028冒険しようよ!!<ショートショート版>

矢久勝基@修行中。百篇予定

028冒険しようよ!!<ショートショート版>

 キミは今、最新VRゲーム機である『マリーノ』のゴーグルをはめようとしている。

 なんでも、〝五感に訴える〟を謳い文句にしてるらしいよ。おかげで今までのVRの臨場感の比じゃない、『マリーノ』だけの体験ができるらしい。

 しかも、その発売に際して、『マリーノ』を作った会社はキャンペーンを打ってる。すごいよ? 同時発売された冒険ゲーム『セイブス=ワンダー』をよーいドンで始めて、一番初めに魔王を倒した人には、なんと賞金三百万!!

 というか、キミはすでにその気なんだけどね。キミの『マリーノ』にインストールされてるのは『セイブス=ワンダー』。その目はすでに獲物を狙うハンターのそれになってる。

 さぁ始めよう。よーいドンはこのゲーム機の発売日。……つまり今日なんだ。本気で優勝を狙うなら、ためらってる時間はない。


 ゴーグルの向こうは異世界だった。

 高い城壁の見える城下町の風景自体は、別のRPGによくある雰囲気そのままだからキミは特段驚かないんだけど、キミは肌に風を感じたことに驚愕している。

 それも、城壁の上に翻る旗が揺れているのと、同じ風を受けているように思う。神経回路は電気信号によるもの……なんだっけね? ……それを最新のVRはくすぐっているらしい。

 そんな……なんとなく石畳も薫ってくるような道を、キミはお城に向けて歩いていく。そりゃ、魔王退治といったら王様にお願いされなきゃかっこつかないもんね。

 巨大な門を顔パスしたキミは、そのまま最奥の謁見の間へ。近習たちの目が一斉にキミに向けられることにやや緊張を覚えつつ、王座からはずいぶん離れたところで膝をつく。

「おお、そなたが偉大なる勇者、ランランの末裔だな」

 ……キミの先祖はパンダか。

「実は魔王リンリンと申す不届き者が世界を席巻し始めておるのだ」

 魔王もパンダか。

「本来なら我らが兵を差し向けて討伐しなければならぬところではあるのだが、〝存立危機事態とみなす〟という言葉一つ発すだけでも世界中に波風の立つ時代なのだ。……すると、この事態を打開するには遊軍の存在が望ましい」

 つまり、正規軍による軍事作戦ではなく、外部委託にて事を収束させようという魂胆らしい。平たく言えば暗殺だ。

「その任を、偉大なる勇者の末裔であるそなたに頼みたい」

 なるほど。キミは堂々とこの場まで歩いてきたが、このような謁見が行われていることは世界も、この国の誰も知らない。確かにキミなら、暗殺を請け負っても誰も気づかない。勇者ランランの末裔ということすら世界は知らないのだし。

「このクエストの性質上、我が国の威光を盾に旅をすることはできぬ。旅は困難を極める可能性も否定できんが……やってくれるな?」

 もはや任意という名の強制……王様がブラック企業の上司に見えてくるね。

「もちろん旅の準備に対して、余は協力を惜しまぬ。……大臣、例のものを」

 脇を固める宰相はそれを受け、なにやら箱を手に取り、自らキミの元へと下りてくる。

 そして言った。

「まず準備金として金貨一枚と進呈する」

「一枚ですか?」

 つい、キミはそう答えてしまった。

 箱を開けると、本当に金貨が一枚こっきり。箱が豪勢なだけにちんまり鎮座されてる姿がうすら寂しくさえ見える。

「これより世界を旅するわけですが……本当に一枚ですか?」

「うむ。そなたに金銭を渡すとその分財政が圧迫される。財源なき出費に対して、王朝としては毅然と向き合わなければならぬのだ。察せ」

 もっともらしい言葉を並べているが、要は「あとはセルフで何とかしてね」ってことだ。『協力は惜しまん』ってめちゃくちゃ惜しんでるじゃないか。

 ……キミもそれほど子供じゃない。王たちのしょっぱい対応に、目で無言の抗議をする。だがそれは、王にとっては想定の範囲内だったようだ。王はわざとらしく笑い、

「……そういえば、そなたの噂を聞きつけ、娘がいたく興味を示しておったぞ」

「は、はぁ……」

 それは対価になるのか。そう思っていると、王は続けた。

「ゆえ、特別に接見する機会を与えよう」

 すると申し合わせたように、謁見の間の一角にあるカーテンが開く。そこにはもうホント、ファンタジー世界のお姫様というにふさわしい、美人できらびやかでつつましげな娘さん……が、なぜか二人もいる。

「娘は双生児でな。紹介しよう。ルンルンとレンレンだ」

 ほとんど同じ顔をした二人はキミの方へと進み出る。ほのかな花の香りが本当にキミの鼻腔を刺激して、〝近づいてくるのが間違いなく女性であること〟を意識してしまった。

「未来の勇者様。勇敢なお働きに期待いたします」

 レンレンがそっと君の手に触れる。その感触が本当に手に伝わってきた気がして、キミはむしろ鳥肌が立つ思いがした。ここまでリアルとは……。

 いやしかし、と、キミはすぐに妙案を思いついた。おもむろに言ってみる。

「キスしませんか?」

 いや、キミは普段から、そんなに失礼な人間ではない。しかしゲームであり、相手はゲームキャラなのだ。生成AIに普通の人間にはしないような質問を試すのと同じように、少々無茶なことを言ってしまう心理は相手が怒りだしても影響のないものだと分かっているからなのだろう。

「まぁ!」

 レンレンはキミの場違いで無礼な申し出に腹を立てたようで、くるりと踵を返すとカーテンの向こうの通路へと消えてしまった。キミはしまったとは思わなかったが、思わず苦笑いを浮かべてしまっている。

 が、しかし姫はもう一人いるのだ。ルンルンと呼ばれたそっちの姫は怒り出す様子もなく、やや頬を紅潮させて言った。

「貴方様が誠の勇者様であることを証明してくれたら……その時でもよろしいですか……?」

 その目の美しさに、一瞬心を奪われてしまうリアルのキミ。いや、目の前にいる女性は本当にきれいなのだ。そのせいで、向こう側でほくそ笑んでる王の表情に気づかない。

「働きようによっては姫の心をすら得られることが分かったかな? さぁゆけ〝勇者どんどん〟よ! そなたの力、魔王を名乗る不届き者にとくと見せて参るのだ」

「ちょっと待ってくれ!」

 キミは思わず叫んだ。

「なんでランラン、リンリン、ルンルン、レンレンときて、俺がどんどんなんだ!!」

 そのツッコミはもっともだどんどん。しかし人が四人集まって、右から伊藤、佐藤、加藤だとしても、四人目が後藤とは限らないのだよ。そうだろ?

 キミは勇者どんどん。それ以上でもそれ以下でもない未来の英雄なんだ。

「何か問題でもあるのか」

 怪訝そうな王に対しキミは首を振り、結局この使命を受けることに決めた。

 だってそうしないとゲームが始まらないし、優勝賞金三百万円の競争に遅れるし……ついでにこの姫の接吻が得られるなら……って思えたから。


 城を出てキミは旅の装備をそろえる。金貨一枚じゃテントと炊事用具を買ったら、あとは『デラックスひのきの棒』くらいしか買えないけど、まぁそれほど恵まれた冒険ゲームもないもので、その辺は気にならないくらいキミはこの手のゲームに精通していた。

 素振りをしてみる腕の筋肉が微々躍動する。素振りは実際、腕を振るから当然といえば当然なのかもしれないが、たかが棒に頼もしさを覚え、キミはそれを数度繰り返した。

 その棒が文字通りキミの相棒。それを携えキミは未知の冒険に出るんだ。わくわくしないか?

 VRの世界はどこまでもリアルで、風に潮の匂いが混ざっていることすら分かる。海が近いんだ。そしてキミの旅は船で大陸に渡るところから始まる。

 キミは白い帆のたくさんついた船に乗り込んだ。潮騒がキミを迎え入れて、カモメが鳴いている様に空の広さを感じて、キミは前途に期待しはじめる。

「よぉ、アンタが勇者どんどんかい?」

 なぜか冒険ゲームの勇者は、やたら顔と名前が知れ渡っている。

「俺はリティ。ちったぁ名の知れたシーフなんだぜ」

「警察に通報していいか」

「なんでだよ!!」

 うん。名の知れたシーフってことは、窃盗を繰り返した悪党ということだ。そりゃテレビの前のよいこのみんなは、そういうおじさんを見つけたら警察に通報するのが常だろう。

 っていうか不思議なんだけど、賞金稼ぎの団体さんならともかく、正義の勇者様ご一行に普通にシーフがいるのはどういうことなんだろう。誰も疑問を感じないのか。

「魔王退治なんざ、一攫千金のチャンスだ。手伝うぜ」

「きび団子はないけど」

「俺は犬じゃねぇ!!」

 ……続いて現れたのは法衣を見に包んだ女性だった。

「勇者どんどんですね。私はバルゴ。あなたをお手伝いしろという神のお告げを賜りし者です」

 キミはこの容姿から、彼女の役割を見抜いた。

「回復魔法が使えるのか?」

「え、そんなのはつかえません」

 は?って顔をするキミ。

「じゃあ何の役に立つんだよ」

「毎日の暮らしに役立つ説法を行いましょう」

「いらん!!」

「いらんということもないでしょう。人間、病める時も健やかなる時もあります。そのすべてで幸せを享受できるために必要なのは、物理的な何かではなく、考え方なのです」

「今そういう時間じゃないんだよ!」

「そういわれても……それが私と、私の教団の勤めですから」

 とにかく……と続ける彼女。

「神のお告げです。魔王退治、微力ながらお手伝いさせていただきますね」

 半ば強制的にパーティに加わるバルゴ。まぁきれいなお姉さんであるだけ、盗賊リティよりはマシなのかもしれない。

 さらに一人、キミに声をかけてきたのはまたも女性だった。

「おっす」

 その姿は……なんだろう。フラダンスでも踊るのかという腰みのをつけていて、ノースリーブには花の輪っかがついていた。

「あたしも仲間に入れてよ。踊り子のアーニャ。よろしく」

「なにができるんだ?」

「そんなの決まってんじゃん」

「踊りだっていうならいらないぞ」

「踊りじゃないよ! ダンスだよ!!」

「一緒だ!!」

「それも、相手のMPを削れる特別なやつね」

「おお!?」

「どう? 信用してくれた?」

 そりゃ、ただ説教するよりはずいぶんと実戦的だ。キミは小さくうなずくと、「いいか?」と三人の方へ振り返った。

「俺はとにかく急いで魔王を倒しに行きたいんだ。遊びじゃないからな」

 確かに、三百万もかかってたら遊びじゃない。賞金付きのeスポーツと言っても過言じゃないか。

「遊ばねーよ。お前と一緒に偉業を成したら、窃盗強盗の前科が大目に見られるだろうしな」

「遊びだなんて……。あなたと共に世界を旅して、世界中に布教しまくるのは遊びではできません」

「てか、あたしの場合、人生全部が遊びだからね。遊びじゃ無いもんなんてないの」

 ……なんか、みんな動機が不純な気もするけど……。

 まぁいっか。このクセのある仲間たちと死線をかいくぐり、見事魔王を亡き者にしてやろうじゃないか!


 帆船は順風満帆。ちょっと揺れがきついけど、それでも予定よりも早く、目的地につけそうな勢いだ。

 木製の甲板上から見える風景はどこまでも澄んでいて、首元を撫でる風はどこまでも心地よい。そのすべてがゴーグルを通して全身に伝わってきて……

 キミは、打ちひしがれている。

「おい、どうした」

 リティが顔を真っ青にしているキミを、別に心配してるふうでもない調子で見ている。

「これ、たぶん船酔いですよ」

 バルゴが背中をさすってくれるが、キミはなおえずいてしまう。

 このVRはさすってくれるその手の形まで再現して、キミの肌を刺激している。それは同時に、船が揺れればそれはそのまま、キミの三半規管を刺激するということになる。

「わ、やば、バケツいる?」

 アーニャがキョロキョロしているが、気持ち悪がってるのはリアルのキミなわけで、バケツを渡されても吐けば部屋が大惨事になる。

 キミはしかし、ビミョーーに吐かずに行けるレベルを保っていた。ゲームを一度やめて吐きに行くかっていうと、とりあえず頑張ろうかと思ってしまう。三百万のためには中断してる場合じゃないしね。

「っていうか、お前らは大丈夫なのか?」

 キミは何となく聞いてしまう。すると三人は口をそろえて言った。

「あたしは踊り子だから」

「僧侶ですから」

「盗賊だからな」

「……」

 ……キミはツッコみたいが、叫ぶと何かを戻しそうで何も言えなかった。


 そんな間にも船はするすると海原を走り、やがて汽笛を鳴らした。大陸の街が見えてきたという合図だね。

 やっとの思いで前を見上げると、白い港が目に飛び込んでくる。雲もまばらな青い空に、その白い風景が美しく、自分に胃袋がなければ……と、訳の分からない思考に至りながら、その美しい風景が楽しめないことを少し残念に思えた。

 やがて接舷した船から、リティに支えられて降り立ったキミ。彼は強盗も働いていたらしいけど、仲間への仁義は厚いのかもしれない。

 バルゴはしばらく心配そうな顔をしていたけど、やがて背に腹は代えられない、みたいな雰囲気を醸した。

「じゃあ私、さっそく布教活動を行ってまいります」

「布教?」

 リティが瀕死のキミに変わり声を上げる。

「はい。勇者様が心配ではありますが、宗教は多くの支持者がいてこそ成り立ちますから」

「お前の宗教ってどんなの?」

 リティの問いはちょっとキミも気になってはいたけど、思えばこの世界の宗教を聞いても知らないだろうから……って思ってた。

 バルゴは至極真面目に、口を開いた。

「教典にはこうあります。『ありのままの姿を見せるのです。ありのままの自分になるのです。何も怖くはありません。風が吹いたって少しも寒くなんてありません』」

 どこの雪の女王だ……。と思ったけど、続くセリフでそれは完全否定される。

「それこそが、私たち〝露出教〟の本質なのです!」

「露出狂……」

「違います! 〝露出教〟です!!」

 どうやって漢字の違いを聞き分けたのかは知らないけど、バルゴはそれをきっぱり否定して、くるりと踵を返した。

「では、行ってまいりますね。皆様、再集合はリストランテ=パブールで」

 ……残り香のように一瞬みせたその安らかな笑顔は、十分に美しい方だと言えるだろう。


 さて……

 しかし、キミはある重大なことに気づく。

 すでに金が底をついていることだ。

「おう、どんどん。野宿は疲弊するだろ。お前体調悪そうだし、今日は宿に泊まったほうがいいと思うが」

「金がない」

「いくら持ってるんだ」

「ジャリ銭が数枚」

「それだけかよ!」

 今の船旅は王の配慮により無賃で渡ってきた。しかし、キミは旅の準備で金を使い果たしている。

 それでも、キミはそのことをあまり気にしなかった。ゲームってやつは今日を生きるだけの金がなくても、不眠不休でモンスターを狩ればいいだけだからね。

「野宿でいいよ野宿で」

「寒いぞこの時期」

「……」

 言われてみれば、潮風が肌の熱を奪っている感覚がする。キミはそれが気になって、脇にいつも置いてあるタオルケットを膝にかけてみたけど、あまり効果がない。

 このVRは感覚をキミの脳内信号に訴えかけているから、キミがリアルでどんなに防寒をしても、勇者どんどんが薄着だと意味ないんだよ。胸のむかむかは取れないし、服を買う金もない。

 ……なんだかキミは、RPGの旅が思ったより過酷であることに、ちょっと気づく思いだった。

「しょうがねぇな……」

 リティは呟く。歩き出す彼についていこうとしたが、一人残ったアーニャの言葉がそれを追いかけた。

「なに? お金ないのー? じゃあ働く?」

「どっかで働けるのか?」

「こんなおっきな街なら稼げると思うよ」

「なにで?」

「踊り子として夜の酒場を盛り上げるの」

「踊れねーし」

「しょうがないなー。じゃああたしだけでちょっと稼いでくっか」

 ……と、気づけば君の周りには誰もいなくなっている。


 早く街を出て進みたいところだけど、仲間が散り散りになってしまったので、とりあえずバルゴの示した〝リストランテ=パブール〟を目指した。いわゆるレストランだ。人に聞いたら秒で分かるほど、目立つレストランであり、二階では宿も取れるらしい。

 でもキミはお金を持っていない。仲間が来るまで店の外で待っていると、身体が芯から冷えてくる。……実際のRPGは、過酷だ。

「おう。寂しそーだな。入ろうぜ」

 リティだ。キミは聞いた。

「金あるのか?」

「ちょっとそこらでくすねてきたよ。誰も殺しちゃいねぇから安心しな」

「いやいや、何やってんだよお前」

「だってお前、金ないんだろ? 勇者が金がねぇせいで凍え死ぬとか、笑えねぇじゃねーか」

「だからって……」

「魔王を倒す大義のためだ。お前が危険を冒して達成する偉業のおかげで得られる平和を、のうのう暮らして享受できるんだから、税金みたいなもんだよ」

 まぁ言われればそうかもしれないとも思う。でも、民衆の立場にいたら断固クレームだろう。人間は立場で生きている。

「遅くなりました」

 キミの葛藤をよそに、バルゴが視界に納まって、上機嫌に微笑んだ。

「信者を五人ゲットしました!」

「露出狂でか?」とリティ。

「露出教です!」

「どう説得するんだよ」

「そんなのは決まってますよ。まず法衣を脱ぎます」

「え……?」キミは思わず間抜けな顔をした。

「そしてハグします」

「……」

「そして教典を唱えるのです。ありのままの姿を見せるのです。と……」

 それで、男たちはこぞって入信するらしい。

「おかげで、お布施が五人分貯まりました。勇者様が無一文でも私がご馳走いたします」

「色仕掛け……?」

「布教ですっ!!」

「……それで、防寒具も買ってもらってもいいかな」

「ああ、寒いですか?」

 キミはぶるっと身体を震わせ、「こんなに寒いとは思わなかった」とぼやく。

 まったく……いつも思うんだけど、魔王討伐を依頼する王って、生活のことを考えてくれてないよね。


 そんなわけで、ちょっと怪しいお金だけど、なんとか健康で文化的な最低限度の生活を確保すると、キミたちはご飯を食べて、そのリストランテの二階にある宿で一泊することができた。ちなみにアーニャは結局朝まで帰ってこなかった。

「いやぁ~~、踊った後ご一緒した人たちと飲んじゃってさーー。そのまま店で寝落ちしちゃったわ~~。え? お金? ごめーん、稼いだ分全部使っちゃったーー」

 ……なんだか、勇者様ご一行としては素行が全般的にイマイチな気がするが、とりあえず朝になって全員集まったので、いよいよ旅立とうということに相なる。ちなみにキミの視点では一夜が明けるまでは一瞬。ちなみにご飯食べると味は分かるけど、リアルでは別に腹が減る。よくわかんないけどゲーム技術の進歩ってすごいね。

 街を出て、建物もまばらになるにつれ、道は上り坂になっていった。

 魔王リンリンの本拠地へ向かうため、まずは丘陵地帯を越え、世界の大動脈と言われるアディナ街道に出ることを目標としているんだ。険しいところも越えてかなきゃいけないから二三日は野宿も覚悟ってとこ。

 ただ、キミはバルゴの身体を張った(?)布教とリティの略奪のおかげで、防寒対策がばっちりだ。快適な冒険が楽しめるということがなんと有難いことか。普通のRPGでは気づけなかっただけに、最新VR『マリーノ』の性能に改めて脱帽する。いや……

 ……感心したのは束の間だった。ずっと続く山道に息が切れ始めたのだ。

 しかも運動不足の膝の筋肉が悲鳴を上げ始め、何でもいいからとにかくどこかに座りたい衝動に駆られる。

 ここまでリアルか。切れる息に紛れて、キミは顔をしかめる。

 が、とにかく賞金三百万だ。こういう競争のガチ勢はとにかく節操がないレベルで突き進んでいくので、疲れたとか眠いとか言ってられない。これがたとえ二か月かかる内容だとしても、二か月で三百万なら、学校休んでも、仕事の有休を全部消化しても、アルバイトなら辞めてしまっても、その方がタイパがいい。……まぁ、獲得できればの話だけどね。

 キツイといっても所詮は筋肉に伝わる電気信号であり、限界超えても筋肉がちぎれるわけではないのだろう。あくまでそういう錯覚を受けるようにできてるだけだ。でなければ、この『マリーノ』は座ってるだけでマッチョになれるゲームだって作り出すことができることになる。

 よし……五分だけ休憩しよう。……キミはあとの三人にそう告げた。え、矛盾してる?

 いやもう、理屈は今の今まで垂れてきた講釈の通りだけど、実際身体は理屈ではないということを如実に表している。

「リアルとリアリティは違うんだよ……」

 呟くキミの言葉が理解できない三人は疲れを知らないのか、ぴんぴんしてて憎たらしい。

 そう、この辺都合がいいんだけど、多くのゲーマーはリアリティは求めるけど、リアルを求めてないんだ。やたら重厚さを求めるのに、それが本当であってはならない。

 ゾンビが本気で怖く襲い掛かってくるのは求めても、画面から本気で飛び出してくるのを求めてるゲーマーはいないのだ。

 だからこのVRはどうなのか……。微々疑問を感じつつ、キミは言った。

「とにかくちょっと休もう」

「日が暮れるぞ」

「じゃあ俺をおぶってくれるか」

「やなこった」

「勇者なのにかっこわるー」

 アーニャが笑うが、勇者なのは立場的なカタガキであって中身は普通の人間なのだ。背に腹は代えられないのが現実である。

 キミはその辺の岩場の凹凸に座り、

「バルゴ、疲れを癒す法術みたいなのはないのか」

「マッサージならして差し上げますけど」

 僧侶関係ないね。しかし、美女がマッサージをしてくれるというのだ。否やはない。

 キミはその繊細そうな細長い指の感触をふくらはぎに感じながら、

「お前らは疲れないのかよ」

 と聞いてみる。すると、三人は雁首揃えて言った。

「あたしは踊り子だから」

「僧侶ですから」

「盗賊だからな」

「……」

 まさか全部それで通す気なのか……。


 が、

 キミは、何かを言おうとする喉で、つばを飲み込んだ。空気が、不穏に動いたんだ。それを感じられる異様な雰囲気が、キミの脳幹を貫いた。

 岩場の影からのっそりと姿を現したのは、全身毛むくじゃらの何か。

 あの、毛が多すぎてモップみたいに見える犬がいるけど、あれが二足歩行している感じで、しかも前足が長く、巨大な鉄球のようにでかくて分厚い。あんなの振り回されでもしたらめっちゃ痛そうだ。体高も二メートルは超えている。これ、レベル1で出遭うような相手なのかな。

 バルゴは慌てて立ち上がり、リティは腰を低くして、アーニャは一歩引いた。そしてアーニャはくるりと華やかに舞い始める。

「ブォォォォン」

 野太い声を上げる野獣。

「今MP吸い取ってるから!」

 って彼女は言うんだけど、冷静に考えて、コイツ魔法使えるのか?って疑問もなくはない。攻撃は明らかにあのヤバそうな鉄球腕だろ。

 案の定、アーニャの踊りをお構いなしにだらんだらんと長い前足に遠心力をつける。鎖鎌の分銅のようなそれがうなりを上げてリティをかすめた。

「やっべぇ」

 何とかかわしたリティだが、このような怪物との戦闘は初めてなのだろう。毒を塗ったナイフを跳ね上げながらも、その表情はこわばっている。

「ペッタンペッタンじゃねえか」

「なんだそれ」

「アレの名前だよ」

「……」

 まぁ確かにあの前腕でペッタンペッタンされたら超痛そうだけど、いい加減このゲームのネーミングセンスは何とかならないのか。

「もともとはもっと寒い地方に住む野人だが、地球寒冷化でこんなところにまで現れるようになりやがった」

「……」

 いるのか? その設定。

「しかたありません! 戦いましょう!」

 バルゴが進み出る。というかこの僧侶は戦えるのか?

 と、おもむろに襟に手をやり、一気に法衣をはだけるバルゴ。

「ええ!?」思わず唖然とするキミに、

「露出教一の太刀! 〝ちょい見せ〟!!」

 いや、〝ちょい見せ〟って、豊満な乳房が丸見えなんだけど。

 だけどそれ以上に、その効果は!?

 キミは思わず、ペッタンペッタンの方を見た。

「ブォォォォン!!」

 いや、特に変わった様子はない。

「き、効かない!?」

 そりゃそうだ。人間の乳見て喜ぶ野獣なんか、エロゲーの世界しかいない。

「では、二の太刀!!」

「いや、もういい」

 キミはバルゴを背中に隠した。いや、見たい気持ちはやまやまだけど、これ別に今でなくても見せてくれそうな気がする。そう判断し、デラックスひのきの棒を構えるキミ。

 まぁ、この手のゲームは、キミは慣れている。操作性に多少の違いはあっても、自分視点で戦うアクション戦闘はお手の物だ。

 キミが戦う意志を示すと、キミの視界にHPという数値が現れた。110。なるほどとキミは納得する。これが0になった時点で死ぬのだろう。面白いじゃないか。

 相手はいわゆる重量武器だ。重い分攻撃は大味で、一度通り過ぎたらすぐには戻ってこない。その隙を見計らって、撃ち込む!!

「ブォォォォン!!」

 キミの一撃を受けた野獣はややもひるんだけど、まだ倒れない。今度は完全にキミを標的にして腕をぶん回す。しかしそれをよけるキミにはある種の余裕すら見えていた。さすがだね!


 と、思ったのもつかの間だった。

 もう一つの腕の追撃を、キミは見逃していたんだ。しかしキミがそれに気づくことはない。頭をその衝撃が貫いた瞬間、意識をなくしてしまったから……。


 ……そしてキミが気が付いた時、三人はキミの周りにいた。

「あ、大丈夫ですか?」

 バルゴの心配そうな声。それを、キミは鋭い頭痛と共に聞く。いろんな布を敷かれ、とりあえずクッションになっているうえに大の字に寝ているキミはあまりの頭痛に悶絶した。

「あーー、あのねー、たぶん頭蓋骨ヒビ入ってるから痛いとは思うよー」

「え……?」

「さっき見た。間違いない」

「見て……わかるの、か……?」

「踊り子だからね」

 関係ないと思うんだけど、ツッコむ気力もない。ただ言えることは、まだ死んでない。

「あいつは……どうなったんだ……」

「やっつけたよ」返答したリティに、頭カチ割られそうになったキミは素直に感心する。

「お前強ぇな……」

「俺じゃねぇ。バルゴだよ」

「え……?」

 するとバルゴが取って代わり、至極真面目に説明を始める。

「あ、はい。三の太刀〝モロ見せ〟も効かなかったので、露出教最終奥義のⅠ、『癒しのアワビさんフランケンシュタイナー』でひっくり返しました」

 もうギリギリすぎるからやめろって……って思いつつ、前回の百噺に出てきた癒し仮面って露出教なのか?って思うような重複技でやっつけたらしい。

「そこで、リティさんが毒を塗ったナイフでめった刺しにしてくれて、なんとか……」

「いやそれより!!」

 キミは話の途中で他のことに気づき、いてててて……と力なく突っ伏した。

 驚くべきことがある。

「な……なんでHPが3しか減ってないんだ……」

 呟いた通り、確かに110だったHPは107になっている。アーニャは事も無げに言って笑った。

「そりゃそうだよ。だってアンタ、ちっと頭蓋骨ヒビ入ってるけど、他、なんの異常もないもん」

「え……だけど、こんなに痛いんだぞ……」

「HPってのは、0になると死ぬ数値だよ? アンタ、蚊に刺されてもHP減ると思ってんの?」

「……?」

 釈然としない表情を浮かべるキミに、アーニャは「だからぁ……」とうんざりムードで語り出す。

「ばい菌入るとか、そういうことを考えなかったら、アリに一万か所噛まれたって、命に別状はないでしょ? 百万回デコピンされてもHP消費は0なの。ショック死したらいきなり0になるけどね」

「……」

「だからつまり、アンタは大げさに突っ伏してるだけなのよ。いつまで甘えてんの」

「いや、めっちゃ痛いんだ!」

「言っとくけど、目玉飛び出たって膝のサラ割れたって爪剥がされたってHP消費0だからね。HP全開なのにいつまで甘えてるの?……と言わざるを得ない」

「そうそう。だからもう行こうぜ。大丈夫だよ。つばでもつけとけ」

「お前ら現実離れしすぎだぁ!」


 キミは思わず『マリーノ』のゴーグルを取り外した。

 痛みが引くとともに、もう一度かけ直す勇気などないことが、キミの脳内会議で全会一致する。

 いや無理だ。RPGの世界が、気絶させられる打撃でHP消費3とは夢にも思ってなかった。あれがHP3消費の痛みなら、HP100消費の痛みなど、勇者どんどんが死ななくてもキミ本体が絶対死ぬだろう。


 キミ、そんなわけで、『セイブス=ワンダー』初戦闘で脱落。

 ご清聴に感謝……っていうか、『マリーノ』のお買い上げに感謝……とだけ言っておこう。

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