住所の建物の看板にはレンタルスペースと書かれていた。その時は「まあ、今はそういう時代だよね」と思ったぐらいだったが、言われてみれば会社ではないというのは少し不可解ではある。
求人サイトには『(有)たけ内』とだけあり、仕事内容も配達業務・高額保証という程度の曖昧な記載だった。だが三十五歳の自分が選り好みできる状況でもなく、とりあえず応募して詳しいことは面接の時に聞けばいいと軽く考えていた。
それから約二週間、すっかり忘れていた頃に面接の知らせが届いた。
配達の仕事だというので、カジュアルで行こうと思ったが、半年前にリストラされるまで営業職だったせいで、まともな私服がなく、グレーのポロシャツを当ててみたが、どうも似合わない。結局、会社員時代のスーツを選んだ。
けれど、この男は白いTシャツにベージュのジャケットを羽織り、紺色のパンツ。見た目はおそらく四十代半ばではあるが、ラフな格好に違和感はない。
「あのぉー」三十秒くらい空いて再び男が声をかけてきた。
「はい」
「私、アマノと言います。よろしくお願いします」
「ああー、私は仁木と申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
「えっと、ニギさん?」
「はい、ニギです。仁義のジンに、樹木のモクです」
「でも、木はキじゃなくて、ギなんですね」
「はい、濁音なんです」
「そうですかぁ、だから、男前なんですかねー」
「えっ?」
「いやぁ、苗字の説明がなんか男前というか。スッキリ系の顔立ちに、前髪もスッキリさせててイケメン風というか」
今まで三十五年生きてきて、そんなことを言われたのは初めてだった。どう反応していいのか、まったくわからない。ただ、そのまま無言でいるのも、気まずい雰囲気になる。
こちらからも適当に相手の名前について尋ねてみた。わかったのは
男の名前がわかった時、別の中年男が現れた。
「こんにちは。仁木さんと天野さんですよね?私、高見です」
くたびれた生地のグレーのスーツに濃紺のネクタイ。頭髪はしっかりと整えられている。
速人も天野も立ち上がり挨拶をしようとしたが、高見は間髪入れずに話を続け「じゃあ、早速、面接させていただきますので、お二人とも中へどうぞ」と言ってドアに鍵を差し込んだ。
ブラインドが降ろされたままの室内は薄暗く、長テーブルと椅子はすべて隅に寄せられていた。
「ちょっと手伝ってもらえます?」高見はテーブルを一つ引っ張り出そうとした。
「あっ、じゃあこっち持ちますね」天野が近寄って手をかけた。
「ありがとうございます。それではそっちの方は椅子をお願いしていいですか」
速人は畳んであるパイプ椅子を三つ運び、テーブルに挟むように並べた。
高見は「どうぞ、おかけください」と言いながら窓際に進みブラインドを開けた。
奥の窓から太陽の光が差し込み一気に部屋が明るくなった。
「それでは、早速、面接を始めましょうか?」そう言いながら歩いて高見は速人と天野の反対側に腰をかけた。「カジュアルなものなので二人ともリラックスしてくださいね」
「あのー、面接は私たちだけですか?」天野が聞いた。
「はい、そうです。本日のこの時間はお二人だけです。えっと、あなたがー」
「天野です」
「はい、天野照さんね、そうすると、あなたが仁木速人さん、ですよね」
「はい、仁木です」
「ご両人とも本人ということで間違いないですね。えー、それでは、早速なんですが、お二人とも、どれくらいの期間、働けますか?いやね、実はここ重要なんですよ。だから最初に確認させていただいて、もしこちらの条件と合わないのであれば、ねえ、ほら、お互いに無駄な時間を過ごさなくてもいいんで」高見は自分の言った言葉を自分で納得するかのように小刻みにうなづいている。
「私はもう、どれくらいでも働けます。スケジュールの調整は自由ですから」天野がすぐに答えた。
「そうですか、それは良かった。それで、仁木さんは?」
「私も特に制約はないんですが」
「そうですか、お二人とも、長期就労可能、ということでよろしいでしょうか?」
「はい」
天野が再び即答したが、速人は返事をせずに質問を返した。
「あのー、仕事の内容についてもう少し詳しくお伺いしたいんですが」
「と、申しますと?」高見が速人に顔を向けた。
「場所とか、勤務時間とか。募集要項には配達業務とあったのですが、どんな車を使うのかとか。というのも私、大型免許は持ってないので、そういった詳細を聞きたいのですが」
「あー、そうでしたね。やっぱり、気になりますよね」高見の癖なのだろうか、今も話をしながら小刻みにうなずいている。
いやいや、『気になりますよね』じゃなくて、バイトとはいえ、働くとなったら、そこは重要でしょ。速人は高見をジッと見た。
「まず、仕事の内容ですが、お届けものをしていただくということになります。場所についてはですね、えーっ、現在、調整中ですが、時間帯についてはフレックスという感じです」
「はあ」速人はとりあえず生返事をした。「すみません、もう少し具体的にお願いできますか?」
「あっ、お給料のことですね。お給料は手取りで月定額十五万です。えー、えー、わかります、わかりますよ。そんなに高額ではないですよね。それじゃあ、募集に書いてあった高額保証じゃないじゃないか。いや、むしろ安いじゃないか、なんて思ったりしてるかもしれませんが、ただですね、お二人が業務に取り掛かるにあたっての交通費、食費等の経費はすべてこちらで支給いたします。ですから、毎月の十五万は、そっくりそのままになります。そして、成功報酬として任務を無事に完了していただいた時に月額報酬の十倍以上の、二百万をお支払いさせていただく予定なんです」
満面の笑顔で一気に話す高見に速人は圧倒された。頭の中で一度内容を整理しよう、と思った時に横から天野の大きな声が入ってきた。
「そうですかぁー、すばらしい!」
天野という男がニコニコしている。いやいや『そうですかー』じゃないでしょ、気になることあるでしょ。
速人は再び高見の顔に向き直った。
「今、成功報酬っておっしゃいましたが、それはつまり出来高制ということでしょうか?」
「まあ、出来高制といえばそうなんですが、配達業務が無事にできた時に報酬をお渡しするということです。まあ、ボーナスみたいなものと思っていただければ」
どういう意味だ?出来高制というならそれに応じて金額が変わるはずだ。しかし、彼は成功報酬と言っている上に、金額も決まっている、しかも二百万というのは少し高額すぎるような気がする。
「あっ、仁木さん、もしかして、今、なんか違法なモノを運ぶんじゃないかとか、詐欺みたいな仕事じゃないかって思いましたよね」おどけた表情で高見が速人を見た。「その点はご心配なく。違法なモノではありませんし、詐欺でもありません。運んでいただくのはこれです」
つづく
次の更新予定
みづの記憶 須甲ひをん @sukouhion
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